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デートin花畑

「映えたい、コトとめっちゃ映え写真撮りたい」

 目を輝かせ、テレビを指差す彼女。画面では、地元情報番組が先日から開催されている「ラベンダー祭り」の紹介をしている。リポーターの背後には、一面の紫の花畑が広がっていた。

 『スマホで出来る映える写真の撮り方』、『イチオシグルメ、ラベンダーソフト』、等の見出しが次々と表示されるのに合わせ、「見てあれ、超綺麗じゃん、行こうよ~、行こうよ~」と引っ切り無しに彼方が催促する。場所を確認するまで返事を保留する気だったのだが、あまりにもうるさい。

 仕方なくスマホで検索すると、ここから最寄り駅までバスで一時間程度、そこから有料シャトルバスが出ていて、車椅子OK。ラベンダー畑の入場料は無料。ふむ。

「アクセスは問題なさそうだし、行ってもいいけど」

「よーし、じゃあ明日行こう! うちがエスコートしますよ~」

 分かりやすく嬉しそうに口元を緩めながら、テレビの情報を逃すまいと凝視する彼方。

 行ける、けど。体力的に一日持たないんじゃないかな、という言葉を、わたしは飲み込んだ。


 白か、紺か……。黄色も良いかもしれない……。

 鏡の前で、クローゼットの中身をとっかえひっかえしながら体に当てる。ラベンダー畑ならどの服が似合うだろうか、これでは浮かないだろうかと熟考して、二十分になる。

 彼方に聞いたら、多分「白」と言うだろう。彼女の好きな色で、持っている服のほとんどがその色で、今日も既に着ている、テーマカラーだ。

 デートなんだからペアルックみたいにするべきか、気を使って合わせたみたいに思われない様違う服でいくべきか。分からない。何回やっても分からない。

「コトー、まーだー?」

 リビングから聞こえた声に、もうちょっと、と返し。結局最後に手に取ったのは、白のワンピースだった。

 白のつば広帽子を被り、黄色のバッグを持って、彼方の元へ向かう。

「うん、今日も可愛いね、うちのお姫様」

 お揃いの帽子を被った彼女が、優しく笑ってそう言った。


 農作物の畑が並ぶ中心に、紫はあった。田んぼ八反分らしい敷地に、ずらりと並ぶ見頃のラベンダー。降り立った瞬間に、ふわりと香りが飛び込んでくる。

 ううん、違う。わたし達が香りの中に飛び込んだんだ。

「暑いねぇ、こんな日はまずソフトクリームに突撃だ!」

 天気予報は無事に当たり、今日の空は梅雨中の曇り。晴天といかなかったのは残念だが、多少涼しい事を期待していた。が、湿度も熱気も、やっぱりすっかり夏である。

「花より団子ってやつ?」

「花の入った団子だからこれも花見ですよ~」

 入り口近くの出店ブースで、ラベンダーソフトを注文、するのは一本だけにして、ちゃっかりわたしは抹茶バニラミックスを頼む。

「何で~! 抹茶なんてどこでも食べれるじゃん! ラベンダーでしょ!」

「だって安全なもの食べたいじゃん……」

「味見して後悔するなよ~」

 薄紫のソフトクリームは想像通り香料がきつく、わたしは一口舐めてそっと抹茶に逃げた。残ったソフトは彼方が責任をもって平らげた。

「鼻に抜ける~、花の香りが鼻に抜ける~」

「味はほぼバニラだったけどね」

「うん、美味しかった~」

 花の間を、車椅子を押して歩く。そのうち、彼方の鼻歌が聞こえてきて……これはなんのCMソングだったかな。

「写真って、また知らない人に頼むの?」

「ふふーん、今回は秘密兵器を用意したのです。

 じゃーん、三脚と遠隔スイッチー!」

 彼女のバッグから、スマホ用の三脚と、シャッターリモコンが現れた。

「で、うちここで待ってるから、うちとコトが真ん中に映る位置でセッティングお願いね」

「やっぱり自分で使えない物買ったんだね」

「びるえとーとーとかいうので繋がるから~」

「Bluetoothね」

 三脚の設置も難しいし、完全にわたし頼みのセットである。だが、他者の介入なくツーショット写真が撮れるのは喜ばしい。

 一つ、二つ、畝を越えて。スマホを構えて、彼方の映りを確認する。端っこに他の客が映り込んでいるが、直ぐにいなくなりそうだ。平日は人が少なくて良い。

 彼方の元へ駆け戻って、背後の景色を確認して。屈んで、顔を近づけて、「撮るよ」と声を掛けて、笑う。

 一回目のシャッター。ちゃんと撮れているかどうか、また向こうまで行って確認しなければならない手間に気付く。……うん、確認はしておいた方がいい。

 畝を越えて、スマホを覗いて、彼方が目をつむっている残念な写真が撮れていたので、戻ってもう一度シャッターを構える。

「もっと自然な笑顔で撮りたくない?」

「そんなの言われたって出来るもんじゃないじゃん」

「スイッチを寄こすのです」

 シャッター権が彼方へ移動した。さて、どんな号令をかける気か。多少身構えて、硬くなる。

「中二の秋、パピルス」

「ぶっ」

「金色の野に降り立つ才原」

「ふっ、ぐふっ」

「先生、真北が牛乳吹いて倒れました!」

「あっはは、やめ、も、やめて!」

 中学時代の爆笑事件キーワードを次々と繰り出す強烈な攻撃に、お腹が引きつってカメラ目線どころではない状態にされた。彼方の方も涙を浮かべて笑いを堪えている。両者共に大ダメージだ。

「ひぃ、うん、良いのが撮れたんじゃないかと、カメラマン的には思いますぞ」

「そうかなぁ?」

 スマホを回収すると、十数枚も撮影されていて。ほとんどが顔がちゃんと映っていない失敗写真だったが、三枚、綺麗に撮れていたものがあった。


 二人共、本当に幸せそうな、いっぱいの笑顔で映っている。


「このカメラマンさん、以外と腕が良いですねぇ」

「以外は余計かなー、うちはコトを撮る事にかけてはプロぞ」

 ふふん、と胸を張る彼方。そうですねー、と軽く流したが。


 確かに、彼女のスマホの画像フォルダには、わたしの写真がいっぱいあって。何時盗撮したんだってものから、わたしってこんな顔するんだって気付かされる様なものまで。

 あぁ、こんなにわたしの事見てくれてるんだ。こっちが一方的に重い訳じゃないんだって、安心する。


 帰りのバスで。疲れたのだろう、彼方は器用に座ったまま寝息を立てていた。

 やっぱり、段々遠出は難しくなっている。彼女にだって自覚はあるだろう。

 無理はさせたくないけれど、本人がしたい事を止める事も出来ない。


 ただ、静かに、何事もなく。穏やかな時間が過ぎて行けば、良いのだけれど。

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