金色の執念
「ちくしょう!」
花瓶が割れて、その破片が頬をかすめる。
まるで無機物にすら反抗されたようで、発散したつもりの怒りが勢いを増していく。
ライザは、グロリアでの地獄の試練をやりきった。
王都ルーメンよりも裕福ではないか、と噂される大都市を敵に回すわけにはいかないのだ。
さすがのライザもそこまで愚かではない。
しかし理解はしていても納得などできるはずもなく、壁に突き立てた爪がガリガリと壁紙を引き裂いていく。
「クレア……クレア……」
ライザは口の中に入りこんだ髪を食みながら、取り憑かれたようにクレアの名をつぶやいた。
よみがえるのは見下すようなクレアの顔ばかりだ。
汚物の臭いに包まれながら見上げたあの顔を思い出すたびに、気が狂いそうになる。
「騎士団を動かすしかないわ。捕まえてやるわよクレア。どこにも逃げ場なんてないんだから! 馬鹿で間抜けなクレア……今度捕まえたら屈辱の限りを尽くしてあげる。助けてって命乞いしたって知らないわよ」
ライザは口の端を上げると、さっそくルベンを呼び寄せようと意気揚々と廊下に出た。
「なんだ。元気そうじゃないか」
ライザはとっさに悪魔の顔を奥に隠して、声のしたほうへ振り返った。
廊下にはいままさに連絡をとろうとしたルベンが立っていた。
「ルベン? グロリアに来ていたの? なんだか顔色が悪いわ」
心配そうに頬に手を伸ばすと、その手を避けられた。
ライザは傷ついたように手を引いたが、ルベンのまなざしは冷たい。
「問題を起こした俺がじっとしているわけにもいかないからな」
問題、を強調されて、ライザは悲しげに眉を垂れた。
「ルベン。もう私のことは愛してくれないの?」
あの好青年が嘘のように、ルベンは暗い顔で笑った。
「それはきみだって」
「え?」
「いいかいライザ。俺は自分の責任はとるつもりだが、きみが王都で勝手に演説した件は許していないぞ。クレアとの婚約発表もしていなかったというのに、姦通の疑いなどわざわざ発表するやつがあるか。きみは故意にジェード家の名を貶めたかったのか」
「な、何を言うのよ!」
ライザは気色ばんで、ルベンに迫った。
「私と関係があったのは事実で、私はそれを発表しただけなのに、貶めるですって? まるですべて私の責任のようだわ! あなただってクレアとの婚約を破棄するって約束したじゃない! だから私はあなたと一緒になれると信じたのよ!」
「していない。水掛け論にしかならないから、何を言っても意味がないだろうが」
ルベンは疲れたようにため息をついた。
「クレアが俺たちを訴えるならまだわかる。だがきみが俺と婚約関係だったと嘘をついて演説する意味がわからない。私情でクレアを追いつめたかっただけなんだろう? 塔でクレアを殺そうとしていたし」
「あ、あなただって私の前ではクレアの悪口しか言わなかったじゃない! いまさらクレアとよりをもどそうなんて虫が良すぎるんじゃないかしら?」
ルベンは苦く笑った。
「そのとおりだよ。俺は愚かだ。きみの本性も見抜けずに溺れて、本当に愛するべき人を失ってしまった」
ライザは柳眉を逆立てて言った。
「クレアならいたわよ!」
「な……なんだと!? どこにいる!」
鬼気迫るような形相でつめ寄るルベンに、ライザは激しく苛立ったが、何かを思いついたようにその顔に微笑を浮かべた。
「まだ近くにいるんじゃないかしら? でも無駄よ。あの子、男を連れていたわ。もうあなたのことなんて忘れているのよ、ルベン」
ライザは毒を流しこむように、ルベンの耳元でささやいた。
クレアのそばにいた人物が男かどうかなんてわからなかったが、問題はなかった。
ライザの予想通りに、ルベンの目には怒りが宿っていた。




