魔女は天使を拾う2
「それで……いったい何があったの? あなたは教団の人間なのかしら」
クレアはレイの手足を拘束する縄を剣で切りながら訊ねると、レイはふるふると頭を振った。
「僕は『発生』してからずっと教団に囚われていたのですが、先ほど盗賊に誘拐されました。でもそのおかげでクレアと再会することができました!」
「何がそんなに楽しいのよ」
やけに上機嫌なレイに、クレアは戸惑うようにつぶやいた。
手首を拘束する縄を切り落とすと、その下から見覚えのある物が現れて血の気が引いた。
「うそ……」
急いで足首の縄を切ると、縄の下には手首と同じ物があった。
レイは両手足を金属の輪に拘束されて、自由を奪われていた。相手の鉱石術を封じるまじないが彫られたそれは、クレアが祈りの力をこめた魔具だった。
「いま外す」
「これはとても強力な魔具なので、簡単には外せな、い? あれ?」
クレアが輪を広げるように力をこめると、輪にぱきりと皹が入って呆気なく壊れた。
レイはぱちぱちと目を瞬かせた。
「すごい! こんなに簡単に外せるなんて、クレアってなんでもできるのですね!」
「すごくなんかない。だってこれは私が作ったのよ」
「え?」
苦い記憶がよみがえり、封じたはずの罪悪感がいまになってクレアを責めた。
魔具が何に使用されるのか見ないふりをしていた。そうすることでしか自分を守れなかった。
けれど実際にレイを拘束するために使用されていたのを見て、クレアは恐怖した。
心の乱れに反応して、足元から火が立ちのぼった。
意図せず鉱石術が発動してしまっていた。
「あ……」
それはあっという間に床に引火し、幌を焼いた。
止めなければ、と焦れば焦るほど炎は勢いを増す。
一年前から鉱石術が不安定になっていたが、ここまで制御できなかったことはない。
炎はクレアを責めるようにじりじりと皮膚を焼いた。
「止まらない! どうして!」
脳を貫くような熱と痛みに混乱し、悲鳴を上げるクレアを、レイはそっと抱きしめた。
「な、何をしているの! 火傷するわよ!」
「大丈夫」
そのことばのとおり、あれだけクレアを苛んだ炎が、レイに吸いとられるようにして鎮まった。
魔力が具現化したのか、レイの背中には青く輝く二枚の羽が生えていた。
「あの時の、天使様?」
クレアの命を救ってくれた天使と同じ姿だ。その輝きに安堵して、強張っていた体から力が抜けていく。
レイは腕を解くと、クレアの顔を覗きこんだ。
「暴走したあなたの魔力を少し吸いとりました。気分はどうですか」
「だ、大丈夫」
レイの腕の中にいたことが気恥ずかしくて、クレアは慌てて視線をそらした。
「よかった。クレアにはつらい思いをしてほしくなかったから……あなたには笑っていてほしいのです」
「私の笑顔なんて見たことないでしょう」
突き放すように言えば、レイは頭を振った。
「見たことありますよ。ほら、僕を助けてくれた時です。あの時の笑顔は夜明けのように希望に満ちていました。クレアと話せたのはほんの少しだったけれど、クレアとの思い出が孤独な僕を慰めてくれました」
淡く目元を染めるレイは本当に美しかった。
その笑顔に見惚れながら、レイと初めて出会ったあの日を思い出す。
魔獣に立ち向かい、聖女として覚醒したあの時、初めて誰かを助けることができて嬉しかった。
自分自身をほんの少し好きになれた気がした。
九年経ったいまでも、レイは覚えていてくれたのだ。
胸の奥が温かくなって、ペンダントをにぎる。
その時、こちらに向かって来る複数の足音が聞こえて、クレアはとっさにレイの腕を引いて立ち上がらせた。
レイは不思議そうにクレアを見上げた。
「教団の兵があなたを追ってきたみたい。走れる?」
「はい!」
誰も信用しないと誓ったはずだ。放っておけばいいのに、なぜ手を差し伸べるの?
クレアは行動の矛盾に気がついていたが、嬉しそうについてくるレイを見て、いまだけは考えるのをやめた。
クレアは教団の隠していた天使を連れ去った。




