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天使の結婚宣言

 レイと訪れた町の酒場で魔獣討伐報酬を受け取ったあと、特にめぼしい依頼も見当たらなかったので、ふたりは別の場所で依頼を探すことにした。

 向かう場所は王都にも引けを取らないと言われる大都市、グロリアだ。


「クレアの夢はなんですか?」

「考えたことないわね」


 草を食べながらこちらをぼんやり見つめる羊を横目に、クレアとレイは急な斜面をおりていく。

 日々を生きることに必死で、考える余裕などなかった、というのが正しい。

 クレアは雲ひとつない青空を仰いだ。こうして空の青さを気にするようになったのも、レイと出会ってからだ。


「教団に復讐とかは考えなかったのですか」

「考えなくもなかったけれど、生きることに精一杯だったわ。監禁されていた私は世間知らずだったし、とにかくこの世界で生きるために必死だった。私は私の力だけで生きてやるって、それだけだった」


 本当は「私だけで生きてやる」が正解だったが、レイを連れている自分が言えたことではないと思った。


「じゃあ、いまは夢を見ることもできますか? たとえば家を持つとか」

「家か」


 それは非常に魅力的な話である。自分の城を持つことは誰もが憧れるだろう。


「追われる身だからね。いまは無理でしょうけど、やっぱりいつかは……」

「聖女や騎士団が来ないような辺境の地ならば暮らせるはずですよ。僕だってお手伝いします」


 レイは自分の夢を語るように目を輝かせている。もし家が見つかれば一緒に暮らすと言いそうだ。


「そういうあなたはどうなの。なんだか私に恩を返そうとしているみたいだけど、やっと自由になれたんだから、好きな場所に行ってもいいのよ」


 私が連れ回しているのかもしれないけれど。

 クレアは心の声には気づかないふりをした。

 レイはなぜか恥らうように上目遣いになって、


「あの、怒らないで聞いてほしいのですが」

「また首を斬るとか言わないわよね」

「違います! あの時はすみませんでした! だから、その、そうじゃなくて」


 レイは顔を真っ赤にしながら、その青い瞳に熱情をこめてクレアを見つめた。


「僕はこれからもクレアのそばにいたい。それは夢になりませんか?」


 クレアは、レイの熱が伝播したように顔が熱くなった。

 彼はことばの意味を理解しているのだろうか。


「あのね……あなたはまだ外に出たばかりで、私しか知らないからそんな危険なことが言えるのよ。あなたの世界が広がれば、もっとまともな夢が見つかるはずよ」

「でも」

「自分でも言っていたでしょう。まだ人間としての感情が未熟だって。未熟な状態で答えを出すのは早すぎると思わない?」

「一理あるような? でもこの状態で夢を見るなというのは酷ではありませんか。もっと小さな子供だって夢を語る権利があるのに!」


 レイは同い年とは思えないほど幼い顔で頬をふくらませている。

 そういうところが未熟だと指摘される部分だが、クレアはそんなレイの幼さを潰したくはない。

 自分のように擦れて生きる必要はないのだから。


「まずは世界を広げるために、私以外に信用できる人とか大切な人をつくる、とかでいいんじゃない」

「大切な人?」

「私みたいな誰も信用しない人間は当てにしちゃだめってこと」


 クレアは自分自身でも厄介な人間だと理解している。

 レイの自立を促しながらも、どこかでレイを手放すのを惜しいと思っている。

 それなのに過去のトラウマを言い訳にして、素直に気持ちを伝えられないでいる。

 どこまでもずるい臆病者だった。


「うーん、わからない。僕にとっての一番はクレアで、二番三番の大切をつくる必要があるのですか? 僕が未熟だからわからないのかな」

「もう……あなたって本当に」


 心底わからないと言いたげに、レイは首を傾げている。

 この美貌でこの純粋さは、もはや暴力ではないだろうか。

 ここまでくると逆に心配になってしまう。変なやつにだまされて、また監禁生活という結末になりかねない。

 そう考えれば、やはりレイをいま手放すのはかなり問題のようにも思える。

 これはレイを連れ出した者の責任である、とクレアは強引に言い聞かせた。


「あ、わかりましたよ」


 レイは良いことを思いついたと顔を綻ばせた。


「僕とクレアが結婚して子供をつくればいいってことですね!」

「はあ!? な、なな、なんでそんな発想になるの!?」


 沸騰するように顔を真っ赤にしたクレアに、レイは不思議そうに目を瞬かせる。


「だって僕とクレアの子供なら、きっと僕の大切な人になりますよね。そういうことじゃないのですか?」

「全然違う! これだから天使様は! 教団の人間はどんな教育をしてきたのよ! やっぱりぶっ潰すしかないようね!」

「クレア、落ち着いて? 教団では家庭教師のような専属の先生がいて、もちろん性教育も受けましたよ。鉱石人といっても、基本的に体のつくりは人間の男性と同じですからね。生殖機能も問題ないとのことですから」

「そういうことじゃないの!」

「そ、そうなのですか? また怒らせちゃったなぁ……いい案だと思ったのに」


 反省しないと、と前向きなレイのことばは、クレアには届いていない。

 クレアは顔を冷やそうと手で風を送りながら、脳内でレイの発言を繰り返していた。

 レイの子供と聞いて思い浮かんだのは、銀髪に青い瞳の小さいレイの姿だ。

 きっと笑顔がとても可愛いだろう。


「な、何を考えているのよ! 私の馬鹿!」

「クレア!?」


 我に返ったクレアの叫びは山肌に反射して響き渡り、放牧中の羊たちの注目を浴びた。


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