狂った青い宝石1
「ルベン」
ライザの指がルベンの頬を撫でる。
ルベンもライザを受け入れて、その腰を抱いている。
不快極まりない光景だというのに目が離せなかった。
「ねぇ、ルベン。どこにも行かないで」
「大丈夫だよ。きみだけをずっと愛している」
ライザが逞しい胸に身を寄せると、ルベンもまたライザを抱きしめた。
「裏切り者!」
クレアが怒りをぶつけるように叫ぶと、甘く蕩けていたふたりは冷然とクレアを見すえた。
その刺々しい視線に、クレアは怯んだ。
「何を言っているんだ。そもそもお前さえいなければ、俺はライザと結婚できたんだ」
「そうよ。クレアなんて最初からいなければよかった! あなたさえいなければ、私たちが結ばれていたのに。あなたのせいよ!」
ライザの瞳に涙があふれて、いつのまにかライザを支持する人々が侮蔑と嘲笑を浮かべてクレアを取り囲んでいた。
「卑しい女。さっさと消えろ。不愉快なんだよ」
「恥知らず。同じ平民出身のライザ様を少しは見習いなさいよ!」
「ルベン様、ライザ様、ご結婚おめでとうございます」
「あんな女、消えて正解だな」
クレアは両手で耳を塞ぎながらその場に崩れ落ちる。
「私が、悪いの? 私なんかが聖女になったから……ううん、生まれてさえこなければ……」
無意識に胸元を掻きむしったが、目当ての物が見つからない。
はっと顔を上げると、なぜかライザの首に青い魔鉱石のペンダントがあった。
ライザはクレアを哀れむように見下ろして、見せつけるように魔鉱石を撫でている。
「返して! 私のペンダント!」
「な、何を言っているの? これはもともと私のものよ?」
「まったく……ついには人の物にまで言いがかりをつけるのか。落ちたものだな、クレア。気持ちが悪い」
中傷のことばがクレアの胸を容赦なく抉った。その場で嘔吐すると、ライザが汚物を見るように悲鳴を上げた。
怯えるライザを、ルベンが庇うようにマントで覆い隠す。
「返して……それは私のペンダント。それだけは誰にも渡せないの」
必死に震える右手を伸ばすが、ふたりの姿は遠ざかって行くばかりだ。
「返して……返せ……ライザァァァァ!」
飛び起きたクレアは、反射的に周囲を見回した。
静寂に包まれた草原だ。虫の声は少し離れた森の中から聞こえている。
ばくばくと早鐘を打つ心臓を宥めるように深呼吸を繰り返し、慌ててペンダントの魔鉱石をにぎりしめる。
つるつるとした慣れた感触に、ほっと胸を撫で下ろした。
「くそ……」
額の汗を拭ってから、左隣に視線を移す。
そこにはきのう拾った天使が眠っていた。
肌寒いのか、自分自身を抱きしめるようにして震えている。
「起きなさい」
クレアが腕をつかんで揺すると、レイはしばらく寝言をつぶやいて、それから勢いよく飛び起きた。
「お祈りの時間! あれ……そうだ、外でしたね」
レイの焦った顔に安堵がにじんだ。
空が薄らと明るくなって、白い顔を陽光か照らした。
きらきらと銀髪が輝いて、青い瞳に光が溶けこんでいる。
ぼんやりとレイを眺めていると、悪夢の記憶すら不思議と薄れていった。
レイは立ち上がると、その場でくるりと回って見せた。教団支給の青い礼服がふわりとひるがえる。
「はは! 野宿なんて初めて! それに外の世界なんていつぶりでしょうか!」
「こら、大声ではしゃがないの」
子供を叱るような口調になっていることに気づいて、クレアは慌てて気を引きしめた。
いつもの冷酷さを思い出さなければならない。誰が相手でも気を抜いてはいけない。この一年はそうやって人とのかかわりを断ってきたのだから。
「あ、ごめんなさい! 気をつけますね! 叱られちゃった……紳士として失格です」
レイはしょんぼりと整った眉を垂れて、恥ずかしそうに白皙の頬を染めた。
盗賊たちは天使と呼んでいた。その名称がぴったりだと思えるほどにレイは美しかった。
「ここで待ってなさい。食べ物を探してくるから」
「僕もお手伝いします」
「いいから、ここにいなさい」
「はい……」
渋々とその場に座るレイを確認して、クレアは近くの森から食べられそうな果物を採った。
クレアは、ぼんやりと朝陽を眺めているレイのもとへもどり、平らな石の上に果物を置いた。
「すみません、ありがとうございます。これ、モモですか」
「そうよ」
「触っていいですか?」
うなずくと、レイは興味津々に小さな赤い実を手にとった。
ずっと監禁状態だったためか、何もかもが面白いらしい。
生きることに必死だった自分とは大違いだと苦笑しながら、クレアは道具袋からナイフをとり出して、干し肉を薄く切って石の上に並べた。
「ほら、さっさと食べなさい」
「わあ、ありがとうございます! クレアが作ってくれた料理です!」
きらきらと目を輝かせて喜ぶので、クレアはため息をついた。
「料理って、切って置いただけのものを料理とは言わないわ」
「でもクレアはわざわざ僕の分まで用意してくださったのでしょう? この干し肉も」
なんだか馬鹿にされている気がして頬が引きつった。なんでも褒めればいいというものではない。
「あのね……いくら私が魔女と呼ばれているからって、自分の分だけ用意するなんてそこまで薄情じゃないわよ」
「はい。だからあなたは優しい人なのです。その優しさを分けていただけて嬉しい」
レイは真面目な顔をしてクレアを見つめていた。
クレアはなんだか無性に恥ずかしくなって、それを誤魔化すようにレイの左頬をつねった。
「いひゃいです」
「いいから黙って食べなさい!」
「あ、ごめんなさい。マナー違反だったでしょうか?」
「そうじゃないから」
クレアはもう何も言わずに、赤くて小さなモモを口に放った。
レイも見よう見まねでモモを口にして「甘い」と頬を緩ませた。




