王女ウィステリアは夜会で踊る 前編
とうとう夜会デビューの15歳になりました。
ウィステリアでございます。
今夜は、わたくしのお披露目の夜会ですの。
朝から準備に気合が入ります。
「ウィステリア様、気合は結構ですが、お顔の力を抜いてくださいませ。」
早速、侍女から注意されてしまいました。
準備をしてくださるのは、侍女やメイドの皆さんですものね。
今日は、無二の親友、マチルド教授もお呼びしていますわ。
あれから、マチルド教授は新種のタヌキを発見されました。
残念ながら個体数が少なく、研究と保護にお金がかかるということで、わたくし協力することにいたしましたの。
基金を集めるために、タヌキのぬいぐるみを売ることにしたのです。
たかがぬいぐるみ、されどぬいぐるみ、でございます。
マチルド教授とわたくしの二人がそろえば、大きさ、手触り、可愛さの再現度などなど、こだわりにこだわり抜くのは当然の流れです!
おかげさまで、たくさん買っていただけました。
ほら、やっぱり皆さん、タヌキがお好きなのです。
「商品名が、王女殿下のチャリティタヌキ、ってあざといだろ。」
などと、チャリティパーティーの席でミシェルお兄様が呟いていました。
隣にいらしたヴィクトルお兄様が
「陛下の肝いりだ、この件には口を出すな!」
と、怖い顔をしておられました。
わたくし、相変わらずお父様に溺愛されております。
わたくしがお二人に向かって微笑みますと、お二人も笑顔を返してくださいました。
どこか引きつった笑みでしたが、たぶん気のせいですわね。
お二人とも、懸命にぬいぐるみを売ってくださいました。
おかげで、その日用意した分は完売でした。
夜会の刻限になりましたわ。
ふう。緊張しますわね。
こんなに緊張するのは、5歳のお披露目以来かしら。
シモン様の前で緊張するのは、別カウントですわ。
毎回毎回なのですもの。
わたくしの名がアナウンスされ、扉が開かれました。
初めての夜会会場は、とても煌びやかで、自分がかすんでしまわないか心配なくらいです。
でも、今日はわたくしが主役。負けないように胸を張ります。
ずらりと並んだ貴族の方々。
みなさん、わたくしの一挙手一投足をじっと見ておられます。
シモン様のお姿も見えます。
あの時よりも、王座に近い場所ですわ。
宰相様に重用されている彼は、功績を挙げて伯爵位を受けておられます。
優しい笑顔でわたくしを見てくださっています。
さらに気合が入りますわ。
あら、いけません。顔の力を抜くのでしたわね。
壇上では、お父様とお母様が涙ぐんでおられます。
わたくしは淑女の礼をとり、これまでお世話になったお礼を述べ、今後、王族として国に貢献していくことを誓いました。
満場の拍手を受けまして、舞踏会に移ります。
ファーストダンスは、ヴィクトルお兄様が相手をしてくださいました。
お兄様の巧みなリードで踊りきると、再び拍手をいただき、続けて皆さまもフロアに出て来られます。
王座近くに設けられた席に戻り、外国の大使方の挨拶を受けます。
ご挨拶だけですが各国の言葉で述べますと、皆さま、表情を緩めてくださいました。
マチルド教授も旦那様と一緒に、挨拶に来てくださいました。
旦那様は件の新種タヌキが発見された場所を領地とする、辺境伯様です。
タヌキの保護の相談に行ったことが、ご縁につながったのだとか。
福ダヌキですわね。
仲睦まじいご様子で羨ましいですわ。
ご挨拶が一段落したところで、シモン様がいらっしゃいました。
「おめでとうございます。今日は一段とお綺麗です。」
「ありがとうございます。」
お顔を拝見したら、胸が一杯になってしまいましたが、今日はどうしてもお願いしたいことがありました。
「あの…」
「はい、なんでしょう?」
「…一曲、踊っていただけますか?」
「私でよろしければ、喜んで。」
本来、ダンスは男性から申し込むものですが、今日はわたくしが主役です。
今日は、今日だけは、わたくしの我が儘を許していただきたいのです。
ちらりとフロアを確認されたシモン様が、おや、と動きを止めました。
「今から、フェルディナン殿下が婚約者の方と踊られますよ。
それを拝見してから踊りませんか?」
「まあ、素敵! それがいいですわね。」
少しテンポの速い曲でした。
婚約者のリール様はスリムなシルエットのドレスをお召しでした。
フェルディナンお兄様がリフトするたびに、ふわりと広がるレースの美しさに見惚れてしまいました。
「ああ、素晴らしいわ。
なんだか、気後れしてしまいますわ。」
「私もです。」
エスコートしてくださるシモン様と笑いあい、少し緊張がほぐれます。
次の曲は、ゆったりしたテンポでした。
大人っぽい曲、いいえ、わたくし、もう大人ですわ。
「顔に力が入ってますよ。」
顔が赤くなったのは、指摘されて恥ずかしかったのか、それとも、耳元で聞こえたシモン様の声のせいか…。
ダンスを終えて、わたくしを元の席に送ろうとしたシモン様に
「テラスに出てみたいんですの。」とお願いしました。
「ご気分がすぐれないとか?」
「いいえ、大人はダンスの後テラスに出るのでしょう?
小説に、そんなシーンがよくありますわ。」
「お供しましょう、王女様。」
少しおどけて、シモン様がおっしゃいました。
わたくしには、目的がありました。
シモン様は、大人の男性。
国王であるお父様や、宰相様、お兄様たちからの評価も高く、注目も集まっているはずです。
まだ独身ですが、いつご結婚されてもおかしくないのです。
きっと、わたくしがこんなことを言えるチャンスは最初で最後。
テラスにはちょうど、どなたもいらっしゃいませんでした。
手すりに近寄って庭を眺めれば、ライトアップされた噴水の水がキラキラ光っていました。
黙りこくってしまったわたくしに
「ウィステリア様?」とシモン様が声をかけてくださいます。
シモン様はお忙しい方、お時間を取らせてはいけませんわね。
「夜会に出られるようになったのですから、わたくしも、婚約のことを考えないといけないのでしょうね。」
「…そう、ですね。」
「王女ですから、好きな方と結婚できるとは限らないですわね。」
「…お好きな方が、いらっしゃるのですか?」
「ええ」
「…もし、ウィステリア様がお望みなら、私がなんとかしてさしあげますよ。」
「ほんとうですか?」
「これでも、宰相の懐刀と言われております。」
シモン様は、道化師みたいなお辞儀をなさいました。