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人竜千季  作者: 秋谷イル
第三部(前編)

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五章・奸計(2)

「お、追いつかれる!」

「このっ!」

 振り返ったアサヒが再度障壁を展開する。しかし、僅かな時間稼ぎにしかならなかった。波は自在に形を変え、彼の障壁をも飲み込んで追撃を再開する。

「班長! もう一度足を止めて、彼の障壁に守ってもらってやり過ごしましょう!」

「ダメ! アタシならそこに駄目押しを仕掛ける!」

 小波の提案を却下する朱璃。たしかにアサヒの魔素障壁やカトリーヌ達術士の使う霊力障壁なら、あの暴威にも耐えられるかもしれない。その中に隠れて一〇分間待てば魔素で再現された津波は維持限界を迎え消失する。

 でも敵は落雷無しであの記憶災害を発生させた。なら、こちらが足を止め守りを固めた途端、同じことをして津波をさらに別の記憶災害に変化させてしまうかもしれない。その場合、対処が間に合わない可能性が高い。

「向こうの術中に嵌っちゃダメ。こっちも相手の裏をかくのよ!」


 宇宙を旅して様々な環境を見て来たドロシーの記憶。そして“竜の心臓”から流れ込む異世界の記憶。この両者が、本来地球上ではありえない災いまで魔素に再現させてしまう。過去には強酸の嵐が再現され、多くの兵士の命を一瞬で奪ったこともあった。


「環境型記憶災害の利用とは、考えたわね!」

 やはり敵は賢い。自然現象が再現される環境型記憶災害は、時に生物型より御しにくいものだ。生物型なら挑発するなり囮を使うなりして動きをコントロールできるのに、自然現象にはそれが通じない。ひたすら効率的に範囲を拡げ、無作為に命を奪っていく。


 ──とはいえ、まだ甘い。


「知恵比べならアタシの勝ちよ」

 意思を持たず自然の法則に従って動くからこそ、生物型より御しやすい場合だってある。結局は考え方次第。

 彼女が味方を移動させたのは、もちろん津波に巻き込まれないためであるが、さっきの場所ではできないことをするためでもあった。濁流に追いつかれまいと人を乗せ全力失踪する馬達は、やがて林を抜け、海岸沿いの低地を走り始める。昔はきっと道路があったのだろうが今は何も無い。絶えず潮風に晒されているせいで背の低い草がまばらに自生するだけの寂しい風景。

 だが左手には崖があり、余計な障害物が無く地形を見極めやすい。朱璃は素早く獲物を構え、スコープ無しで狙いを付けた。

(今だ!)

 後方に流れ行く景色の中、絶好の条件を見出した彼女は素早くトリガーを引く。銃身に光る紋様、銃口の先に魔方陣が現れ、発射された一二.七mm弾を本来ありえない速度にまで加速させた。

「わっ!?」

「あれが──」

「姉様の仰っていた“魔弾”か!」

 初めて見る南の少女達は驚愕した。白熱して融け、プラズマ化した弾丸は岩に接触するなりそれを気化させ、爆発を引き起こす。その衝撃によって崖が崩落した。朱璃は広範にダメージが伝播するポイントを見極め、渾身の一撃を叩き込んだのだ。

 大量の土砂が降り注ぎ、津波を寸断して塞き止める。

「やった!」

「流石は班長!!」

「まだよ!」

 喜ぶ部下達を尻目に、大量の魔素を一気に持っていかれ疲弊した状態で叫ぶ。

 その言葉通り、わずかな時間だけ止められたものの、津波は再び即席の防波堤を越えて追いかけて来た。

(でも、これで十分!)

 朱璃は夫に向かって叫ぶ。

「アサヒ! 今ので要領はわかったでしょ!」

「ッ! そうか!」

 まだ以心伝心というほどの仲ではないが、それでも言いたいことは十分に伝わって来た。アサヒは一人だけ馬の背から跳躍し、空中に形成した障壁を蹴って天高く駆け上がる。

 空中で立ち止まって見下ろすと、いい感じに張り出した崖があった。狙いを定め、朱璃達がその下を通過したタイミングで魔素を上方に噴射し、急降下をかける。

(加減して──)

 思いっ切りやったら、この辺り一帯を更地にしてしまう。朱璃達も巻き込まれることは確実。なので体内の魔素を目一杯絞り込んで右足の爪先に集めた。


「でやっ!!」


 朱璃の魔弾同様、爆発が起こる。圧縮された魔素が超高速の蹴りと共に叩きつけられた瞬間、弾けたのだ。

 その爆発で崖崩れが起きた。さっきよりも大量の土砂が津波の上へ降り注ぎ、ちょっとした山を形成する。高さは数十メートル。

 今度は波も乗り越えられなかった。即席の巨大防波堤に沿って進路を変えられ、海へと流れ込んで行く。

「よし!」

 再び空中へ駆け上がって成功を確信するアサヒ。

 しかし次の瞬間、朱璃達の向かった先を見て笑顔を凍りつかせる。

「なっ!?」


 ──敵の仕掛けた罠は“津波”だけではなかった。むしろあれは、このポイントへ彼等を誘い込むためのもの。


「まずい、挟まれました!」

「殿下をお守りしろ!」

「へえ……」

 護衛隊士と班員達に守られつつ、朱璃はすっと目を細める。馬が怯え声高くいなないた。彼女達の前後には海から出現した二体の怪物。魔素に適応して巨大化したヤドカリ共の姿。おそらく記憶災害ではなく、元々ここに生息している変異種。この場所はこいつらのテリトリーなのだろう。

 裏をかいたつもりが、逆に欺かれた。崖を崩し津波を塞き止めるため、本来の予定とは異なるルートを選択してしまった。敵の狙いはそれだったのだ。

「やってくれるじゃない、あの蛇」

 朱璃自身、再び銃を構え迎撃態勢に移行する。それを待っていたかのように、怪物達は一行に襲い掛かった。




「朱璃!」

 当然、救援に駆け付けようとするアサヒ。敵は当然、それも見越していた。

 瞬間、眼下で閃光が輝く。地面から雷が放たれたように。

 光はそのまま空へ駆け上がって来た。

「ッ!?」

 驚いたアサヒの胴体を、鋭い何かが貫く。

「うぶっ」

 大量の血が口から吹き出し、元の魔素に戻って銀色の霧と化す。自らも記憶災害(ドラゴン)だから助かったものの、生身ならこの一撃で死んでいただろう。

 突如出現したのは白く輝く“竜”だった。流線型のフォルムを持ち、生物というよりは機械的なデザイン。


「く──うぅ──ッッッ!?」


 速い。速すぎる。あまりのスピードでアサヒの周囲の空気が圧縮され熱を持った。徐々に彼の皮膚が気化し始める。このままでは朱璃が放った“魔弾”のようにプラズマ化してしまうだろう。

 だが、アサヒは別のことに納得していた。

(なるほど!)

 地下都市で朱璃と大谷を抱えて跳躍した時、怒られた理由を今さらながらに実感できた。度を超えたスピードは、それそのものが凶器と化す。


 でも、


「俺は──人間、じゃ──」

 皮膚どころか肉も骨も融け始め、それでも少しずつ速度に順応していくアサヒ。自分を串刺しにした敵、その甲殻の隙間に指を差し込み、ギリギリと力を込める。

「ない!」

『!?』

 バンッという爆音と共に弾き飛ばされた。危険を感じた敵が急制動をかけ、強引に彼を振り解いたのである。

 敵はそのまま空中で羽ばたきホバリングを始めた。虫だ。カブトムシに似た甲虫。半透明な白い甲殻で全身が覆われている。目だけがエメラルドのような緑。全長は角の先までを含め三m程。今まで見て来た“竜”の中では最小。だが鋭く尖ったあの“槍”の威力とスピードの脅威は今しがた味わったばかり。

 こちらへ来てくれて良かった。こんな虫が朱璃達の方に向かっていたら一瞬で全滅していた可能性もある。それほどの怪物。障壁を足場に、やはり空中で静止しながらゆっくり呼吸を整えるアサヒ。皮膚が再生し、腹の大穴も瞬く間に塞がっていく。

 脳裏に過去の会話が蘇った。


『さて、再確認しておくけど、これで自分の強みは理解できたわね?』

『うん。人間の限界に囚われないこと、だろ?』

『それを認識できれば問題無いわ。人斬り燕がいくら強いっても、結局のところアイツも人間なの。人としての限界は超えられない。いや、見た感じ部分的には超えてたかもしれないわね。多分ドーピングでもしてるんでしょ。

 対するアンタは最初から人間じゃない。人体を再現してはいても、その肉体は魔素の塊。いわばアタシ達が使う疑似魔法そのもの。考え方次第でいくらでも新しい力を引き出せる。だから人としての常識なんて捨てちゃいなさい』


 ──秋田で対“人斬り燕”のための特訓を終えた時、朱璃に言われた。常識を捨てろと。人間の枠から外れた自分に、それは足枷になるからと。


『最強の肉体を操るあなたは、ごく普通の十七歳の少年。覚悟、知識、経験、全てが不足しています。だから剣照様に隙を突かれ窮地に陥った』

『それは我々も同じ。むしろ、あの方の計略を知りながら不用意にアサヒ様と接触させてしまったのは私や陛下のミス。そもそも、どれだけ鍛えようと人の心は惑い、揺れるもの。完璧な存在になどなれません』

『もちろん成長はできます。でも完全にはなりえない。誰もが不完全で、だからこそ手を取り合える。私は、そちらの事実をこそ忘れないでいただきたい』


 ──秋田から出発する前、王室護衛隊の隊長・小畑(おばた)から言われた言葉。こんな自分でも、不完全で人外な存在でも他者と手を取り合うことはできる。そうすることで、もっと強大な敵にも立ち向かえる。

 超スピードに翻弄されていた十数秒で、朱璃達からかなり引き離されてしまったようだ。けれど彼方から音が聴こえて来る。銃声、爆発、金属音。

 彼女達は戦っている。まだ生きて抵抗している。なら自分はここで、この最大の脅威を片付けてから戻るべき。


【手伝いが必要か?】

「……ああ」


 頭の中で響いた声に素直に応じる。まだ抵抗感はあるけれど、自分達もまた協力すべきだとすでに認識している。


【ならば、行くぞ】

「おう!」

『!』


 本能で危険を察したのだろう、再び全身を白く輝かせた甲虫が翼と足を畳み、超高速で周囲を飛び回った。あまりに速すぎて姿を見失う。なのに音すらしない。なんらかの力で空気抵抗を無くしているのか?

 次の瞬間、彼の死角になる位置から角の先端を向けて突っ込む虫。狙いは頭。記憶災害ならそこを砕かれたところで死ぬことは無い。しかし当然、再生するまでは思考できなくなる。

 しかし、澄んだ音を立てて砕け散ったのは彼の角の方だった。

 無数の破片が光を浴びて煌めく中、衝撃を感じた方向へ素早く振り返るアサヒ。全身が赤い鱗で覆われている。この鱗と彼の意識に関係無く展開された障壁が盾となった。

 素早く伸ばした右手は、反動で弾き飛ばされた相手の脚を掴む。

「今だ!」

 腕は瞬時に膨れ上がり異形を形成した。赤い巨竜シルバーホーンの顎となってその牙で甲虫をがっちりと捕まえる。

 間髪入れず火球を吐き出す竜の顎。爆圧が甲殻を弾き飛ばし、肉を切り裂いて銀に輝く“竜の心臓”を露出させた。


【やれ】


 アサヒの腕を元に戻す巨竜。彼の口では結晶体が小さすぎて上手く噛み砕けない。

 すかさず障壁を蹴り、左脚を振り上げるアサヒ。空中に光跡を描き、敵の最高速に匹敵する速さで一撃を放つ。肉体を再生中の敵には避けようが無い。

 出現からおよそ一分。高密度魔素結晶を砕かれ、虫型の“竜”は人竜の共闘により撃破された。

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