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魔獣の正体

 深夜ではあるが、村に何かあった時のために修道院では対応する人間が常駐している。

 その人を通じてマリアに連絡をとると、すぐに修道院長室に通された。この村の村長のような役割を担っているため、重要な案件はすべて彼女に報告することになっていた。

 クレアたちを迎え入れたマリアは礼服ではなく、ゆったりとした寝間着にカーディガンを羽織っていた。


「ことばを話す魔獣」


 マリアはクレアたちの報告を受けて眉をひそめる。


「私は初めて見たわ。あなたは何か知ってる?」

「ずっと昔、魔獣を討伐した時に一度だけ、魔獣が苦しいって言った気がするの」


 クレアは戦慄としたが、レイは興味深そうにうなずいた。


「それは面白いです」

「ぜ、全然面白くない」

「だって魔獣が人間のことばを理解している可能性があるということですよね。襲った人間のことばを真似している可能性も捨てきれませんが」

「私も聞き間違いだと思っていままで忘れていたけれど……なんだか不気味ね」


 とは言うものの、マリアはクレアほど深刻な顔はしなかった。


「魔獣は地下世界インフェルノから生じた存在だと言われていますよね」


 レイは壁画に描かれた魔獣を見て言った。


「彼らを捕らえることができても意思疎通は不可能。生命を見ると破壊衝動が止められないため使役することもできない。消滅させるには聖女の祈りが必要になる。彼らは、本当はどこから来て何を目的にしているのか、それを解明できた人はいないそうです」


 興味津々に目を輝かせるレイを、マリアは孫を見るように微笑んでいる。

 クレアは先ほどの魔獣を思い出しながら、


「人間のことばを真似しているというより、何かを伝えたがっているように見えたわ」

「クレアは、魔獣が意思を持っていると考えますか?」

「少なくとも私にはそう見えたわ」


 マリアは目を伏せて、ひとつうなずいた。


「私はね、魔獣は死者の魂じゃないかと思うのよ」

「怪談話の定番ですよね」

「えぇ。幽霊が魔獣に姿を変えて襲って来るという話。あながちまちがいじゃないと思うのよ」


 マリアはそう言って、壁画に描かれたかつての自分を眺める。


「大地に還って女神様のもとへ行くべき魂が、なんらかの事情でもどれなくなった。還れなくて苦しんだ魂は生者に助けを求めて襲いかかってくる」


 クレアの脳裏に「助けて」とつぶやいた魔獣の顔が浮かんだ。


「聖女とは本来そういった悲しき魂を慰めるために祈る存在じゃないかと思うの。でも見知らぬ誰かの魂を愛し、祈りを捧げるのはとても難しいこと。だからこそ見える形の愛である儀式を大切にしてきた」


 レイは少し考える素振りを見せて、


「大地に還るべき魂が還れない……だから魔獣が増加している。近年の大地の荒廃もそれを阻害する原因でしょうか?」

「大地の荒廃は聖女が逃亡したから、なんて責任転嫁されているけれど、そもそも大地を育む魔力そのものが減少しているから荒廃しているんでしょ」


 教団の身勝手な言い分に、クレアは鼻を鳴らす。


「その魔力がなぜ減少しているかが問題ですよね。本来魔力は循環します」


 レイは壁画の中の女神と聖女、そして魔獣の三者を順番に見た。


「世界たる女神は魔力を魔鉱石や生命という形で生みだして、それを我々が消費して、消費された魔力は聖女の祈りで大地に還る」


 目に見えないだけで、魔鉱石の使用や生き物が死んだ時には必ず消費された魔力というものが発生する。

 聖女たちはこの魔力をとりこんで祈りの力に変えることができる。変化した魔力は治癒の能力や魔獣の消滅という力をもっていて、さらには魔具などの力を増強させることも可能だ。


「魔獣とはこの聖女の祈りで魔力として返還されて、大地に還る存在なのかもしれないわね」


 マリアはそう言って、黙祷するように目蓋を閉じた。

 聖女は常に祈り続けてきた。少なくとも聖女時代のクレアはそうだった。なのに魔獣は増加して、大地は荒廃している。

 グロリアが考えるように魔鉱石の過剰な消費が問題なのか、それ以外の問題なのか、クレアにわかるはずもない。

 小難しい話に発展してしまったので、クレアは眉間に皺を寄せた。


「つまりこの世界は魔力の循環がうまくいっていない状態ということね」

「そうですね。この循環のうちのどれかの魔力がせき止められていると考えられます。それが解明できたら世界が救われるかもしれません」

「そんなものは王都に集まっている偉い人間がやればいいのよ。私たちができることは高が知れている」

「あら、案外私たちができる範囲のことが救済につながるかもしれないわよ」


 マリアは楽しげに言った。


「たとえば?」

「結婚式とか」


 茶目っ気たっぷりに言われて、クレアはため息をついた。隣のレイは頬を染めている。


「どうかしら?」

「どうって……そういうのは余計なお世話って言うのよ」

「あら、聖女のお仕事のつもりで言ったのだけれど」

「あなたのそういうところは苦手だわ」


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