因果応報の聖女1
山と羊しかなかったはずの風景にいつしか建物が増えて、王都と変わらないほどの賑いをみせる町が見えてきた。
山と海に囲まれた大都市グロリアは噂に聞いていた以上に発展していて、鉱石術で動く箱型の車が人を乗せて街中を走っている。
商業区も活気があって、誰もがそれなりに質の良い暮らしをしていることがわかった。
「こんなに大きな町があったのね。聖女が来ていないといいけど」
「ここグロリアは王都ルーメンからかなり離れた場所にありますが、酪農と魔鉱石の資源で大都市まで発展したと本に書いてありました」
「あなたは旅行に便利ね」
「ふふ、来るのは初めてですけどね!」
「私もよ」
ふと、クレアの前を若い女性ふたりが横切った。ふたりはワッフルコーンに盛りつけられた青いアイスクリームを食べながら歩いている。
それを何気なく見つめていると、レイが顔を覗きこんできた。
「食べたいですか?」
「ううん。いい町なんだなって思っただけ。でも」
「でも?」
「少しだけ、羨ましいかな」
「だったら食べましょう!」
「また機会があればね。私たちはまず依頼を受けて、お金を稼がなきゃいけないでしょう」
「そのとおりですが……」
クレアは不満そうなレイを無視して、酒場を探した。
グロリアは立派な建物が多く、やたら屋根がとがっているのが特徴的だった。
魔鉱石を加工した屋根が多く、それが貴族や平民関係なく使用されているところを見ると、グロリア全体がそれなりに裕福であり、貴族と平民の関係が良好であるようにも思えた。
商業区を抜けて噴水広場に出ると、レイが何かを指差した。
「クレア、あれを見てください」
そこには王都で見たような、魔鉱石でつくられた長方形型の映像装置があった。
映し出された映像には、笑顔を浮かべて手を振る女性の姿がある。
忘れるはずがない。
「ライザ……」
自然と声が低くなる。
喉の奥から何かがこみ上げてきて気持ち悪い。
レイはクレアの様子を気にしながら、もう一度映像の中のライザを見つめた。
「この人が聖女ライザですか。どうやら僕たちのほうが早く到着したみたいですね」
映像には「十年ぶりの聖女の来訪」とあった。
ライザの紹介文には「祈りを捧げる真の聖女ライザ。彼女は高潔な女性であり、王都でもっとも支持を集めている」と簡潔にまとめられている。
「聖女ライザ様、いいよなぁ。俺、聖女見るの初めてなんだけど」
クレアたちのほかにも、ライザに注目していた青年たちが好色そうな顔つきで盛り上がっていた。
「綺麗で可愛いよな……こう、儚げで守ってあげたくなるところとか!」
「聖女クレアのほうがよっぽど綺麗ですよ」
聞き耳を立てていたクレアは、突然自分の名前が割りこんできたので、動揺しながら青年たちに視線を走らせた。
青年たちも第三者の登場に目を丸くしている。
見覚えのある後ろ姿はまちがいなくレイだ。
「あ、あの子!」
クレアの顔から血の気が引いた。
青年たちは顔を見合わせて、
「聖女クレアって誰だっけ?」
「なんか話題になってなかったっけ? 一、二年前にライザ様の婚約者だったルベン様を寝取ったとか」
「あぁ、そんな話もあったかなぁ」
「あの映像記事にも書いてあるだろ。『聖女クレアを淫乱の魔女と言うのはもうやめてあげて』だって! 王都ではそう呼ばれてるのか! 婚約者を寝取った女をかばうとかライザ様はお優しいな」
「そんな下品なことばでクレアを呼称し貶めるだなんて、この僕が許さな……」
クレアはレイの口を背後から塞ぐと、呆気にとられる青年たちに構わず、レイを引きずって歩いた。
「何やってるのよ!」
クレアが声をひそめながら叱ると、レイはひどく憤った様子でライザの映像を見上げて言った。
「だってクレアへの名誉棄損で、しかも冤罪ですよ! 許せません。直接会って訂正させます」
手を放すとそのまま駆け出してしまいそうなレイに、クレアの胸に広がっていた憎悪が薄れていく。
「放っておきなさい。どうでもいいから」
「よくありませんよ」
「もういいのよ。天使がそこまで怒ってくれたから」
クレアが笑うと、レイは目を見張って、それから困ったように微笑んだ。
「クレアがそう言うなら。しかし一年経ってもクレアの話題を蒸し返しているなんて、まるでクレアの報復を恐れているようですね」
「私を恐れる? ライザが?」
ライザには国民という味方がついているのに、何を恐れるというのだろうか。
「自分の人生に満足している者の行いとは思えません。あなたを貶めないと自分を保てない……それか、もしかしたらこの人……」
レイは何かに気づいたらしく、ずいぶんと真剣な顔をしてつぶやいている。
「考えごとをしているところ悪いけれど、ライザが来る前に依頼を受けてここから離れるわよ」
「やっぱり納得できないな」
レイは軽やかに噴水に飛び乗ると、あろうことか頭を隠していたフードを後ろに滑り落とした。
陽光を受けてきらきらと輝く銀髪が人々の視線を奪う。
「ちょっと、何をしているの! やめなさい!」
クレアは慌ててレイのクロークの裾を引っ張るが、レイは意地でも下りようとはしない。
レイは唇に人差し指を当てて微笑むと、両手をぱんっと打ち鳴らした。
喧騒が静まり、人々は突然出現した美少年に釘づけになった。
ライザお仕置きのお話。




