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ギルド本部長がぐうたらな件について

「しかし、いつ来ても綺麗だな、ここは」

「ありがとうございます。でも、依然伺った時のジルさんのお家も綺麗でしたよ?」

「そりゃ、女性が来るとなれば多少片付けるよ。いつもはあんなに綺麗じゃない」

「立派な心がけじゃないですか」

「惚れたか?」

「ええ、それはもう」

冗談を叩きあいながら、本部長室へと向かう。

ギルド本部は四階建てである。周りの建物が全て一階か二階建ての平屋なので、一つだけ飛びぬけて大きい。

内装としては、一階が広場兼酒場、二階が任務依頼の受付、三階が事務局、最上階には幹部会議室や本部長室などがある。

エスカレーターやエレベーター、階段すらない。そのかわり、設置型の転移魔法が仕掛けられており、上り下りは至極簡単である。

設置型魔法とは、地面や壁に魔法陣を仕込んでおく魔法である。この場合、床にそれぞれの階に繋がっている魔法陣があり、その上に乗ることで移動できるわけだ。

もう少し詳しく設置型魔法について説明するとすれば、長所は「術者が魔法を解除しない限り、半永久的に効果が続く」ことで、逆に短所は「魔法陣が複雑で、発動までに長い時間を要する上、一度の消費魔力が大きい」ということ。

つまり、実戦で役に立つことはほぼない。大規模な戦闘において、あらかじめ罠として用意しておくならまだしも、敵と向かい合っている状況下で使えるものでは決してない。

ちなみに魔法の解除は術者の死亡によっても起こるので、やはり戦闘で使うにはリスクが大きく、よほどの手練れでもない限り術者が集中砲火されて一瞬で解除されてしまう。

このような理由で、専ら移動手段や物の運搬、または貴重品の隠蔽などに使われている。

閑話休題。

しかし、四階だけは特別で、特定の人物と一緒でないとは入れないように制限がかけられている。本部長ラグナの専属秘書であるルーティも勿論その特定の一人だ。

「じゃあ、ここで少し待っててもらえますか?」

【本部長室】と刻まれた銀色のプレートがあるドアの前でジルにそういうと、ルーティはノックもせずに部屋の中へ入って行った。

しばらくすると、

「………本部長。...本部長!起きてください!本部長ってば!」

「...んん、あと五分……」

「陛下とお約束があるのでしょう!?」

「………...グゥ...」

この調子では起きそうもない。

ジルは軽くため息をついて、部屋の中に入って行った。

見ると、部屋の最奥、窓際にハンモックがあり、その中に人影があった。言わずもがな、本部長のラグナだ。ルーティに思いっきり揺さぶられているのに、起きる気配すらない。

「ルル、ちょっとどいてくれ」

「……すみません、お願いします」

ルーティに目をつぶって反対を向くように指示してから、ジルはラグナの寝顔を眺めた。ジルの数少ない友人の一人である彼の激務を知っているので、その睡眠を邪魔するのが申し訳ないのだ。

だが、このまま寝かせておくといつ起きるか定かではないのだ。殊に〈食事会〉には絶対に参加しなければならない人物なので、今日は起こすしかない。

心の中で手を合わせながら、ラグナの目の前に手をかざす。

掌に魔法陣が浮かんだかと思うと、一秒も経たないうちに眩い閃光が放たれた。

使ったのは初歩的な魔法だが、そもそも光系統の魔法を使用できる者が少ないため、たいていの人間はこの手の刺激に不慣れなのだ。

かなり手加減した今の魔法でも、人一人を叩き起こすには十分すぎるほど十分である。

「ぐあああああ目があああああああッッ!?」

突然の閃光に叩き起こされ、目を抑えながらハンモックから落ちるラグナ。

そのまましばらく喚きながら床を転がり回っていたが、目が慣れたのかむくりと起き上がると、

「起こしてくれたことは感謝してる。してるけど……もうちょっと優しく起こしてくれない、ジル?」

「揺さぶるだけで起きるならわざわざ来てねえよ」

「意外と起きるかもしれないじゃん!」

「ルルが揺さぶっても起きなかったぞ」

「………え?」

その言葉にビクリとしながら、後ろを恐る恐る振り返るラグナ。元がハンサムなだけに恐怖に引き攣っている顔が凄まじい。

が、こちらも美人なルーティが羅刹のごとき表情でラグナを睨んでいるのである。後ろに獄炎が燃え盛っているようなオーラが見えて、無関係なはずのジルでさえ少々顔が引き攣っている。

「……本部長」

羅刹が口を開いた。

「はい」

「今日、陛下とのお約束があるというのは本当ですか?」

「……はい」

「何時からか分かってますか?」

「……存じ上げません」

「で、今何してたんですか?」

「寝てました」

「お仕事は終わったんですか?」

「いえ、まだです」

「………へぇ」

ルーティの隙を見ては、ジルのほうへ助けを求めるように視線を投げてくるラグナ。しばらく無視していたジルだったが、いよいよルーティの声が恐ろしくなってきたので、

「まあ、ルル、その辺でいいだろ」

と、口をはさんだ。

「こいつの激務はルルが一番知ってるだろう?それに早くしなきゃそれこそ遅れる」

いつの間にか正座しているラグナの背中を軽く蹴り、「今のうちに着替えてこい」と目線で伝えると、弾かれたように立ち上がり、部屋のクローゼットに駆け込んでいった。よほど怖かったらしい。

それを見送ってから、既に羅刹から素に戻ったルーティのほうに振り返ると、

「本部長職だけじゃない、あれで一応この国の軍幹部なんだ。多少は見逃してやってもいいんじゃないか?」

「でも本部長、昨日仕事サボって宴会してたんですよ?」

ラグナのフォローをしたつもりだったが、余計な一言を引き出してしまったらしい。

それでも頬を膨らませているルーティをなだめていると、スーツに着替えたラグナがネクタイを片手にクローゼットから出てきた。

「ごめん、待たせた」

「お、着替えた?」

「ジルも早く着替えて来いよ、クローゼット貸すから」

ジルのスーツはいまだにカバンの中にある。

「じゃあお言葉に甘えて」

三十畳以上ありそうな本部長室の一角を仕切って作られている「部屋」がここのクローゼットだ。

入ってみれば中も凄い。

片面にはジルにはとても手が出せないような高級服がずらりと並んでおり、また片面には、少しずつデザインが違うスーツがこれまた二十着ほどある。

上に視線を向ければ、棚には様々な靴が揃っており、本部長兼国家幹部の名に恥じない内容だった。

そして最後の一面に鏡が貼ってあり、全身を確認できるようになっていた。

手早く着替え、着ていた私腹をカバンに詰め込み、クローゼットの隅のほうに押し寄せておく。しばらくの間、ここに置かせてもらおうというわけだ。

ネクタイとベルトもしっかり締めて、クローゼットから出る。

流石に怒りも和らいだ様子で、ルーティがラグナの身だしなみをチェックしていた。

「別にそんなにぴっしりしなくても……」

「ダメですよ、本部長。いくら仲が宜しくても陛下とのお約束なんですから、ちゃんとしなきゃ……あ、ほらネクタイが曲がってますよ」

上司と部下よりかは新婚夫婦か親子だな、と思いながら、二人に声をかけた。

「ラグナ、もういけるぞ」

「はやいな」

「荷物置かせてもらってる」

「分かった」

「助かる」

「ルルに家に届けさせようか?」

「いや、自分で取りに来るよ。ルルがかわいそうだ」

視界の端でルーティが頭を下げたのが見えた。

「じゃあ、行ってくる。悪いけど今日の仕事の後処理任せられるか?」

「はぁ......仕方ありません、やっておきます」

「悪いな、代わりに今月の給料割増しにしとく」

秘書に仕事を丸投げしておいて、ラグナはジルに向き直った。

「じゃ、行こうか」

「ああ。ルル、無理しないようにな」

「ありがとうございます。ジルさんもお気をつけて」

ルーティに頭を下げられ、ラグナに促されながら、ジルはギルド本部から王宮へと向かった。

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