王女ウィステリアはタヌキを愛す
なんということでしょう!
あの日の衝撃ときたら、生まれてからこれまで経験したことがございません。
…とはいえ、人生経験、わずかに12年でございます。
コホン。
気を取り直しまして、王女ウィステリア、12歳になりました。
身長も伸びまして、すっかり女性らしい体型に……なりかかっております。
嘘はいけませんわね。
話を戻しましょう。
鳥の言葉の話をした後、シモン様はフェルディナンお兄様と音楽の先生、言語学の研究者の協力のもと、鳥の民(かの部族を、そう呼ぶことになりましたの)の言葉の解析にあたりました。
閉鎖的だった部族は、この国の言葉を使っていたものの、少し古い言い回しや単語が多かったそうです。
解析を終えた言語を整理し、学習方法を探り、耳の良い者を募って通訳を育てました。
言語体系が全く異なる、遠い異国の言葉よりはずっと楽だったのですよ、とシモン様がおっしゃっていましたわ。
鳥の民とは、少しずつ交流を深めていきました。
森から出て働きたい、とおっしゃる若い方の一部は、身体能力を活かして王立劇場でダンサーをなさっています。
今流行りの衣装デザイナーが、その芸術的なダンスに触発されて作った衣装も素晴らしく、飛ぶ鳥のダンスは大人気のパートですわ。
わたくしも見せていただきましたが、本当に夢のような美しさでした。
フェルディナンお兄様は、直接、森に向かわれて、交渉にも尽力されました。
その中で、部族長のお嬢さんと意気投合し、とうとう婚約されたのです。
夜会で踊る、お二人のダンスも素晴らしいそうですが、まだわたくしは目にする機会がございません。
早く、夜会に出られる年齢になりたいものです。
と、ここからが本題です。
国外のことを教えてくださる先生を、お父様にお願いしてみましょうか、という話をシモン様とした数日後。
珍しく、お父様の執務室に呼ばれました。
「国外のことを学びたいと聞いたが。」
シモン様が話してくださったみたいです。
「はい。」
「うむ。本で学ぶのもいいが、今現在の国外の状況を知ることは大切だ。
よい着眼点だ、偉いぞ。」
「ありがとうございます。」
「〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇から。しっかり学べ。」
え、今なんと仰いましたの?
怪訝な表情をしたわたくしに、お父様は仰いました。
「おや? 聴こえなかったか? もう一度言うぞ。
シモンに先生役を頼んだからな。
奴は国外での仕事もこなしているから適任だ。」
「は、はい。承知いたしました。お心遣い感謝いたします。」
きちんと礼をして下がったのか、記憶がございません。
控室で待っていた侍女が飛んできて、わたくしの背中をなでながら
「ウィステリア様、ゆっくり呼吸なさってくださいませ。」
と言っていました。
わたくしは淑女らしからぬ、大きな呼吸を幾度かいたしました。
「…宮へ戻ります。」
小さな声でそう告げて、できるだけ急いで戻り、寝室に飛び込みました。
更にベッドにダイブして、幸福感で叫びそうになるのを堪えたのでした。
シモン様はお忙しいので、月に2回ほど、お茶会の体でお話を伺うことになりました。
前の晩から、お会いするまではドキドキが止まりません。
ですが、いざ始まれば、お話が楽しく、質問から会話も弾み、あっという間に時が経ってしまいます。
それから4年間、ずっとシモン先生の授業は続いています。
夜会に出られるようになったら、外国からのお客様ともお話ができるようにと、語学にも今まで以上に身が入るようになりましたわ。
シモン様は先生なのに、毎回、お土産をくださいます。
王都から離れた地域や、外国に行くたびに、可愛らしいものや綺麗なものを一つ、贈ってくださるのです。
お会いできる場は限られていますから、素敵なお土産を眺めて、いろいろな想いに胸を焦がすのですわ。
王女ウィステリア、乙女真っ盛りでございます。
…なんだか、はしたない言い方になりました。
面目次第もございません。
そうですわ、大事なことを忘れておりました。
シモン様はお土産として、一度、人間の方をお連れになったのです。
若い女性の方でございました。
最初、その方とシモン様がお付き合いされているのかと思い、目の前が真っ暗になりました。
わたくしはまだ、夜会にも出られない子供ですが、シモン様はとっくに大人の男性です。
同い年のヴィクトルお兄様も、婚約されているのですし。
しかし、誤解はすぐに解けました。
その方とわたくしが、友人になれるのではないかと考えたシモン様が、連れてきてくださったのです。
恥ずかしながら、わたくしは王女という身分と、勉強に忙しくしていることがあって、友人と呼べる方はおりませんでした。
その方、マチルド様は、お若いながらに動物博士でした。
いわゆる、モフモフ系の動物がご専門です。
あまりに話が盛り上がりすぎて、何度目かにお呼びした時には、わたくしの宮に泊まっていただきました。
ベッドの上で、並んでうつぶせに横になり、足をばたつかせながら、モフモフ談議に花を咲かせましたわ!
そしてそして、わたくしたち、一番好きな動物が同じでしたの。
その名も、タ ヌ キ !
名前を呼ぶだけで、キュンキュンしてしまうのですわ。
侍女が覗きに来るのではないかと思うくらい、大騒ぎしてしまいましたの。
ね、あなたも仰ってみて?
タ ヌ キ !
胸が高鳴りますでしょう?
…あら? 高鳴りませんの?
変わった方ですのねぇ。