死にゆく村1
クレアはレイを連れて、近くの町へ向かった。
魔獣討伐依頼の報酬は酒場を通じて受け取れるので、酒場さえあれば依頼を受けた町までもどる必要はない。
「ねぇクレア。そもそもなぜ聖女が存在すると思いますか? しかも年々数を増やしていますよね。壁画に描かれる聖女はどこもひとりだったのに」
レイの何気ない世間話に、クレアは嫌そうに眉根を寄せた。
「聖女の話なんてしたくないの」
「ご、ごめんなさい。あなたにそんな顔はさせたくなかった」
レイはクロークのフードの下で、悲しそうにうつむいた。
そんなレイの様子に、クレアは困ったように視線を泳がせた。
「私も、その……過剰に反応しすぎたわ。ごめんなさい」
レイにはクレアの聖女時代のことを話してある。「王都に乗りこみましょう」と憤慨するレイを説得するのは骨が折れたが、まるで自分のことのように怒りを見せて共感してくれたことに心が軽くなった。
そんなレイに対して、先ほどの態度はさすがに気がとがめたのだ。
「謝らないで、クレア。それほどまでにあなたを追いつめた人たちを、僕は本当に許せません」
そう言って険しい顔をするレイに、クレアはほんの少し口元を綻ばせる。
「せっかく綺麗な顔をしているんだから、皺なんて寄せないの」
クレアが人差し指で眉間をつつくと、レイは照れたように小さな唇をもごもごとさせた。
「クレアはそうやって僕を子供あつかいするのですね」
「だって年下でしょう」
「僕はこう見えてもう十八です。この国の法律では結婚も可能なのですよ」
「十八!? 嘘、同い年なの?」
クレアがレイを上から下まで眺めていると、レイはむっと唇をとがらせた。
「そりゃあ、まだまだ身長も低いし子供っぽいかもしれませんけど、もっと成長しますから。クレアをお姫様抱っこしてみせますから!」
「こ、こら、大声で私の名前を呼ばないで。ローズって呼びなさい」
慌ててレイの口を塞いだが、その手の下でレイはまだ何か不平不満をもらしているようだった。
お姫様抱っこなどと、どうしてそう恥ずかしいことを言うのだろうか。
クレアは照れ隠しにレイのフードを深くかぶせてやってから、目的の酒場へと足を踏み入れた。
どこの酒場もハンターたちであふれかえっている。クレアは屈強な男たちの間を縫うようにカウンターへ向かった。
こういった場に不慣れなレイは、生まれたての雛のように必死にクレアのあとについて来た。
「ローズ! こっちよ」
カウンターの一番奥から女性従業員が手招きしている。
要領がいい彼女は、クレアが切り出す前に別の町で受けた依頼の報酬が入った袋を用意していた。
「中型魔獣討伐なんてお手柄ねぇローズ。あら?」
従業員は、遅れてクレアの後ろに立ったレイを見て目を丸くした。
「へぇ~、ローズが誰かを連れてるの初めて見たわ。どれどれ?」
従業員が身を乗り出して下から覗きこむ。
「は!? めっちゃ可愛い! なにこの子!」
レイは深めにかぶったフードの奥で困ったように笑った。
従業員ははしゃいだ様子で目を輝かせる。
「はわ~、お人形さんみたい! 顔ちっちゃい! 羨ましい~」
「誰が顔も体もでかいですって?」
視線をさえぎるようにクレアがレイの前に立つと、従業員はけらけらと笑って、
「言ってない、言ってない! でも身長とおっぱいは大きい!」
「やかましい」
赤面するレイに目ざとく気づいた従業員は、にやにやと意味ありげに笑った。
「や~ん、照れてる。男の子なんだ?」
「依頼は」
クレアがさえぎると、従業員はわざとらしく頬をふくらませた。
「もう意地悪なんだから。依頼のほとんどは午前中で全部なくなったわよ。あるのは売れ残りの微妙な依頼がひとつだけ」
「微妙な依頼?」
「辺境の村からの討伐依頼なんだけど、聖女がその近くまで遠征に来ているらしいから、どうせ聖女と騎士団が討伐するだろうって思って誰も受けなかったのよ。だからここ二日ほど貼りっぱなし」
「村からの依頼取り下げは?」
「だんまりよ。依頼したことも忘れちゃってるんじゃない? 貧乏な村だしそこまで報酬もよくないから見向きもされないし」
「聖女と騎士団がいるのは面倒ね」
「商売にならないからねぇ~」
商売敵というよりも、クレアとレイは教団に追われる立場だ。できれば接触したくない。
「なんだか嫌な予感がします」
レイが不安そうにつぶやいた。
いつもならば絶対に近寄らない場所だが……。
クレアはため息をついた。
「わかった。受けるわ」
「さっすがローズ! ありがとう~! いつまでも貼りっぱなしは気持ち悪いし、うちも困ってたのよ。うちからもちょっと弾むわよ」
従業員は嬉しそうに両手を組んだ。
気乗りはしなかったが、報酬も上乗せと聞けばそこまで損もないだろう。
「いいのですか?」
レイが驚いたようにクレアを見上げた。
「聖女と騎士団の仕事をかすめとってやるのも面白いかもしれないでしょう。ついでにお金も手に入る」
「はい!」
「じゃあすぐに出発するわ。水と食糧、適当に見繕ってくれないかしら。あとこの子の服も」
「了解。じゃあきみはそこの扉から中へ入っておいで。大丈夫、変なことしないから!」
クレアは不安そうにするレイの背中を押して、扉の奥へと押しこんだ。
従業員はひらひらと手を振って店の奥へと消えたが、すぐに道具袋を持ってもどって来た。
「はい、どうぞ。料金は報酬からいただいたわ。あとは特別品を贈呈」
「なに、このいかがわしいの」
クレアはピンク色の液体が入った小瓶を受け取った。
見るからにあやしい品物だ。
「あなたを指名した依頼者からの成功報酬よ。依頼者が魔鉱石で作ったお薬みたいで、嫌な記憶とかこれで全部忘れることができるんですって!」
「嫌な記憶……」
「催眠術みたいなものかしら。でも効き目は抜群だから、依頼者の信頼する相手に渡したいんだって」
「こんな危ないもの乱用されたらどうするのよ」
「大丈夫じゃない? だって成功品それしかないらしいし」
「そういう問題なのかしら……」
「必要な人のもとにあるほうがいいでしょう」
従業員は含みのある表情でクレアを見つめた。
嫌な記憶を本当に忘れることができるならば便利だ。その効果が本当はどうかはわからないが、気休めに持っておくことにした。




