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追放された聖女たち

 アレンから受け取った地図を頼りにたどり着いた場所は、深いに霧に覆われて全貌が見えなかった。

 クレアは地図から顔を上げて周囲を見渡したが、山と平原しか見当たらない辺境の村だ。

 かろうじて、丘の上にある教会らしき建物が霧から顔を出しているのが見えた。


「特に目印はないけれど、ここがエテルナでまちがいないのかしら」

「行ってみましょう!」

「こら、飛び出さない。罠の可能性もあるのよ」

「そ、そうでした。ごめんなさい」


 レイの首根っこをつかむと、レイは恥ずかしそうにクレアの隣にもどった。

 相変わらず好奇心旺盛だ。悪いことではないが危なっかしい。

 クレアはレイを連れて、周囲を警戒しながら霧に沈む村へと足を踏み入れた。

 早朝とは言え太陽は雲の向こうに隠れて薄暗く、どこか不気味な雰囲気が漂っている。


「レイ、止まって」


 クレアは右側から迫る足音に気づいて柄をにぎった。

 すると分厚い霧の中から、ぬっと人影が現れた。

 深い緑の礼服姿の人物は女性で、修道女に見えた。

 彼女はクレアとレイに気づいて、驚いたように後退りした。


「あら! えっと、あなたたちは……」


 クレアの背に緊張が走った。修道女の格好は、色こそ違うがフォルトゥナ教団の礼服に似ているのだ。


「グリロアの領主、アレン・シルバーの紹介で来たわ」

「アレン様の!」


 すると修道女は緊張を解いて、笑顔を浮かべた。


「話は聞いていますよ。マリアのもとまでご案内します」


 こちらです、と修道女は霧の中を慣れたように歩き始めた。

 クレアとレイは拍子抜けしたように顔を見合わせて、見失わないようにその後ろ姿を追った。

 途中で馬を預けて、木と石の簡素な階段をひたすらのぼる。

 丘の上にたどり着くと、そこには石造りの修道院があった。

 屋根の上に女神フォルトゥナの象徴のひとつである大きな輪が見える。


「ねぇ、マリアというのは」

「ここの修道院長ですよ。部屋まで案内します」


 修道女はふたりを建物内へ招き入れて、長い廊下を反時計回りに歩いた。

 やがて修道院長の部屋らしき場所にたどり着くと、その扉を二度ノックした。すると、中から女性の声が上がった。

 開いた扉の奥から姿を現したのは、小柄の高齢女性だ。その赤茶色の瞳ははっきりとしていて、客人を見ると柔らかく細められた。


「ようこそおいでくださいました。中へお入りください」


 ここの住民たちは不用心だ、とクレアは思いながらレイとともに部屋の中へ足を踏み入れた。

 奥には陽光をたっぷりとり入れるための窓と、修道院長のための大きな机がある。 

 入ってすぐの左手側には本棚が設置されていて、びっしりと隙間なく本が詰めこまれている。


「さあ、座って」


 部屋の中央には質素ではあるが綺麗なテーブルと椅子が四脚あって、クレアとレイは入口側に腰を下ろした。

「紅茶でよろしいかしら」とにこやかに尋ねられて、クレアはうなずいた。

 口調もまたはっきりとしていて、それだけでずいぶんと若々しい印象を抱いた。

 隣の部屋からもどってきたマリアは、ティーポットとカップを載せたトレイを持っていた。

 マリアは立ち上がりかけたレイをやんわりと制止して、慣れた手つきで三人分の紅茶をカップに注いだ。


「修道院長なるものを務めております、マリア・スピネルと申します」


 マリアはクレアの向かいの椅子に座って名乗った。


「ご安心ください。ここは女神フォルトゥナを信仰してはいますが王都のような教皇派ではありません。名づけるとすれば聖女派でしょうか」

「聖女派?」

「えぇ。こう見えて私、若い頃は聖女として有名だったのですよ」

「あなたも聖女だったの?」


 マリアは目尻に皺をつくって柔和に微笑んだ。


「十七の時に突然聖女の力に陰りが見えて、そのせいで教団から追放されてしまったのです。聖女の力が失われるという現象は稀にあったようなのですが、当時は外で男を作っただのと身に覚えのない罵倒を受けて、心身ともに汚れた存在だと王都を追い出されてしまったのです」


 クレアは不快感に顔をしかめた。

 それが真実ならば、道具としての利用価値がなくなったから適当な理由をつけて排除したということだ。


「それから色々ありまして、放浪の末にこのエテルナにたどり着いたのです。グロリアの先代領主様にはとてもよくしていただいて、この村を私のような、なんらかの理由で追放された聖女や、行く当てのない人々の居場所となるように修道院を建設されたのです」

「追放された聖女が、こんなところに……」


 思えば七人の聖女よりも前に存在した聖女たちの行方など、教えられたことはなかった。聖女はいつか貴族と結婚するものだと考えられていたからだ。

 なんらかの理由でそれ以外の道をたどった聖女たちは、苦労の末にここへたどり着くのだろう。


「なるほど。グロリアが教団を頼らないわけですね」


 レイが納得したようにうなずいた。


「えぇ、そうです。私のように力を失った者もいますが、全員がそうというわけではありませんからね」

「さっきの修道女も、もしかして聖女だったの」

「彼女はグロリアの貴族のお嬢様ですよ。アレン様の紹介で、年頃の娘たちを婚姻するまでここに預ける人たちがいらっしゃるのですよ」


 グロリアとは友好関係状態にあるようだ。話を伺う限りは当初の印象にあった、聖女を飼っているというよりも、行き場を失った彼女たちを保護して自立させようとしている印象だ。


「それでおふたりに提案があるのだけれど……ここに住んでみませんか?」

「え?」


 マリアは素敵なことを思いついたと両手を合わせて微笑んだ。


「ちょうど良い具合に空き家があるの。どうか使ってやってくれないかしら」

「そんなこと、いきなり言われても」

「クレア!」


 レイは、きらきらと期待に目を輝かせてクレアを見つめていた。


「家! 念願の家が手に入るじゃないですか!」

「あのね……ここに住むってことになるのよ? わかってる? それに即決はだめよ。家の状態も見ていないんだから」

「あら、お手入れはちゃんとしておりますよ。一度ご覧になってください」

「はい!」


 食い気味に返事をしたレイに、クレアは呆れたようにため息をついた。レイの発言を否定しようと思わないのだから、クレアも満更ではないのだ。

 しかしこれだけは確認しておこう、とクレアは真剣なまなざしでマリアを見すえた。


「もうわかっていると思うけど、私は元聖女よ。でも私は私のためにしか聖女の力を使わない。グロリアの頼みだからって祈りを捧げるとは限らないわよ」

「えぇ、もちろん。強制はしませんよ。ですがかなり儲かりますよ」

「修道女らしからぬ発言ね。愛のために祈らないの」

「自分を愛することを忘れた者が、女神を愛せるでしょうか。私たちもまずは私たちのためだけに祈るのですよ」


 クレアはマリアを面白いと思った。愛のために祈れ、という教えよりもずっと親しみがもてるだろう。

 ふと本棚とは反対側にある壁画が目に入った。

 クレアの視線の先に気づいたマリアが、懐かしそうに目を細める。


「女神フォルトゥナに祈りを捧げる初代聖女の壁画。ありふれたものでしょう?」

「エンピレオの壁画と違うわ。初代聖女は金髪だったはずよ」


 光の輪を背にして両手を広げる女神フォルトゥナ。その足元に膝をついて両手を組む聖女の髪はなんと赤髪だった。

 初代聖女は金髪に金色の瞳だ。そのため、王都ではライザが圧倒的な人気を誇っていたのだ。


「この聖女は若い頃の私だもの。いまは髪も真っ白になってその名残はないけれど、かつては私も燃えるような赤髪だった」


 その過酷な境遇や髪色という共通点に、クレアは目を見張る。


「聖女の力をほとんど失った私を温かく迎え入れてくれた村の人たちは、私をエテルナの聖女と呼んでとても優しくしてくれたわ。だからここの壁画の聖女は赤髪よ」


 教皇派には内緒にしてね、とお茶目にウインクしてみせるマリアに、クレアは吹き出した。


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