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死にゆく村3

 クレアとレイは怪我をした男に肩を貸して、アリサのあとに続いて村に入った。

 病気が蔓延した村には活気がなく、昼だというのに静寂に包まれていた。魔獣は村でも暴れたらしく、無残に破壊された家も見受けられる。

 入口からまっすぐ進んだところで、どこよりも大きな家にたどり着いた。


「村長の家です。ここで負傷者や病人の治療を行っているんです。入りきらなかった人たちは、それぞれ自分の家で治療を行っています」


 中に案内されると、そこかしこから呻き声が聞こえてきた。

 病人や負傷者のためのベッドがずらりと並んで、主に村の男たちが苦しそうに横たわっている。

 男をベッドに寝かせて、慌ただしく動き回る女性たちに任せると、レイは隣のベッドで眠る男を見下ろした。


「クレア、見てください」


 クレアもレイと並んで男を見下ろした。

 白い寝間着から覗く肌が緑や青、赤や黄などと色とりどりにまだらに輝いている。


「何よ、これ」

「一月ほどまえから同じような症状を訴える人が出てきたんです」


 アリサがクレアたちの向かいに立って、皮膚が輝く謎の病に侵された男を見下ろす。

 彼は息苦しさを訴えるように胸元を掻きむしっている。

 レイはベッドの上の患者たちを見回して、


「この病気にかかっているのは男性だけですか」

「えぇ。もちろん女性もいますけど、ほとんど男性です。いまのところ看護している女性たちに感染するといった兆候もありません。偶然なのかもしれませんが」

「医者には診せたの?」

「ここに医者はいないのです。だから他の村や町にもお願いしようとしたんだけど、感染しては困るって言われて……それで祈祷師に診てもらったのだけど、水を飲んで病原菌を流すしかないって言われたんです」

「それでいたるところに水差しが大量にあるのですね」


 レイは納得したようにうなずいた。

 アリサは唇を噛んで、傷だらけの手でワンピースをにぎりしめた。


「聖女と騎士団はこの村に来ると、水と食糧を奪ってさっさと逃げたの。どうせ村は壊滅するのだから腐らすのはもったいない、なんて言ってね!」

「そんな……」

「私たちをゴミのように見下して! 聖女も騎士団も悪魔だ!」


 アリサはあふれた涙を乱暴に拭いながら叫んだ。

 クレアはもう一度、男の体を見た。

 聖女の力で救えるだろうか? クレアはすぐにその考えを否定した。

 そこまで万能な力ではないことは、クレア自身がよく理解している。

 それにこの村はすべてから見捨てられた村だ。いずれこの村は別の村と統合されるか、人がいなくなって自然消滅するだろう。


「聖女も騎士団もこんな貧乏な村を救っても利益はないって考えたんでしょう。無駄に労力を割くより合理的かもね」


 ライザをかばうわけでは決してないが、この村を救うのは無理だ。

 アリサは困惑したようにクレアを見つめた。


「なによそれ……この村の人たちが死んでもいいってことですか!?」

「そういうことよ。全滅が嫌なら動ける人間だけでも別の場所に移り住んだほうがいいわ。助かる確率は上がるでしょ」

「あなたには血も涙もないのね」


 アリサは嫌悪感をあらわにして、クレアをにらみつけた。

 クレアはあえてすました顔で言った。


「よく言われる。人間ってそんなものでしょ?」


 笑顔の裏で、人を心配するような顔をして、本当は裏切る生き物。

 誰もが自分の欲望を叶えるために生きている。


「この村はそんな人間たちに裏切られて見捨てられたのよ。だったらあなたも自分を一番に考えて動くべきだわ。ここにいたら足の引っ張り合いになって終わるだけよ」


 アリサは呆れたように頭を振った。


「寂しい人……あなたにはわからないのでしょうね。人間はあなたみたいにそう簡単に何もかも捨てられる生き物じゃないわ。ここでしか生きていけない人たちだっている。私たちは弱いからこそ助けあって命をつないできたのよ。それを見捨てるくらいなら、ここで最後まで抗って死んでやる」


 アリサは暗い目でクレアを見つめて、玄関を指差した。


「魔獣を討伐してくれたことは感謝します。報酬は酒場で受け取ってください。だからここから出て行って」


 クレアは冷めたようにひらひらと手を振って、レイに声をかけて玄関へと向かった。

 まるで強い人間かのように言われたのは意外だった。

 そうやって剣をとらなければ生きられなかった。誰も助けてくれないのだから、自分を一番大切にしなければならなかった。

好き好んでこの人生を選んだわけではなかったのに。


「寂しい人間でしょうね。私には、故郷も家族もいないもの」


 みんな私を裏切った。助け合って生きてきたアリサの言い分など、クレアに理解できるはずがない。

 それなのに、体が震えている。これは嫉妬だろうか?


「クレア」


 クレアの震える左手を、レイの両手が包みこんだ。


「そうやって他人と自分を傷つけるのはよくないですよ」

「レイ……」


 レイはクレアを慰めるように微笑んでいる。クレアはなんだか後ろめたい気持ちになって、視線をそらした。


「あなたは失望しなかったの。さっきの私、ひどかったでしょう」

「失望なんてしません。ひとつ許せないことがあるとすれば、あなたがあなた自身を傷つけていることですよ。自覚はありますよね」

「どういう意味?」

「アリサさんに向けたことばは、あなたを傷つけた人間の行いそのもの。あえて口にすることで、アリサさんをわざと怒らせて、そしてあなた自身も傷つけた」


 青い瞳が力強くクレアを見つめた。

 ペンダントの魔鉱石と同じ色がクレアを映している。


「私が私を傷つけている? 私は事実を言っただけよ」


 クレアは自分でも困惑するように、内からあふれる思いを口にした。


「あきらめたほうが早いし、楽なのよ。私はそうやって逃げて、生きてきた」

「はい」

「誰かを助けるなんて無意味なのよ。必ず報われるとは限らない。あの子にそれを教えたかっただけ」

「はい」


 レイはクレアを否定しなかった。

 左手を包む温もりが「大丈夫」とクレアを励ましてくれる。そのおかげで、クレアは徐々に落ちつきをとりもどした。


「教えるつもりで、わざときつい言い方をして……」


 ほとんど八つ当たりのようなものだった。自分が傷ついた出来事を、されて悔しかったことをアリサにぶつけていただけだ。

 クレアは、ようやく自分の感情が暴走していたことに気がついた。


「ねぇ、クレア。本当は祈りの力を使うべきだと、そう考えていたのですよね」

「ちが……」


 否定することができずに、クレアはことばをつまらせた。

 本当は負傷者だけでも祈りの力で治せばいい、という考えがよぎった。けれど利用されて裏切られることが怖かったのだ。

 だから力を貸すだけ無駄だと決めつけて、最初から悪者になろうとした。

 自覚すると恥ずかしくて、クレアは右手で顔を隠した。

 その様子を見て、レイは柔らかく微笑んだ。


「クレア。あなたはあなたのしたいことをすればいいのです。何があっても僕があなたの盾となります。あなたが何をしようと僕だけはあなたの味方になります」


 レイの熱烈とも言える告白に、クレアは頬が熱くなった。

 彼はクレアのペンダントそのものだ。

 ペンダントだけがクレアを助けてくれた。味方でいてくれた。

 だからこの白い手をにぎり返しても大丈夫かもしれない。


「でも、私……したいことなんて何も」


 不安そうにするクレアに、レイはひらめいたように人差し指を立てた。


「たとえば聖女ライザの仕事を横取りするのも面白いかもしれませんよ。聞いた話では自尊心だけは高い聖女だそうですし」

「聖女の仕事を?」

「えぇ。病気のほうは僕に任せてください。心当たりがありますから!」


 レイはクレアに理由を与えてくれたのだろう。

 聖女の力を人前で使うことに抵抗がないわけではなかったが、レイが与えてくれた理由は魅力的である。


「あいつの悔しそうな顔を見てやるのも、悪くないわね」


 クレアはふっと不敵に笑って、病室となっている部屋へともどった。


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