卒業式
「続いて、卒業生からの答辞。卒業生代表、榎島孝一、前へ」
「はい」
校長先生に名を呼ばれ、僕は講堂の舞台に上がる。
卒業生代表として答辞を読むためだ。
この学校では去年の生徒会長が今年の答辞を担当する決まりになっている。
「寒さの厳しい冬もようやく終わりを告げ、春の訪れを感じさせる季節となりました。本日は、この度卒業する私たちのために、この卒業式という場を設けて下さりありがとうございます。また、お忙しい中ご出席してくださいました皆様に、私たち卒業生一同心からお礼申し上げます。私たちは…」
この日のためにめっちゃ頑張って憶えた答辞をよどみなく話していく。
一言一句間違えるわけにはいかない。
「修学旅行では長野を訪れました。まあ訪れたといっても観光目的ではなくほぼスキー合宿だったわけなんですが。三日間ずっとスキーをしているんですよ。しかし、それに不満を言った生徒はいなかったでしょう。大阪では雪すらも降らないのですから」
こんなちょっとした冗談も交えて聴衆を笑わせる。
まばらなすすり泣きだけで終わらせるつもりはないからな。
むしろ笑って卒業させたい。
「私たちはこれからも、豪徳中学校卒業生としての誇りを持ち、各々の抱く夢を目指して勉強に励み、日々精進することを、誓います。先生方、後輩達、保護者、ご来賓の方々、本日は誠にありがとうございました」
お辞儀をして、盛大な拍手を受ける。
そして歩いて自分の席に戻ったところでやっと一息付けた。
あーーよかったーー読み切れたーー!!
めちゃくちゃ緊張したーー!!
そんなふうに心の中で安堵しているうちに校歌斉唱の時間が来た。
これを歌うのも最後だからな、残された気力を振り絞って一生懸命歌おう。
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「榎島君、ちょっといいかな?」
講堂を出てすぐに声をかけられたので振り返ると、校長の代々木さんがいた。
「問題ないですよ。僕も最後にお話ししておきたかったので」
「それはちょうどよかった。校長室に行こう」
僕は代々木さんについていくように歩いて校長室に入り、ソファーに腰かけた。
「いつも通りブラックでいいかな?」
「はい。ありがとうございます」
代々木さんはコーヒーを出してくれた。
「いやあ、孝一君ももう卒業してしまうのかあ」
コーヒーをすする僕に代々木さんは言った。
「はい、おかげさまで。何より代々木さんの助けがなければこうはならなかったでしょう」
「そういってもらえると嬉しいよ。私も君に出会えてよかったと思ってる」
僕が今日卒業するこの豪徳中学校、すごく不良が多いことで有名。
中学校の入学式、小柄だった僕は案の定不良生徒に目を付けられ、校舎裏にて暴行を受けそうになった。
その時止めに入ったのが代々木さんだったのだ。
そこから仲良くさせてもらってたまに校長室でお茶したり世間話をしたりしていた。
僕を生徒会長に推したのも彼だ。
「お互い様ですよ」
「そうだね。いやあそれにしても」
代々木さんは目を細めて言った。
「あんなに小さくて弱そうだった君がこの学校の番長になるなんてね」
ふっと息をついて僕は返す。
「そうですね。僕は平穏が得られればそれで良かったんですが、返り討ちにした相手が勝手についてくるもんですから」
「私から総合格闘技を勧めたんだが、成長ぶりには驚かされてばかりだったよ。最終的に大会三連覇してしまったし」
「その点は本当にありがとうございました」
「いや、こちらこそ感謝するよ。君が不良生徒をまとめてくれたから私達教員側も色々とやりやすかったんだ」
「自分の誇りには思っています」
「高校卒業の後、気が向いたら私のところに来て欲しい。困らせはしないから」
「その言葉卒業したての中三に今言ったんですか?」
ちなみに代々木さんは齢30にして会社を三つ持つスゴイ人だ。
そんな人と繋がってて仲もいいの、自分で考えても恐ろしい。
「優秀な人材を放っておくわけにもいかないからね」
「はは、その時はお願いします」
「私はいつでも大歓迎だよ」
その後、他愛のない話を数十分した。
それから、代々木さんはおもむろに時計を見て言った。
「そろそろ時間かな。ありがとう、楽しかったよ」
「こちらこそ」
「あ、そうだ」
代々木さんはすっとメモを渡してきた。
「これ、私の電話番号とメールアドレス。君に渡しておくよ」
「…大丈夫ですか?僕なんかに教えて」
「君だからだよ。困ったときは頼ってくれ」
「現役バリバリの大社長に頼る機会なんてそうそうないと思いますが」
「ははは、たまの愚痴に付き合って欲しいんだ」
「こんな僕でよければ」
「最後に言っておこう。あの五人にもよろしく言っておいてくれ」
「!」
急にあの五人のことを触れられて少し驚いた。
「はい、ありがとうございます。それでは、また」
「うん。また会える日を楽しみにしてるよ」
最後の礼をして、僕は校長室を出た。
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「「「「榎島さあああん!!」」」」
あとは帰るだけだと思ってたからすごいびっくりした。
振り返ると…うわあ。
仲の良かった不良生徒が全員で走ってきた。
「アンタの答辞スゲー良かったぜええ!!」
「最後までやっぱりアンタすげえよお!!」
「うおお同じ学校行けへんのが悲しすぎるうう!!!」
しかも大号泣で。
でかいやつらがチビ(僕)に泣きながらすがってる姿は傍から見たら絶対おかしい。
「…あー、桐谷。一体どうしたんだこいつら」
僕はさっきからうるさいやつらの横で苦笑して立ってる男、桐谷に尋ねた。
「いやいや、そげな困った顔されてもやな。至って普通の反応やと思うで?」
こてこての関西弁で桐谷はそう返した。
「あんさんがこの中学の番長なってからうちら不良はえらい過ごしやすなったからねー。普通にケンカ強いし校長とも繋がっとるあんさんに逆らう奴なんかおらんしむしろ憧れるにきまっとるで」
桐谷は僕の右腕みたいな存在だった。
サバサバしてて歯に衣着せない物言いに僕は一定の好感を持っていた。
「かくいう俺もあんさんと別れるのはつらいんやで。楽しい日々もこれまでんなるからな」
そういわれたら僕もそうだ。
こいつらとこれっきりになるのは悲しい。
「じゃあ、LANEでグループだけでも作っておくか?」
「それがええな。おーいお前らー!チーム独眼竜の奴はよこーい!」
桐谷の呼びかけを聞いて、さっきまで泣いてたやつらが目を光らせて、全員親からスマホを受け取って走ってきた。
ていうかチーム独眼竜ってなんだよ。
桐谷に聞いたら、僕が陰で『豪徳の独眼竜』って呼ばれ恐れられていて、その傘下にいたやつらが『チーム独眼竜』と名乗っていたらしい。
僕が知らないところで。
それ聞いてすごく恥ずかしくなってきたんだけど。
「誰だよ最初にそれ呼び始めたやつ!」
「え、知らんけど。俺らは既に定着してたから呼んでただけやで。普通にかっこいい名前やしええやんか」
「かっこいいけど!!男のロマンを刺激させるけど!!」
現実で呼ばれるのは痛すぎるんだよおお!!
☆キャラ豆知識
中学時代の榎島は長い前髪で右目を隠してました。
その姿が不良たちの印象に残ったのか『豪徳の独眼竜』と呼ぶに至りました。
考えた作者ながら痛い。現実でこれで呼ばれたくはない。