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ローズとノアの新生活

 クレアは蜘蛛のような姿をした小型魔獣に剣を突き立て、とどめを刺した。魔獣は空気の抜けるような音を立てて、小さな黒い魔鉱石へと姿を変える。

 クレアは草の中をかき分けて魔鉱石を拾うと、それを後ろに立っていた男に向けて放り投げた。


「おっと……強いな、姉ちゃん。本当に助かるよ」


 魔鉱石を受け取った男は、人好きのする笑顔で礼を言った。

 がっしりと岩のように鍛え上げられた肉体に、顔に大きな傷痕がある男だ。外見的特徴から威圧的に見えるが、話すととても穏やかな男だ。

 エテルナに騎士団はいないので、彼を隊長とした自警団が周辺の魔獣を討伐している。クレアはその一員として働き始めたばかりだ。

 クレアたちは村周辺の巡回を終えると、日が暮れる前に村にもどってきた。


「そうだローズ」


 隊長はクレアに待つように言って、自分の家から籠を持ってきた。


「うちのが色々作りすぎたそうだ。ノアくんと一緒に食べてくれねぇか」

「いいの? その、いつもありがとう。いただくわね」


 王都から逃げたあの日から、誰かに礼を言うという行為が苦手だった。言い慣れてない礼をなんとか伝えると、隊長は微笑ましそうにうなずいた。

 エテルナに住んで日は浅いが、新しく村にやってきたクレアたちに村人はとても親切だった。

 クレアは人とのかかわりを避けてきたので、最初はずいぶんとぎこちない態度をしていたが、事情のある者たちの集落でもあるエテルナでは、クレアとレイの事情に深く踏みこんでくる人間はいなかった。

 それがまた居心地が良い。

 ずっしりと重みのある籠を片手に歩きながら、薬屋で働いているレイを迎えに行くと、まぶしい銀髪がふわふわと動いているのが遠目にも見えた。


「ちょっと目立ちすぎね」


 薬屋の出店の前にわらわらと集まった村人と、それに応対するレイの楽しそうな笑顔を見て、クレアは悩ましげに腕を組んだ。

 クレアももちろんだが、レイはとにかく老若男女に可愛がられた。

 いまもその会話が聞こえてくる。


「綺麗な瞳をしているね」

「ありがとうございます。でもローズの瞳は太陽みたいでもっと綺麗ですよ」

「綺麗な髪ね」

「ありがとうございます。でもローズの燃えるような赤い髪はもっと綺麗で、ずっと見ていたくなりますよ」

「頑張り屋さんだね」

「ローズに褒めてほしい、なんて下心もあるのです。いまのは内緒ですよ」


 レイから薬の入った紙袋を受け取った男は上機嫌に帰って行った。いまのが最後の客のようだ。

 クレアが出店に近づくと、レイはぱっと笑顔を咲かせた。


「ローズ! おかえりなさい! 怪我はありませんか?」

「問題ないわよ」

「よかった! あ、そろそろ僕の仕事も終わりなので、少しだけ待っていてくださいね」


 レイはエプロンを外しながら、出店の後ろにある家の中へと姿を消した。

 しばらくして、クレアのもとにもどって来たレイの両手には、野菜や果物がぎっしりつまった籠があった。


「きょうもまたすごい量ね」

「ここの人たちは親切ですよね。ク……ローズも何かもらっていますね」

「パンとか惣菜」

「わぁ、やったぁ!」

「本当に魔性なんだから」


 クレアは、あまりのレイの人気に苦笑した。

 レイが店番をしていると、村人はわざわざ果物などを差し入れするようになった。

 そのたびに天使の微笑みを与えてくれるのだから、娯楽の少ない村でそれを拝みたいと願う人々がいるのは仕方がないのかもしれない。


「ノア」


 自分たちの家に帰るまでは偽名を使うことを規則にしたため、クレアはまだ呼び慣れないそれを使った。


「褒められて感謝するのはいいけれど、私を登場させないで」

「どうして?」

「恥ずかしいからよ!」


 クレアは村人たちの視線を思い出して、かあっと頬を染めてレイを軽くにらんだ。


「あなたがべったべたに褒めるものだから、道行く人に生温かい目で見られるの! あなた、わかっててやってるでしょう?」

「ふふ、ごめんなさい。ローズを通してあなたを知ってほしいから、つい。それに僕はあなたと一緒に暮らすことができて幸せなんだもの。自慢したくなっても仕方ないですよね」


 レイは反省した様子もなく、舌をぺろっと出した。

 出会った頃と比べてさらに表情が豊かになってきた。素直に感情を伝えてくるところは変わらないので、クレアの心臓に悪い。近頃は何も反論できないまま赤くなることしかできない。

 不意にレイの表情に不満がにじんだ。

 その視線の先を追うと、近頃よく挨拶を交わす男と目が合って、男は慌てて去って行った。


「あの人、またローズのことを見ていましたよ」

「私を警戒しているんじゃないかしら」

「違いますよ、ローズのことを狙っているのです。僕にはわかる。いいですかローズ、あの人に詰め寄られて困ったことがあったら、僕があなたを守りますからね」


 そう言って得意気に胸を張るレイに、クレアはふっと気が抜けたように笑った。

 母または姉をとられたくない子供に見えて「可愛い」とつい口を滑らせてしまった。


「えぇ!? せめてかっこいいって言ってほしいな」


 やはり、レイは拗ねたような表情でクレアを見上げた。レイは子供扱いされることを嫌がった。それがまた背伸びをしているようで、子供っぽさを増長させているのだが。


「かっこいいわよ」

「うーん、絶対子供扱いしていますね? 困ったなぁ……どうしたら紳士らしく振る舞えるのかな」


 レイは小難しい顔をして黙考している。

 本音を伝えたというのに、レイは気づかなかったようだ。それに安堵するような、少し残念なような複雑な気持ちになる。

 私の心をずっと守ってくれたあなたは、とてもかっこいいよ。

 クレアは久しぶりにペンダントをにぎって、ひっそりと想いをことばにした。


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