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騎士団長ルベン

 城下町に住む平民の娘であったクレアは、八歳の時に王都の近くの森へ、幼馴染のライザや当時通っていた学校の同級生たちと一緒にピクニックに出かけていた。

 しかし途中で友人たちとはぐれてしまったクレアは、森の中で黒々とした巨大な蛇のようなものに襲われている子供を見つけた。

 クレアは恐怖で声が出なくなり、見つからないように草陰にしゃがみこんだ。


「もしかして、魔獣?」


 闇から這い出してきたような漆黒の体は、地下世界・インフェルノから出現するという魔獣の特徴だ。

 しかしその姿は鳥であったり狼であったりと、決まった形はないようだ。

 彼らは食事を必要としない代わりに、生命への破壊衝動を本能として動く存在だ。

 凶暴で凶悪な魔獣だが、聖女の祈りの力であっけなく消滅する。聖女の祈りは魔獣を浄化する唯一の剣であり、人々を癒す治癒術でもある。

 そのため聖女が集められた王都にはほとんど寄りつかず、王都から出ない人間は魔獣を目にすることなく一生を終える者もいるという。

 ほとんど怪談話と思っていたクレアは、初めて目にした怪物相手に隠れて怯えることしかできない。

 しかしクレアよりも小さな子供が魔獣に命を奪われようとしている。


「私がなんとかしないと」


 同年代よりも身長が高く、いつも年下の子供たちに慕われていたクレアにとって、その子供は庇護の対象だった。

 クレアは震える手で、護身用に持っていた短剣を引き抜いて立ち上がった。


「フォルトゥナ様、私に力を!」


 己を鼓舞するように叫び、クレアは恐怖を興奮に変えて飛び出した。

 するとクレアの体が淡く発光し、光を浴びた魔獣は一瞬にして灰となり、小さな黒い鉱石を残して消えた。

 この時初めて聖女の力が発現したのだ。


「あの!」


 短剣を手にしたまま呆然とするクレアに、子供が駆け寄ってくる。

 銀髪に深い青色の瞳を持つ美しい子供だった。

 神様に愛されるとこんな顔になるのだろうか、とクレアはその小さな顔に見惚れた。

 子供は白皙の頬をほんのりと染めて、感に堪えないという面持ちでクレアを見上げている。


「ありがとうございます! あのこれ、お礼に受け取ってもらえませんか!」


 子供は身に着けていたペンダントをクレアに差し出した。

 丸く加工された青い石がつやつやとしていて、とても綺麗だった。

 クレアは先ほどとは別の興奮に包まれていた。

 生まれて初めてこんなにも感謝された。

 お手伝いをしたお礼とは違う、誰かの命を救ったことによる感謝だ。

 自分の力で誰かが救える。

 クレアは初めて自分のことが好きになれた気がした。


 誰かが額に触れる感触に、クレアの意識は急激に覚醒した。

 ぱっと目蓋を開くと、すぐ近くで驚いた声が上がった。


「いきなりだな」


 クレアの顔を覗きこんでいた美丈夫が小さく笑った。

 整えられた茶髪から整髪料のすっきりした香りが漂ってくる。

 しばらくぼんやりと眺めていたクレアは、かっと目を見開いて飛び起きた。


「ルベン様!? いつからここに!」

「やあクレア。ぐっすり眠れているようでよかったよ」

「そ、そんな! 叩き起こしてくださってもよかったのに」

「はは、きみの貴重な寝顔を見られて嬉しかったよ」


 緑の瞳が悪戯っぽく細められて、クレアは赤面した。

 ルベンは王族を輩出してきた貴族、ジェード家の次男であり、王の親衛隊である星羅騎士団の騎士団長だ。

 深い緑を基調とした騎士団服を着ているので、城からそのままやって来たのだろう。


「疲れ果てるまできみを追いつめるなんて……枢機卿が本当に許せない」

「ルベン様!」


 気遣ってくれるのは嬉しいが、扉の前にはこちらを監視するモリブデンの私兵がいるので、クレアはそっとルベンの袖を引いた。

 完全にモリブデンの嫌がらせである。


「気にすることはないさ。一月後にきみは俺の妻になる。枢機卿の牢獄からおさらばだ」


 ルベンは爽やかに笑った。

 クレアはルベンの頼もしさに胸が温かくなる。

 ようやくこの塔から抜け出せて、しかもルベンと一緒になれるなんて夢のようだ。


 ルベンと初めて出会ったのは三年前。

 聖女の力を秘めていると判明してから、モリブデンによって塔に監禁されたクレアだが、式典などがあれば出ないわけにもいかない。

 その日、エンピレオの礼拝堂にてルベンの騎士団長任命式が行われた。

 そこでルベンは祈りを捧げるクレアに一目惚れをして、モリブデンの制止を振り切り、塔の最上階までやって来た。

 そんなことをする人は初めてで、ルベンのその情熱にクレアは魅了された。

 本来、平民であるクレアとジェード家との婚約は許されないが、聖女の地位があれば話は別だ。

 この時ほど聖女であったことに感謝したことはなかった。


「けれど、うまくいくでしょうか。モリブデン様は許可しないと息巻いていましたが」

「何も心配いらないさ。教皇が支持してくれる。教皇の愛人はジェード家の長女だから、何かとジェード家を贔屓にしてくれるのさ。モリブデンが何をしようとしても無駄だし、彼は教皇にもなれない」


 ルベンは不敵に微笑んで、不安そうにシーツをつかむクレアの手に左手を重ねた。


「早くきみと一緒になりたい。近々国民に向けてきみとの結婚を正式発表し、盛大なパレードを行うつもりだよ」

「パレードだなんて! ちょっと恥ずかしいです」

「俺の花嫁だ。見せつけたいんだよ」


 ルベンにそう言われてしまっては、クレアは顔を赤くしてうなずくしかない。

 まちがいなく、いまが一番幸せだと思えた。


「ふふ……ルベン様が来てくださったから、すっかり疲れが吹き飛びました」

「俺のほうこそ、クレアの顔を見るだけで天にも昇る気持ちになるよ。いまなら王の小言を聞かされても笑顔でうなずけそうだ」


 最後のほうだけ声を潜めたルベンに、クレアはくすくすと小さく笑った。

 クレアを塔から連れ出されると危惧したモリブデンは、悪あがきのようにクレアの仕事を増やしてきた。しかしそれも終わりが見えてきた。

 ルベンがクレアのために、権力を持つ教団に立ち向かってくれた結果だ。


「お慕いしております。ルベン様」


 クレアは勇気を出して、ルベンの大きな手に指を絡めた。

 すぐに指はにぎり返された。


「クレア。俺も愛しているよ」


 ルベンの唇が、真っ赤に染まったクレアの頬に寄せられる。

 モリブデンの嫌がらせで、ふたりの接触は親愛のキスまでと厳しく決められている。

 そのためルベンとの接触は限られているが、それでもクレアは幸福だった。


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