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因果応報の聖女5

 ぷはっと必死に泥の海から顔を出したライザを、アレンはどこか感慨深く見下ろしている。


「懐かしいな。私も妻と一緒にこの泥に落とされたものですよ。聖女様の祈りのお力を強化するためにも、今年の泥には念を入れてより強力な臭いの糞も配合しましたからね。ご堪能あれ」

「お、えぇ……む、無理よ、許して! 助けてくださいアレン様! これ以上は本当に……」

「おや、聖女様が泣いておられる。それもそうですね、本来ならばルベン様とともに泥を浴びたかったでしょうが婚約破棄をされてしまっては、おっと失礼」


 アレンがわざとらしく口を押えると、ライザは屈辱に震えてうつむいた。

 クレアは素直に驚いた。クレアが王都を去ったあと、ルベンとライザの婚約が発表されたが、破棄されたとは初耳である。

 それをわざわざここで発表するとは、アレンもなかなかいい性格をしている。

 

「聖女様、お可哀想」


 誰かの囁きがクレアの耳に入った。おそらくライザにも届いたのだろう。ライザは泥のついた唇を噛みしめているように見える。

 憐みすら屈辱のはずだ。

 あれほど悔しそうなライザは見たことがない。

 アレンはライザを取り囲む人々を振り返って言った。


「みな、聖女様を慰めてはもらえないだろうか」

「では俺が新郎役を!」


 我先に、と男たちが嬉々として噴水の泥に飛びこんでいく。

 ライザはあからさまに嫌悪を浮かべて、男たちから距離をとろうとする。


「嫌よ、来ないで! 誰があなたたちなんかと!」


 ライザは本気で男たちを拒絶するように防壁を張りめぐらせた。

 昔から苦労を知らずにちやほやされて、ルベンという貴族の中でも最高の男に愛された女としては、いまさら平民の男など考えられないはずだ。

 人々に笑われ、同情されて、ライザの自尊心は傷だらけだろう。


「王都ではありえない屈辱でしょうね」


 クレアも人々と一緒になって笑った。

 レイはそんなクレアを見つめながら、悲しそうに目を伏せた。


「あなたの受けた傷は、こんなものでは癒されないでしょう」

「そうでもないわよ。あんな泣き叫ぶライザなんて見たことがなかったもの。いい気味だわ」


 クレアが意地悪く笑うと、レイもようやく笑みを浮かべた。


「やっぱり僕はここでの結婚式は嫌だな」

「あら、愛は深まるかもしれないわよ?」

「もしかして、クレアはこういうのがいいのですか?」


 レイは手で鼻を押さえながら、不安そうに尋ねる。


「却下よ」

「ですよね! よかった」

「うん? 何か言った?」

「ううん、何も」

「そう? じゃあ、そろそろ出発するわよ」

「はい!」


 クレアは足元に置いていた道具袋を手にとって立ち上がった。

 クロークを羽織ってフードで頭を隠そうとしたが、思い立ったように欄干から身を乗り出した。

 その視線の先には、男たちから逃れようとするライザがいる。

 ライザは視線を感じたのか、それとも偶然か、クレアのことを見た。

 金色の目が限界まで見開かれる。

 クレアは口の端を吊り上げた。


「知ってる? 信じていた人たちや家族に裏切られて、石を投げつけられて、凍えそうな雨の中を泥まみれで歩いて、飢えをしのぐために雑草や虫を飲みこんだあの日の惨めさを」


 聞こえてはいないだろう。それでもライザはクレアに釘付けになっていた。


「あんたは私を殺そうとしたんだから、糞にまみれるくらい軽いもんでしょ」


 べっと舌を出して「ざまぁみろ」と鼻で笑うと、ライザの目に稲妻のようなものが走ったように見えた。

 クレアは清々しい気分になって、レイを連れてグロリアをあとにした。


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