表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/15

デートin夜景の見えるレストラン

「明日の夜、市内のホテルでディナーの予約してあるから、そのつもりでいてね~」

 突然、彼女にそう言われて、わたしはカレンダーを見た。何かの記念日だっただろうか?

「……まさか、自分の誕生日、忘れてる?」

 驚愕の表情を浮かべる彼方。カレンダーを眺めたまま、わたしはギクリと固まった。


 完っ全に、忘れていた。


 少し大人っぽい服装に身を包み、車椅子を押してエレベーターに乗る。

 一面がガラス張りで、街の景色が良く見えた。扉が閉じ、箱が動き出す。頭上にあった街灯がみるみる眼下に移動し、更にぐんぐん遠ざかる。このビルには何度か来た事があったが、それもデパートの入っている三階まで。こんなに高い場所へ上ったのは初めてだ。

 緊張するわたしの横腹を、彼方がこちょこちょとくすぐってきた。

「顔が硬いぞー、本日の主役。大丈夫だって、ただ高い所にあるだけで、そんなに高級店じゃないし~」

 笑ってそう言うが、彼方とわたしの金銭感覚には多少のズレがある。多分、恐らく、わたしの人生の中では一番の高級店だ。

 とはいえ、少し緊張は和らいだ。チン、という音と共に、エレベーターの扉が開く。雰囲気のある薄暗い廊下の先、聞いていた店名の入り口をくぐる。

 彼方が受付をしているちょっとの間、店内を見渡してみた。ロウソクの様な温かい色調の間接照明で照らされた座席には、裕福そうな妙齢の夫婦連れや、上品な仕草の男女が座っている。ファミレスでよく見る走り回る子供の影はどこにも無い。

 ウェイターさんが出てきて、わたし達を座席へと案内する。窓際の丸テーブル、予約席と書かれた札を回収し、メニューを置いて「ごゆっくり」と一礼した。

 本当に、めちゃくちゃ高級店じゃん。

「好きなの頼んでー、デザート分だけ空けといてね」

 恐る恐るメニューをめくる。千円以下の品が見当たらないどころか、一皿三千円越えの料理もある。めちゃくちゃ高級店じゃん。

 完全にビビり、千円台のローストチキンのみを伝えると、彼方は慣れた手つきで店員を呼び、更にサラダとスープとドリンクも注文した。

「水だけでいいじゃん、ドリンクまで要らないじゃん……」

「まぁまぁ、うちのおすすめだから、是非とも飲んでいただいて」

「上流階級め……」

「ところでお嬢さん、右手をご覧くださいな。当店ご自慢の夜景となっておりまーす」

 彼女の右手、わたしの左手を、示されるままに振り向く。


 上空から見下ろす星空があった。色とりどりのLEDが、暗闇の中に小さく煌めいている。車のライトさえも流れ星の様だ。


「君の為に用意した宝石箱だよ」

 多分ドヤ顔で、彼方がよく分からない事を言っているが、頭に入ってこなかった。


 この街って、こんなに綺麗だったんだ。道端に落ちているゴミも、有象無象の人混みも、嫌なものは全部闇に包まれて。今は、わたしが見たい物しか見えない、見せてくれない。

 ガラスに反射したわたしと彼方の姿が、まるでたくさんの宝石を身にまとった様で。


 見た事の無い世界に、しばし呆然としていると、料理が運ばれてきた。

 大きな皿に余白を大きくとって、ちょん、と盛られたおしゃれな品々だったが、不思議と物足りない感覚はなかった。胸がいっぱいだったのだ。


 料理を食べ終えると、店内の照明が少し暗くなった。ハッピーバースデートゥユーの聞きなれたメロディがピアノで流れ、ロウソクに火が灯ったケーキがこちらへ運ばれてくる。

 「お誕生日、おめでとうごさいます」とウェイターさんが言うと、周囲からまばらな拍手の音。わたしが火を吹き消すと、店内の照明が元に戻る。

 小さなホールケーキが切り分けられ、わたしと彼方の前にショートサイズで並ぶ。表面は純白だったが、断面にはベリー系と思われる朱いソースが見える。

「ケーキと一緒にドリンクも、どぞどぞ」

 言われて、今まで口を付けていなかった事に気付き。ソースと似た色をした液体を一口煽った。

「えっ、ワイン?」

「ふっふーん、サングリアと言いましてぇ、アルコールを飛ばしたワインなのです! 雰囲気にピッタリでしょ~」

 悪戯が成功した子供の様に笑う。うーん、今日は徹底している。完全にエスコートされている。

「それでね、はいこれ、うちからの誕生日プレゼントです」

 そっと、目の前に可愛らしいレース模様の洋封筒が差し出された。黄色いリボンのシールで封がされている。

 彼方は、開けてほしい様な、開けてほしくない様な、何とも微妙な表情でそわそわしている。

「ありがとう、帰ったら開けるね」

「えぇ!?」

「……冗談。今開けていい?」

「うぅ、よくないかも……」

 やっぱりどっちか分からない。いいや、開けちゃおう。

 封筒とお揃いの、周囲にレース柄が施された便箋が出てきた。


とりへ、18歳の誕生日おめでとう。

 小とりと出会って6年になったね。一緒にすごした日々は、毎日がハッピーで、ハッピーバースデーでした。


 前に、どうしてわたしのこと好きになったの? と聞かれたことがありましたね。恥ずかしいけど、今日はその答えを教えたいと思います。

 中一の時、クラスは別々だったけど、体育の時間で小とりを見つけました。いつもすみっこに1人でいて、近寄りがたいふんいきを放っているのに、どこかさみしそうに皆を見ている、そんな姿が印象的でした。先生に2人1組になるように言われた時、あなたに声をかけよう、と決めました。あなたはおどろいて、ぎこちなくて、とても壁を感じました。でも、毎回声をかけるうちに、ちょっとずつ笑うようになってきましたね。それが楽しみで、体育の授業以外でも話しかけるようになりました。

 話をしてみて、小とりはとっても優しい子なのだとわかりました。相手を傷つけるのが怖くて話しかけられない、うそを吐くのも下手で、いつも正直に、ひねくれていました。それは、うちには無い考えで、小とりとのお話はいつも、とても楽しいものでした。

 二年になって、同じクラスになって、家に遊びに行ったり、一緒に登校下校するようになりましたね。最初にあった壁はすっかり無くなって、あなたの言葉にはとってもえんりょがなくなりました。そして、雑でぐうたらなところも見えてきました。

 一緒にお菓子作りをした日、ハンドミキサーの使い方を失敗して、キッチンを生クリームまみれにしたあなたを見て、こう思いました。


 この子は、うちが一生面倒みてあげなきゃって。


 今、うちとあなたの役割は、逆になってしまいましたね。下手なのに頑張って介護してくれる姿に、毎日キュンキュンしています。

 うちと出会ってくれてありがとう。恋人になってくれてありがとう。

 世界中で一番、小とりを愛しています。彼方より』


 やっぱり、家で読むべきだった。

 彼女には見せられないと、顔を逸らす。街の灯りはぼやけて、乱反射して、あまりにも眩しかった。

 ハンカチで無理やり拭って、鼻をすすって、笑顔で正面に戻る。オロオロしていた彼方に、「嬉し泣きだから」と言い訳して。

 ケーキは多分、三割増しで美味しかった。


 来年も、またこうして、誕生日を迎えられたら。その前に、彼方の誕生日を、お祝い出来たら。

「うちの誕生日はチョコレートケーキがいいなぁ、今から予約ね」

「はいはい、気が早いなぁ」

 また一つ、未来への約束を結んで。

 ちょっと大人な夜は、静かに更けて行った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ