王女ウィステリアは背筋を伸ばす
ごきげんよう、皆さま。
ウィステリアでございます。
8歳になりましたわたくし、淑女街道まっしぐらですわ!
おーほっほほ…ゲホッ。
失礼、慣れない高笑いなど、するものではありませんわね。
王女たるもの、背筋を伸ばし、いついかなる時も毅然とした態度で臨まねばならないのですわ。
しかし、けして高慢であってはなりません!
…マナーのロッテ先生の受け売りですわ。
勉強は真面目にしておりますのよ。
優秀なシモン様には、まだまだ及びませんが。
おかげで、もともと大切にしてくださっていた両親からは溺愛されております。
可愛い娘が懸命に努力している姿が激萌えるんだそうですの。
でも、そこに付け込んで、無理なお願いなどいたしません。
今はその愛を貯金しておいて、ここぞという時に使うのですわ!
お父様、お母様、その時を首を洗ってお待ちになって!
…あら、何か違う気がしますわ。
それはさておき。
今、午後のお茶の時間ですの。
シェフ自慢のお菓子満載、アフタヌーンティーですわ。
薔薇が咲き誇る中庭にテーブルを用意してもらいました。
ご一緒してくださっているのは、第二王子のフェルディナンお兄様。
「ええ、美味しいですわね、このイチゴのパイ。」
『♪ ♪ ♪』
「まあ、そんなことございませんわ。」
『♪ ♪ ♪♪ ♪♪ ♪』
「殿方がスイーツ好きなんて、可愛いと思いますわ。」
『♪ ♪♪ ♪ ♪♪』
「もう、お兄様ったら。」
『♪♪♪♪ ♪♪♪♪』
ふざけているわけではありませんのよ。
実はフェルディナンお兄様は、生まれつき声帯が特殊で歌うような言葉を話されますの。
例えるなら、小鳥のさえずりに近いかと思います。
お小さいころに診察してくださった高名なお医者様は、
「ご病気ではないのですから、治療はできません。」
と仰ったそうです。
最近の研究者によれば、生き物はみな、どこかしらで繋がりがあるのだそうです。
フェルディナンお兄様は、鳥との繋がりが他の者より濃いのかもしれませんね。
三人のお兄様の中で、一番の美形と言われるフェルディナンお兄様は、ダンスや楽器がお得意で夜会に出れば、たいへんな人気者なのだそうです。
でも、ご本人は、あまり出たがらないのです。
ご令嬢方は、お兄様のお声を聴きたがるのですが、聴いても理解できる方はほとんどいないのです。
お母様とわたくしは聞き取れるのですが、お父様とヴィクトルお兄様、ミシェルお兄様とは筆談をなさいます。
書くのは一方的にフェルディナンお兄様なのですが、綺麗な文字を、素晴らしいスピードで書かれますのよ。
「失礼いたします。」
フェルディナンお兄様の従者の方が来られました。
ご予定があるのでしたわね。
またお茶をご一緒してくださいね、とお願いすれば、かがんだお兄様が頬にキスしてくださいました。
フェルディナンお兄様はお兄様たちの中で、一番の紳士ですわ。
一人になったわたくしは、楽しみにとっておいたプディングをいただきながら、薔薇を眺めておりましたの。
美味しい! 美しい! わたくし幸せですわ。
と、その時、植え込みの陰から人が現れました。
中肉中背、と言われているその方は、実際は平均より背が高いような気がいたします。
中肉中背って名前ではありませんわね。
その方は誰あろう、シモン様ですわ。
「…これは失礼いたしました、王女殿下。」
「ウィステリアとお呼びくださいと、お願いしておりますわ。」
「はい、ウィステリア様。」
「ごきげんよう、シモン様。」
少し顔が赤くなっているような気がいたします。
暖かすぎるのかもしれませんわね。
シモン様、気になさるかしら?
「おひとりですか?」
「先ほどまで、フェルディナンお兄様がご一緒してくださったのですが、ご用事で。
…あの、もしお時間があれば、お茶をいかがですか?」
「これは、なんと光栄な。丁度、喉も乾いておりました。
お言葉に甘えさせていただきます。」
侍従が椅子を引き、メイドがお茶を用意して下がります。
お茶を飲み、お勧めしたお菓子を召し上がったシモン様が口を開かれます。
「フェルディナン殿下とご一緒されていたとのことですが、筆談はされていないのですか?」
「ええ、わたくしとお母様はお兄様の言葉が聞き取れますの。」
「そうなのですか?」
シモン様が驚いていらっしゃる。珍しい表情を見られて幸せですわ。
「音楽の素養の違いらしいです。
わたくしは、お兄様の歌う鳥のような言葉が、とても好きですわ。」
「なるほど。歌う鳥の言葉。素敵な表現です。」
相変わらずシモン様は誉め上手ですのね。照れてしまいます。
「実は、辺境の森にいる、ある種族が交流を求めています。
しかし、長く他との接触を断っていたせいで、言葉を交わすのが難しいのです。
話すのを聞いていると、歌う鳥の言葉のような感じです。」
「まあ、鳥と繋がりの深い方たちですのね。」
「そうかもしれませんね。
踊るように、木から木へ飛び移るほどに身軽で。」
「鳥のように飛ぶ人々、ですか。」
想像してみましょう。
きっと動きやすく、身軽な服装ですわ。
お誕生会で見た、軽業師みたいな?
王宮で着るようなドレスでは、無理そうね。
くすりと笑いが漏れてしまいました。
「…ごめんなさい。想像に浸ってしまいましたわ。
お客様を放っておくなんて…」
「いえ、そんなお可愛らしい笑顔を拝見できるなど幸福の極みです。」
ずるいですわ、そんな柔らかな微笑み。
「外の世界には、知らないことがたくさんありますのね。」
シモン様は外交の仕事もなさいます。
たまにお会いする機会があれば、こうしてお話を聞かせてくださいます。
「お父様に、国外のことを教えてくださる先生をお願いしようかしら。」
「興味のあることを勉強するのは楽しいものです。」
「はい。」
シモン様のことを教えてくださる先生がいらっしゃればいいのに。
「ウィステリア様、先ほどのお話ですが、フェルディナン殿下の音楽の先生は、やはり、鳥の言葉を理解されていましたか?」
「ええ。わたくしも同じ先生に教えていただいていますが、授業の様子を見に来てくださったお兄様と、そのまま、お話しされていました。」
「なるほど、ありがとうございました。」
シモン様とゆっくりお茶が出来たことが幸せ過ぎて、その日は眠るまで、ずっとニコニコしていたようです。
「ご機嫌だね」「ご機嫌ですね」と会う人ごとに声をかけられてしまいました。
淑女としては、ちょっと恥ずかしかったかもしれません。