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信じるための努力

 ふたりは借りた馬に乗ると、アレンに示された村に向かうことにした。

 しばらく体に染みついたあの臭気に悩まされて、途中で立ち寄った休憩所の人々には嫌な顔をされたが、黄昏時ともなると、ようやく臭いもとれてきた。


「川も近くにあるし、きょうはこのあたりで野宿をするわよ」

「わかりました!」


 レイは言われずとも積極的に枝を拾い始めた。ずいぶんと旅に慣れてきたようだ。


「クレア、お願いします」

「任せて」


 鉱石術にも相性があるため、ふたりで集めた枝に火をつけるのはクレアの役目だ。

クレアは風上に木や岩などさえぎるものがあるかを確認してから火をつけた。

 その間、レイは馬に食事や水を与えて世話をしていた。


「肉をたっぷり使ったスープにしましょうか」

「やったぁ! きょうはクレアの料理が食べられますね!」

「さすがにあんな豪勢な料理には負けるけどね」

「僕はクレアの料理のほうが好きですよ」


 クレアの隣に腰を下ろしたレイは、そう言って無邪気に笑顔を咲かせた。レイにその気はなくても、その甘い台詞だけで多くの女性たちを狂わせることだろう。


「あなたって本当に小悪魔ね」

「え?」

「なんでもない」


 クレアは呆れながら、てきぱきと鍋に具材を放りこむ。肉とジャガイモと休憩所で買った野菜を入れて、調味料を入れるだけの簡単なスープだ。あとは買ったパンを添えれば立派な夕食の出来上がりだ。

 先に食べ終えたクレアは、レイがパンのかけらを飲みこんだのを見計らって口を開いた。


「レイ」

「はい」

「ありがとう」


 改まって礼を言われたレイは、不思議そうに目を瞬かせている。


「グロリアでのこと。すかっとしたわ!」


 笑顔でそう告げると、レイの青い瞳に涙が浮かんで白い頬を濡らし始めた。


「え、ちょっと、どうしたの?」

「ごめんなさい」


 レイは鼻をすすって涙を拭っているが、その涙が止まる様子はない。

 ぽろぽろとこぼれ落ちる雫は、いつまでも眺めていられるほど綺麗だ。


「私がお礼を言うとは思わなかったから、泣くほど驚いたの?」


 泣き顔に見惚れたことを後ろめたく思いながら、クレアはそっと手を伸ばした。

 目元を撫でるように拭ってやると、レイはくすぐったそうに身をよじって、はにかんだ。


「いきなり泣いてごめんなさい。でも、クレアが笑ってくれたのがとても嬉しくて」


 涙の理由に、今度はクレアが驚かされた。


「ねぇ……どうしてそこまで、私を想って泣いてくれるの?」


 純粋な疑問だった。これまで何度も好意を伝えられてはいるけれど、涙を流すまで相手を思いやれるものだろうか。

 少なくとも、クレアにその経験はない。人間誰しも自分が一番可愛いはずだ。


「鉱石人は博愛主義なのかしら。まるで無償の愛のようだわ」


 なだめるように頬を撫でると、その手にレイの手が重なった。


「僕は博愛主義じゃありませんよ。だって僕はクレアしか見ていないし、あなたの心が僕に向いてくれればいいのに、っていつも考えているもの」


 熱烈な告白に、クレアの頬が熱くなる。

 しかし、その告白をしたレイの表情は暗く沈んでいた。


「僕はね、もう一度あなたに出会えたら、今度は僕があなたを守るつもりでいたのです。けれど、僕があなたの英雄になりたいと理想をふくらませている間に、あなたはたくさん傷つけられていた。あなたがずっと苦しんでいることに、僕は気づくことができなかった」


 悔しくてたまらない。レイはそう言って再び涙を流した。

 胸の奥からあふれるこの穏やかな感情はなんだろうか。レイがクレアに対して感情を見せるたびに、クレアは喜びを覚えるとともにレイを可愛いと思ってしまう。この入り混じった感情の名前はなんというのだろう。


「レイ……知らなくて当然なのよ。モリブデンは私を監禁していたもの。城下町の誰もその事実を知らなかった」

「いいえ」


 レイは頭を振った。星のように涙が散った。


「事情を知っているひとはいたのでしょう? それなのに誰もあなたを連れ出さなかった! 僕だったらって何度考えたか! 僕は自分が情けない……守りたい人も守れなかった」


 いつもは優しさを宿している青い瞳には、苛烈なまでの輝きが宿っていた。

 信じられないほどの一途さに、クレアは目頭が熱くなった。

 もう認めるしかない。

 自惚れと言われてもいい。

 レイの好意は本物だ。

 苦しんだクレアの分まで、彼は一緒に泣いてくれているのだ。


「ねぇ、レイ。私はね、こんなにまっすぐ心を伝えてくれるあなたのことを全部信じることができない薄情者なの。最低な人間よ」


 視界が涙で揺らいで世界が曖昧に見える。左手に伝わる温もりだけがレイを感じとっていた。

 たまった涙がこぼれて、ようやく視界が開けた。

 レイの濡れた瞳が、微笑むクレアを映している。

 こんな顔ができたのか、とクレアはなんだか嬉しくなった。


「それでも私はあなたを信じたい。信じるための努力をしたい」


 レイの美貌がふわりと甘く蕩けて、その表情が歓喜を雄弁に物語っていた。

 触れ合った手から熱が伝わってくる。これはレイの感情だろうか?

 それだけではない。喜びはクレアのうちからも泉のようにあふれていた。

 何度も裏切られて、二度と人を信用しないという誓いにひびが入った音がした。


次話は怒り狂ったライザ視点になります。色々と不快かも。

早くクレアとレイを幸せにしたいです…

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