暗闇の中で
「きゃっ」
「ひゃぁ!?」
ドン、バリバリバリ……と地響きする様な音がして、プツリ、と電気が消えた。
「……落ちたかな」
「あああ慌てなくても大丈夫うちの『ギフト』で光らせれば――って、もう使えないんだったぁ」
「そんなしょぼい力の使い方してたの……」
手探りで収納を開け、懐中電灯を探す。
今日は夕方から雷が鳴っていた。雨の量は大した事がないから、直ぐに止むだろうと思っていたのだが、日が落ちてからのこれである。幸いな事にお風呂は沸いているし、ご飯もガスコンロなので問題ない。見たかったテレビが見れなくなって、彼方が文句を言うだけだ。
マジックペンを避け、ハサミを避け、ロウソク、は使うかもしれないから取り出し、ようやく懐中電灯に辿り着く。スイッチを入れると、強烈なLEDライトが視界を取り戻してくれた。
「ビニール袋被せよう、めっちゃ明るくなるらしいよ」
言われるがまま、台所に行ってポリ袋を取り出す。リビングに戻って、持っている物を彼方に渡すと、テーブル中央に簡易ランタンが完成した。
「じゃ、冷める前にお風呂入っておいで。わたしはこれからご飯作るから」
「待って。冷静過ぎない? もっとキャー暗くてこわーい、みたいなリアクションがあってもいいはず」
「別に暗いの平気だし。彼方こそ、テンパってたけどそんな可愛いリアクションじゃなかったでしょ」
「非常時に的確に対応できるとかっこいいじゃん」
時々、彼女がどこを目指しているのか分からない。そしてこの場合、わたしの方がかっこよくなってしまっているのではないか。
「あ、ドライヤーとかパソコンのコンセントは復旧前に刺しっぱなしにしないでね」
「停電王子……」
「なんじゃそりゃ」
エプロンを取って、二本目の懐中電灯を出して、台所へ向かう。お米が炊けていないので、今日は生米からおかゆを作る。卵がゆと、野菜スープでいいかな。
鍋を二つ取り出して、水を入れた。
お風呂も食事も終わって、何時もならゆっくりテレビを見る時間。まだ電気は復旧していなくて、スマホのバッテリーは貴重だから動画禁止、静かなリビングだ。
強まった雨の音が、いつにない音量で聞こえる。
暗闇が、全く怖くない訳ではない。暗い方が落ち着くタイプではあるけれど、一人だったら違っただろう。
隣に温もりがあるから、平静でいられる。
「ねぇ、この家って、おばけとか出ない? 大丈夫?」
「……お祖母ちゃんが子供の頃の話なんだけどね」
「なんか始まったぁ!」
「お盆に親戚一同が家に集まるんだけど、その時いつも一緒に遊ぶ同じくらいの年の子が三人いて、毎年会うのを楽しみにしてたの。でも大きくなって、親戚の集まりも悪くなって、あるお盆の時、母親に『また四人で遊びたいな』って言ったらね。
『何言ってるの、親戚の子供は貴方入れて三人だったでしょ?』」
「ぴぃやあぁ~、出るんじゃん! この家出るんじゃん!」
「ここに越してくる前の家の話ね」
「違う家か~!」
二人して、顔を見合わせてげらげら笑う。
笑い声が収まって、また雨の音が強くなる。
「まだ、電気、直んないね」
テーブルに上体をぐでぇと預け、手持ち無沙汰にぐーぱーを繰り返す彼方。
何となく、わたしは立ち上がり、椅子を向かいから隣り合わせに移動した。
肩をぴとりと寄せ、手を彼女の太腿に乗せる。
上から、温かい手が覆いかぶさって、やがて恋人繋ぎに握り締めた。
「ずっと、こうやって雨宿りしてたねぇ」
「あったね、そんな事」
放課後。土砂降りの中、二人して傘を忘れた日。止んだら帰ろう、と言って、二人きりの教室で時間を潰して。結局暗くなるまで止まなくて、先生に車で送られた。
不規則な雨の音も、季節に合わない涼しさも、人を心細くさせるには十分で。
触れている温もりが、海に立つ灯台の様な、灯火だった。
チカチカッ、と一瞬点滅して、灯りが戻る。窓の外にも隣家や街灯の光が見えて、全面的に復旧した様だ。
「むー、良い雰囲気だったのに~」
「おばけ出ない~? とか言ってたくせに」
「さっきはさっき、今は今!」
リモコンを手繰り寄せ、テレビを付ける。反対の手は、握ったままで。
部屋に賑やかな音が戻って、激しい雨音が紛れる。ちょっとだけあった不安は、消えたけれど。
今は時間の許す限り、こうして寄り添っていたい、そんな気分だった。