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人竜千季  作者: 秋谷イル
第三部(後編)

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九章・開眼(1)

 夜が更けた。このままでは本当に「王太女殿下、今夜は別のお部屋をご用意します」と言う羽目になる。それは面倒だ。きっと怒るだろう。だから月華(げっか)は嘆息する。

 いっそ彼を別の部屋へ移動させるか? いや、根本的な解決にならない。あの王太女は「うちの旦那はどこよ?」と実力行使も辞さない構えを見せるだろう。まったく、子供のくせに色気づいて。自分が同じ年頃だった時には、恋なんてしたこと無かった。

(まあ、気持ちはわかる)

 夫と出会い、恋心を自覚して以降はやはり舞い上がっていたと思う。遠い昔の思い出を心の宝石箱から取り出し、慈しみながら時を待つ。傍らのベッドには相変わらず目覚める気配が無いアサヒの姿。見た目には全く変化無いが、脳内では彼女の術で悪夢を見せられ数百回に及ぶループを繰り返した後だ。

 精神的に、そろそろ限界が近いかもしれない。

「あら……」

 最悪の予想を裏付けるように、アサヒの肉体が少しずつ末端から崩れ始めた。精神崩壊が始まったらしい。

(壊れたわね)

 冷静にその事実を受け止める彼女。アサヒはかつての英雄・伊東(いとう) (あさひ)を魔素が再現しただけの存在。だから心が壊れてしまえば、肉体にも如実に影響が出る。

「しかたない……」

 このままでは爆弾としても使い物にならなくなってしまう。そうならないうちに、この状態で“凍結”するのが最善策だ。北日本の客人達は……まあ、本気を出せばどうとでもできる。

 月華はアサヒに近付き、小さな手を伸ばした。瞬間、ほんのわずかな時間だけ、そんな自分の手を名残惜しそうに見つめる。

「再会できるのは一年後くらいかしらね。生き残っていればの話だけれど」


 やむをえない。

 結論付けて処置を施す──つもりだった。


「!」

 突如、崩壊を始めていたアサヒの肉体が再生する。同時に放たれる眩い輝き。

「これは──」

 魔素が放つ銀色の光ではない。青白い閃光。

(魔力?)

 微かに驚いた次の瞬間、月華の意識は彼女自身の術中へと引きずり込まれた。




「なっ……?」

 何が起きたのか、すぐには理解出来なかった。しかし周囲の光景から自分がアサヒの夢の中にいるのだと気付く。

 何故? そんなことを考える間も無く、前方から光が押し寄せて来た。膨大な量の魔素の爆発。自身の嫌な記憶が蘇り、カッとなって叫ぶ。

「いいかげんにしなさい、坊や!」


 霊力障壁を展開して身を守った。凄まじいエネルギーが周囲の建物を薙ぎ倒し、大地を削って空中に舞い上げて行く。何もかも“あの時”と同じ。


「く──うっ……!」

 これは夢だ。けれど精神の死が肉体の死に直結することもある。ましてやここは他人の世界。こんな場所で死んだら、何が起こってもおかしくない。

「うううううううううううううううっ!?」

 凄まじい破壊力。流石にこれほどだとは思わなかった。必死に障壁を維持して耐えつつ、されど月華は笑みを浮かべる。


 いける。この威力なら、やはり蒼黒(そうこく)を葬れる。


 しばらくすると、唐突に爆圧が消えた。場面が切り替わったからだ。瓦礫の山の中からアサヒが、いや、かつての伊東 旭が這い出して来て、自らの犯した罪の重さを知り慟哭する。東京の半分を消し飛ばした怪物が、そこにいたはずの人々に対し謝罪の言葉を繰り返す。

「ごめん……ごめんなさい、すいません……俺、こんなこと……こんなことは……」

「……」

 ああ、似ているなと思った。幼い頃、自分も生まれ持った強大な力を制御できず多くの人を傷付けてしまったことがある。誰にも言わなかったけれど、しばらくは思い出す度に吐いた。ひどく後悔して何も喉を通らなくなった。

 でも、共感したからといって、いつまでもくよくよ泣き言を吐かせておくつもりは無い。月華は少年の前に立ち、呼びかける。


「立ちなさい」


 本当なら、自分の力でそうしなければならないのだ。

 でも、もう時間が無い。


「いつまで過去に囚われているの? どれだけ謝ったって失われた命は帰って来やしない。それができるのは神様だけ。でも、貴方も私も“人間”なの」


 人間だから苦しむ?

 その通りだ。

 けれど、人間だからこそできることだってある。


「認めてあげなさい。自分の弱さだけじゃなく、相手の弱さも。貴方はもう、その方法を知っているはず。目を背けているからできないの。向き合って、もう一人の自分に」

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」


 旭は全く反応しない。どうやらこちらの声は聞こえていないようだ。

 ああ、やはり無理か。この少年に希望を託したのは間違いだった。月華は嘆きつつ時を待つ。次の場面だ。そこに鍵がある。自分はそれが何であるか知っている。脱出するのは容易なこと。

 しかし彼には無理だろう。こんな風に、いつまでも蹲って前を見ようとしない少年には、あの鍵は見つけ出せない。

 ほどなくして、それは再びやって来た。


「キャアアアアアッ!?」

 女が一人、巨竜に掴まれ、壁に叩きつけられて赤い花を咲かせる。


「旭!」

 別の女、彼の母親が目の前で捕食された。

 ここが分岐点。

「さようなら、坊や」

 月華は脱出のため鍵に向かって手を伸ばす。場面が移った瞬間、立ち上がったアサヒは何もせず、ただ立ち尽くしたままだ。それを見届けて彼女は──動きを止めた。


 違う。

 立ち尽くしたまま?

 叫んでいない。

 怒りに我を忘れていない。

 つまり──


「……ごめん、みんな」

 彼は静かに、ただ一言そう呟いてシルバーホーンへ近付いて行く。母を喰らった怪物の前で立ち止まり、悲しげな顔で、その巨大な頭を見上げた。

 金色の瞳と黒い瞳、両者の視線が交差する。

「俺は、こいつを許さなきゃ」

「……そうか」

 謝っていたのは、そのことだったのだ。全ての元凶、彼が東京を破壊する原因となった竜を許すこと。

 失われた多くの命に対し謝罪していたのは、その決断を下したこと。

 彼が許しを与えた途端、再び世界は姿を変えた。

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