開幕
王宮から使いが来た。
「今夜〈食事会〉がございますので、国王陛下にはおかれましてはジル殿もどうか、とのお言葉でございます」
羊皮紙を一枚差し出しながらいう使いの青年。
どうか、という誘いの言葉は無論表面上のものであって、国王からの招待となれば断ることなどできない。
「分かった。必ず伺うよ」
ジルとしてはそう答えるしかない。
十六歳でジルが現代日本から転生して、はや四年。漫画やラノベからは想像もできないほど過酷なこの世界を生き延びられているのは、疑う余地もなく、件の国王の保護故である。
どこともわからない地で瀕死だったジルを助けてくれたのが、この国、フラーミア魔王国の王であるニクス=フラーミアだった。
言葉すら通じない、得体のしれない男に魔力操作で話しかけてくれ、この世界での生き方を示してくれた、恩人でもあり友人でもあるのだ。
そんな人物からの招待なのだから、否やはないはずなのだ。
だが、
「……嫌だなぁ」
使いが去ってからジルはそうつぶやいた。
渋々だが洋服棚から正装のスーツ一式を取り出し、カバンに綺麗に畳んで入れる。
他の要件ならば、前にも言った通り、喜んで向かっただろうが、この〈食事会〉だけは別である。が、招待が来た以上、仕方がない。
今、正午を少し過ぎたころだから夜までにはまだ時間がある。
家で時間を潰してから行こうかとも思ったが、ふと思いついて、カバンを片手にそのまま家を出た。
季節としては春で、まだ冬の名残もありそうなものだが、太陽は無関係に燦々と街を焦がしている。
気候も環境も地球と酷似しているこの世界は、街の風景も地球と似ている。ちょうど中世ヨーロッパのような世界観である。
冒険者としてそれなりに稼いでいるジルは自宅もそれ相応の大きさを誇っている。一等地は貴族階級や王宮関係者しか入居できないが、その一つ下のランクの土地に宅を構えている。
ジルが住まう清閑な二等地エリアを抜け、大通りに出ると、途端に、わっと人の気配が押し寄せてきて、賑やかになった。豪快な笑い声が絶えずどこからか聞こえてくる。
雑多な出店や路上売りで溢れかえっている街には、二つの大きな建物がある。一方は言わずと知れた王宮だが、今からジルが向かう先はそこではない。
「おっちゃん、いつもの一本くれ」
「毎度、120カロね!」
「ぴったりないな...すまん、これで頼む」
「あいよ、80カロお返しだ」
「ありがとう」
「今後ともご贔屓に!」
大通りに店を構える馴染みの屋台で鶏の焼き串を一本買い、それを頬張りながらのんびりと歩いて行く。
歓声を上げながら走り抜ける子どもを微笑ましい気持ちで見ながら、大通りを抜けると、目の前に一際目立つ建物が出現した。
その建物のガラス張りのドアに近づくと、押したわけでもないのにスッと開いた。自動ドアだ。
魔力が基本的な法則基準であるこの世界では、このように現代的なテクノロジーに似たところもある。
「こんにちは、どのような用件でございましょう?」
ぴしっとスーツを着こなした受付の女性が声をかけてきた。
「ラ……あーいや、ルーティに取り次いでもらいたい」
「お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「ジルで通じると思う」
「ジル様ですね、あちらのソファーでお待ちください」
言われた通りに隅にあるソファーに腰掛け、何気なしに建物内を見渡す。
ここはフラーミア魔王国ギルド本部、つまりこの国の冒険者ギルドである。受付であるだけでなく、交流の場でもある広場——夜間には酒場——には多くの冒険者がたむろしており、そこかしこで仕事の話がなされている。
急な徴兵などの国家任務でもない限り、冒険者の収入は完全な出来高制である。仕事をこなせばこなすほど、また、仕事の難易度が上がれば上がるほど稼げる額も大きくなっていくので、思っていた以上に冒険者間の貧富差が激しいということは、この四年間で学んだ。
仕事をより早くこなすには実力、そして人数が必要最低条件だ。そんなわけで、ギルド本部一階のこの広場では、仕事仲間を探している冒険者で常に溢れている。
なんとなしに近くの集団に耳を傾けていると、奥からパタパタという足音が聞こえてきた。
「ジルさん、お待たせしました!」
そういって駆け寄ってきたのは、一人の女性、先ほど取り次いでもらったルーティである。
「よう、ルル。悪いな、忙しいだろうに」
「いえいえ、また本部長絡みでしょう?」
「ははは、流石にお見通しか」
「だってジルさんがわざわざ私を呼び出すのなんてそれくらいしかないじゃないですか」
「まぁ、話が分かってるなら助かる。どうせまた寝てるんだろ?起こしに来たんだ」
「あれ、今日ってなにかご予定が?」
「ニクスからメシに誘われててね」
「えっ、陛下とですか?」
「うん、絶対ラグナも呼ばれてると思ってな......あいつまた寝てるだろ?」
「……ええ」
「はは、そう思ったから、わざわざルルを呼んだんだ。あいつが寝てると面会全部拒否するからなぁ」
「……行きましょうか」
上司の醜態が恥ずかしいのか、ほんのり頬を染めながら、ルーティはジルを本部内へと先導した。