表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/15

遠くへ行きたい

 リビングでパソコンを難しい顔で眺めていた彼女が、突然ぱあっと笑顔になり、わたしを手招きした。

 近寄って画面を覗くと、そこに映っていたのは、車椅子。


 歩けない程ではないものの、彼方は常に松葉杖かわたしの肩を支えに移動している。家の中では一階のみで生活出来るからさほど問題にはならないが、昨日、買い物に付いていきたいと駄々をこねた。

 行きつけのスーパーまでは、長い坂がある。車通りの多い道を渡る必要もある。

 何とか介護して連れて行ったが、普段の三倍の時間がかかって、晩ご飯が遅くなってしまったので「次は無い」と言い渡したところだった。


「この自走介助兼用っていうのだとね、押してもらう時のハンドルにブレーキが付いてるんだって。で、このチェック柄のシート、可愛くない? いや~、今の車椅子って結構カラーバリエーションあっておしゃれになってるんだねぇ~」

 白黒チェックの車椅子の紹介ページをスクロールし、こんな機能もこんな機能も、とテレビショッピングの販売員が如く説明する彼方。わたしはほとんどを流し見ながら、一点、しっかりと確認する。

 十万円近くするのかぁ……。

「何でそんなに出かけたい訳? 別に、その……わたしと一緒に居られれば、十分じゃないの?」

「デートしたいじゃん、デート! 行きたいところあるし、このままじゃ難しいでしょ?」

「……家デート」

「毎日やってるじゃん! もっと違う雰囲気でドキドキしようよぉ」

 彼方が欲しいと言うのならば、元よりわたしに否定する気はない。出来る限りの事は叶えてあげたいし、どうせ……支払いは自分でする気だろう。


 彼方が幾ら蓄えているのか、わたしは知らない。『天仕てんし』の活動には僅かだが報奨金が出る。また、助けた地域の会社の社長から、個人的にお礼金を貰った、なんてニュースを見た事がある。『最強の天仕』だった彼女の貯金がどれくらいのものなのか、想像がつかないし、探ろうとも思わない。……がめつい女だと思われたくないから。

 それに、彼女の資産の中には、両親の遺産も含まれている訳で。そこに触れるのは、個人的なタブーだ。

 両親を亡くした時の彼女の悲痛な横顔は、二度と見たくないから。


「ねぇ、買っていい? いいかなぁ?」

 親にお菓子をねだる子供の様な無邪気な笑顔。自分で買うのだろうにわたしの同意を求めるのは、恋人として隠し事は無しという心積もりだろうと思う。まぁ、相談されたからにはこちらも真面目に検討するべきか。幾つかシミュレーションしてみよう。

 外出時に使うだけならば、玄関から室内へのスロープがない事は問題にはならない。幸い、自宅敷地外まではコンクリート舗装の緩やかな坂。何の工事も必要なさそうだ。明日から使える、となっても大丈夫。

「うん、買ったら? デート、どこ行くか楽しみにしてる」

「やったぁ! それじゃぁポチっと。三日くらいで着くって~」

 カチャカチャと人差し指だけでキーを押し、購入に必要な情報入力を始める彼方。わたしならもっと早く打てるのになぁと思うが、個人情報の盗み見はしたくないのでそっとその場を離れる。

「コトー! ここの住所って何だっけ~!」

 直ぐに呼び戻されたので、お茶と住所の分かる郵送物を持ってリビングへ戻った。

「うっかり前の住所に送っちゃうとこだったよ~。危ない危ない」

「同棲中だって意識もっと持ってください」

「はーい、うちは今コトのお家に一緒に住んでまーす」

「そうです、一緒に住んでます」

「えへへ~」

 目尻が垂れに垂れ下がって、溶けたみたいな笑顔。多分、わたしも同じ様な顔をしている。


 夢だった。こんな日々が。二人の、夢だった。

 ずっと続けば、どんなに良いだろう。

 夢の中で、夢だけを見続けていられたら。


 車椅子が届いたら。彼女がデートに連れて行ってくれて。新しい夢を見せてくれて。

 その度に、現実は否応なく進んでいく。


 わたしは、いつか受け入れる事が、出来るだろうか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ