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狂った青い宝石3

「それで? 天使様には何ができるの」

「鉱石術は誰よりも自信があります。だからこそクレアと出会うまでずっと言われるがまま鉱石術の道具にされていたのですけど」

「なんですって」


 レイと初めて出会ったあの時、レイは名乗る間もなく修道女に連れていかれたが、それからずっとクレアと同じように利用され続けていたということだ。


「信じられない……どこまで腐ってるのよ! こんな子供まで捕まえて利用して!」


 レイの境遇に自分の過去を重ねずにはいられない。

 教団はクレア以外にも無知な子供を利用していたのだ。

 許せなかった。激しい怒りで、にぎりしめた拳が震える。

 その手を、レイが両手で包んだ。


「だからクレアは僕の恩人です。あなたが僕に心をくれたのです」

「心を?」

「お恥ずかしい話ですが、僕はあなたに出会うまで、それこそ命令に従順なだけの人形だった。人間というものに無関心だった。だって人間じゃないから」


 レイは自嘲するように目を伏せた。


「そんな僕を見かねた修道女が、司祭様に内緒で気晴らしにと外に連れ出してくれたのです。修道女とはぐれてしまった僕は、そこで魔獣に襲われました。あまりにも不意打ちで鉱石術が使えなかったけれど、死の恐怖もなかった。そんな僕をクレアが助けてくれた」


 クレアが「覚えている」とつぶやくと、レイは嬉しそうに目を細めた。


「本当のことを言うと、どうして僕なんかを助けたのかなって疑問でした。この人も僕の鉱石術が目当てなのかなって、とても失礼なことを考えていました」


 レイもまた人間を信用していなかったようだ。どこまでも自分と同じだと、クレアは胸が痛くなった。


「当然よ。人間は何の利益もなく他人を助けるはずがないものね。私のことなんて信用できなかったでしょう」

「ううん。僕はあの時あなたを信用した。というよりも、誰かを信じる心を理解した、と言うのでしょうか」

「うそよ……どうやって?」

「命がけで僕を助けてくれたクレアの泥のついた笑顔は、とても美しかったから」


 誰もが見惚れる美貌を持つ少年が、クレアを美しいと称賛する。

 クレアは信じられない、と頭を振った。なんだか頬が熱かった。


「あなたには僕を部屋に閉じこめた大人たちのような打算的な考えはなかった。僕はね、僕のために恐怖に立ち向かって、あんな風に微笑みかけてくれる人がいたことに感激したのです。だから僕はあなたに覚えていてほしくて、とっさにペンダントを渡したのです。我ながら素晴らしい判断でした!」


 クレアは思わずペンダントの魔鉱石を撫でた。

 ここに宿っていた魔力は使い果たしてしまったけれど、それでもずっとクレアの心の拠り所となってくれた物言わぬ相棒だ。


「ありがとう、クレア。僕を人間にしてくれた大切な人。あなたと出会えた奇跡が、孤独だった僕の唯一の光だった」


 微笑むレイの向こうの空がやけに鮮やかに見えた。

 草原の緑も太陽のまぶしさも、いつも以上にクレアの視界を彩ってくれる。

 まるでレイのことばで、霞んでいた世界に色がついたようだった。

 否、世界は変わっていない。変化したのはクレアだった。

 顔全体が熱い。

 ふわふわと心が浮ついている自覚がある。

 何を言えばいいのだろう? 伝えたいことはたくさんあるはずなのに、うまくことばにできそうにない。

 顔を見られるのが恥ずかしくて、クレアは深くうつむいた。


「あなたの思惑は成功よ。私はこのペンダントのことを忘れなかった」

「本当? 嬉しいなぁ! クレアも僕のこと、少しは思い出してくれていたのですね」


 レイは幸せそうに顔を綻ばせた。その笑顔に目頭が熱くなる。

 どうしてこんなにも心が揺さぶられるのだろう。

 感情が制御できなくて、クレアは途方に暮れた。


「違うわよ」

「あ、ごめんなさい。調子に乗ってしまったかな……まだまだ人間に近づけていない証拠ですね」

「少しなんかじゃない。私はいつもこのペンダントに慰められていたんだから」


 レイが驚いたようにクレアを見つめた。

 私は何を言っているのだろう。

 クレアの意思を無視して、口は勝手にことばを紡いでいる。


「これが私の命を救ってくれたの。ここに宿った天使様だけが私を助けてくれた! これがあったから私はずっと……ずっと!」


 涙もことばも止まらない。

 レイに聞いてほしい。この傷ついた心を拾ってほしい、と好き勝手に飛び出していく。

 そっと白い手が伸びて、クレアの体は導かれるようにレイの腕の中におさまった。

 花のような匂いがする。

 お伽噺の妖精のような、エンピレオの壁画に描かれた天使のような不思議な存在なのに、礼服越しに感じる体温はとても温かい。

 ペンダントの魔鉱石と同じ温度がそこにあると気がついて、クレアは無我夢中でレイを掻き抱いた。


「あ、あぁ……ここにあったんだ。私の、ペンダント」


 クレアは子供のように、涙に濡れた顔をレイの肩に押しつける。

 レイは震えるクレアの背中を撫でた。


「あなたの心に僕の居場所を与えてくれてありがとう」


 ありがとう。嬉しい。とても幸せです。

 たくさんの優しいことばが雨のように降り注ぐ。

 クレアはこらえきれずに声を上げて泣いた。

 感謝を伝えたいのに、レイのほうから感謝を伝えられている。受け入れてくれる。ここにいていいと肯定してくれる。

 頭の中はぐちゃぐちゃで、レイにすがることしかできなかった。

 この天使を、もう手放せそうにない。


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