臆病者の恋
「ねぇ、式は挙げるの」
またか。クレアはうんざりしたようにうなだれた。
修道院内への届け物を手伝っていたクレアは、一回りほど年上らしいこの修道女に呼び止められて、木苺の収穫を手伝っていた。
ここの修道女は、グロリアから預けられる以外は独り身になった高齢女性か、事情のある女性に区別される。
彼女はどうやらクレアと同じ後者のようだ。
お互いの事情に深入りしないという暗黙の了解を、彼女はなぜかぶち破ってくる。
「まさかと思うけど、ノアと私のこと?」
「それ以外ないじゃん。同棲してるのに」
「ど、どうせ……そもそも恋人じゃないわ」
「嘘ばっかり。明らかに好き同士じゃん」
「は!?」
クレアは摘まんだばかりの木苺を落としてしまい、慌てて拾った。
修道女はくすくすと肩を揺らしている。
「ローズってば、てんぱりすぎだし。そもそもローズってノアくんに対して独占欲丸出しじゃん。ノアくんもローズ大好き! って態度でもことばでも丸出しだし。丸出しカップルじゃん? 丸出しローズじゃん? ウケる」
不名誉なあだ名をつけられてしまったが、動揺したクレアはそれどころではない。
「待って、本当に待って。私、独占欲丸出しなの?」
「無自覚なんだ。誰かがノアくんに近づくと、私のだぞって威嚇してるじゃん」
「うそでしょう……」
身に覚えがあったので、恥ずかしくて居た堪れない気持ちになった。
「お互い好きなのに告白しないの?」
告白ということばに心臓が跳ねた。
クレアは恋を自覚していた。
もしかしたら応えてくれるのではないか、という期待もある。レイも同じ想いでいてほしい、と何度も願った。
けれどそのたびに、過去の恋と人間不信がクレアの足を竦ませた。
「私は、臆病者なの……一度裏切られたこともあるから、どうしても一歩を踏み出せなくて……情けないわよね」
レイが裏切るなんて、そんなことするはずないと知っているのに、怖くて一歩も動けなくなる。木苺に伸ばした指が震えていて、情けなくて自嘲する。
「そうだったんだ」
修道女は察したように悲しげな顔をした。しかし次の瞬間には、何事もなかったように笑って言った。
「でも安心して。ノアくん、完全にローズにべた惚れだから。そこは村のみんなが保障してくれるよ!」
「あなたの、そうやって相手に切りこんでいける心臓の強さを見習いたい」
「私は本当のことを言ってるだけだし」
「本当のこと……」
レイがクレアに惚れていると知っている味方が多いのは、クレアに勇気を与えてくれた。
気がつくと、体の震えは止まっていた。
「ノア、そう思ってくれてるかな」
思わず聞き返してしまって、クレアは頭が沸騰しそうになった。恥ずかしくて、ほんの少し涙もにじんできた。
修道女は目を丸くしてから、穏やかに微笑んでうなずいた。
「大丈夫だよ」
あまりにも優しく背中を押してくれるから、クレアの目尻からぽろっと涙がこぼれた。
「大丈夫。怖いかもしれないけれど、ほんの少しだけ勇気をだして」
「うん……うんっ」
クレアの背中を温かい手が撫でる。クレアは木苺の入った小さな籠を抱えながら、何度も何度もうなずいた。




