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死にゆく村4

 再びもどって来たクレアの姿に、アリサは眉を吊り上げた。


「何をしているんです、帰ってください」

「病人は専門外だけど、負傷者ならなんとかする」

「結構です。あなたの手は借りません。だからもう帰ってください! 顔も見たくない!」

「いいから聞きなさい。あなたの大嫌いな聖女の力を見せてあげる」

「え……」


 クレアは怪訝な顔をするアリサのそばを通りすぎて、負傷者が集められたベッドの近くに立った。

 そして慣れたように両手を組んで目を閉じる。

 クレアの体が淡く輝いて、その輝きがベッドの上の負傷者たちを包みこむ。

 女神に祈りを捧げるその姿に、アリサは息を呑んだ。

 負傷者たちを包む光が消えると、いままで呻くだけだった彼らは、不思議そうに体に巻かれた包帯に触れた。

 痛みが消えた、という声が次々に上がって、アリサは驚いたようにクレアを見つめた。


「やっぱり、クレアの祈りはとても綺麗です!」

「褒めても何も出ないわよ」


 自分のことのように誇らしげにするレイに、クレアは小さく笑った。

 アリサは負傷者の傷が消えていることを確認して、クレアに向き直った。


「あ、あなた、聖女様なの?」

「引退しているから、元聖女よ」


 聖女と呼ばれて嫌そうに返すクレアを、レイは微笑ましく見つめていたが、思い出したようにアリサに視線を向けた。


「アリサさん。ひとつ確認なのですが、このあたりで魔鉱石の採掘を始めましたか?」


 アリサは驚いた様子で、素直にうなずいた。


「つい最近、村の近くで魔鉱石の採鉱地を発見したの。それを村の新たな資金にしようと思っていたんだけど、どうしてそれを知っているの?」

「素手や普通の手袋で作業したのでは」

「そうよ」

「皮膚が発光する症状は、魔鉱石を直接触れたことによる中毒症状なのです。そのため採掘する際は必ず鉱石術を施した手袋などで作業しなければならないのですよ。小さな断片としてあちこちに転がっている魔鉱石は魔力を失っているから、ただの石と変わりありませんが、魔鉱石というのは加工しなければ人体に有毒なのですよ」

「そ、そうだったの!?」


 知識不足が招いた病気だと知って、アリサは愕然となった。

 レイは冷静に患者を見回して、


「薬を手配する時間が惜しいですから、浴びすぎた魔力を僕が吸い取ります」


 見ていてください、とレイは最も病状が重い男のベッドに近づいた。

 荒い呼吸を繰り返す男は、首から下のほとんどの部分が本来の皮膚の色を失っている。

 レイが男の顔の上に手を伸ばすと、レイの背中に青く輝く光の羽が生えた。

 クレアを救った天使の姿だ。

 アリサたちの感嘆の声を背後に聞きながら、クレアはじっとレイを見つめていた。


「皮膚が!」


 アリサが声を上げる。

 男の皮膚を覆っていた鮮やかな色が見る見るうちに消失していく。

 余分な魔力を吸い取り終わったのか、レイの背中の羽が光の粒子となって消えた。


「これで大丈夫ですよ」


 レイがクレアの隣にもどると、男はゆっくりと上体を起こした。


「な、何が起きたんだ? 呼吸がとても楽になったが……」

「お父さん!」


 アリサが涙ながらに父に抱きつく。

 その様子を眺めていたクレアは、満足そうにうなずくレイを見下ろした。


「便利な力ね」

「お役に立てました!」

「そうね」


 クレアは父親の回復に歓喜しているアリサに近づいた。


「早く次の患者や負傷者の元へ連れて行きなさい。私たちの気が変わらないうちにね」


 言動こそ横柄ではあるが、クレアのその表情の柔らかさに、アリサは濡れた目を瞬かせた。


「あ、ありがとうございます! こっちです」


 アリサの案内に従って、クレアとレイは次々と治療を施した。

 クレアの祈りで怪我が治癒するたびに、人々は涙と笑顔でクレアに感謝を伝えた。

 まるでレイを救った時と同じような喜びを感じた。

 本来の聖女の役目を、クレアは九年越しに果たしたのだ。


「クレアさん、レイさん、本当にありがとうございます!」


 すべての村人の治療を終えた頃には、外はすっかり暗くなっていたので、アリサの提案により村長宅の空き部屋を使わせてもらうことになった。

 その食事の席で、アリサは何度も両手を組んでクレアとレイに感謝を伝え続ける。


「お礼はもうたくさん聞いたから……食事や部屋を貸してもらえるだけでじゅうぶんよ」


 クレアは困ったようにため息をついた。

 それでも物足りない、とアリサは頭を振る。

 その後ろから病人の看護をしていた女たちや、元気になった男たちがわらわらと料理の皿を持って集まってくる。


「なんとお礼を申し上げたらよろしいのか」

「おふたりがいなかったら今頃村は全滅でしたから!」

「せめてたくさん食べてくださいね!」

「あ、ありがとう……」


 さすがのクレアも、善意と厚意を無下にすることはできずに、運ばれてくる料理に手をつける。


「治療が間に合ってよかったです」


 そんなクレアを微笑ましく見守っていたレイが、クレアの代わりに応える。

 すると人々は祈るように両手を組んだ。


「まさしく聖女様と天使様だ」

「え、天使様って」


自分まで崇拝の対象にされるとは思っていなかったらしく、レイは目を丸くした。

 矛先がレイにそれたので、クレアはほっと胸を撫で下ろした。


「この天使様はともかく、私を聖女と呼ぶのはやめて。もう引退しているのよ」

「それでもありがとう」


 アリサはクレアの隣に座って微笑んだが、その顔に悲しみがにじんだ。


「クレアさん、ごめんなさい。あなたの事情を知らないのにひどいことを言いました」


 自分の非を認めて素直に謝罪できる人間は、クレアが相手してきた人間の中でもそう多くはない。アリサの誠意に応えようと、クレアはアリサに向き直った。


「あなたは何も悪くないわ。私こそ、八つ当たりなんてみっともない真似をして悪かったわ」


 とてもむずがゆい気持ちになりながら、クレアもまた自分の非を認めた。


「ふたりが仲直りできてよかった」


 レイは幸せそうに笑っている。

 レイがいなかったら、聖女の祈りの力を使うことなんて絶対になかっただろう。

 すべてはレイがつなげた縁だ。

 すると、ずいぶんと打ち解けた様子のアリサが言った。


「聖女様は人を助けてくれなかったから、助けてくれたクレアさんは天使様を連れた女神様ね!」

「もっとだめ!」


 クレアが全力で拒否すると、人々はドッと笑った。

 羞恥を感じたクレアは、人々と一緒になって笑っているレイの頬を軽くつねった。


「こら、どうしてあなたまで笑っているのかしら」

「いひゃい……だって、クレアはすごいってことを僕は昔から知っていましたから。それをみんなに認めてもらえたことが、こんなにも嬉しい!」


 レイは、つねられて赤くなった頬を撫でながら満面の笑みを浮かべた。

 クレアは何も言い返せなくなって、真っ赤になった顔を隠すようにうつむいた。

 レイのことばはまっすぐで、容赦なくクレアの心を揺れ動かす。

 ろくに受け身もとれないので、クレアは悶絶するしかない。


「あなたのほうが、よっぽどすごいんだから」


 レイに気づかれないように、クレアはひっそりとつぶやいた。



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