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人竜千季  作者: 秋谷イル
第三部(前編)

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幕間・審判

「──以上の理由をもって被告・神木(かみき) 緋意子(ひいこ)は、特異災害対策局・局長の職を解任する。ただしクーデターの阻止、反体制派の一掃、その他これまでの数々の功績を鑑み、追放刑には処さない。また王家の血を引く特殊な立場でもあるため、王城内にて五年間の拘禁を命ず。その間、もちろん通常の受刑者と同等の扱いを受け、刑務作業にも従事してもらいます。よろしいですね?」

「はい」

 法廷の場に立った緋意子は、裁判官から下された判決を素直に受け入れた。

 むしろ寛大すぎて異を唱えたくなったくらいだ。王太女暗殺を企てた犯人に対する罰としてはあまりに軽い。言葉通り王族の一員であることを配慮された結果だろう。母の介入もあったのかもしれない。

 沙汰が下ったのは朱璃(あかり)達が大阪へと発った翌日で、その日のうちに彼女は王城内へ移送された。仕事でならよく足を運んでいたが、生活の場として戻って来るのは良司との結婚以来である。子供だった頃に戻ったようで懐かしく思えた。

 すぐに独房へ入れられるものと思っていたが、先に女王の私室へ行くと言われた。まあ意外な話でもない。手足を拘束されたまま、護衛隊士の先導で中へ入る。

「ご苦労。あなた方は退出して」

「はい」

 王家への絶対的な忠誠を誓った隊士達は母の言葉に唯々諾々と従う。彼等以外なら王と犯罪者を同じ部屋で二人だけにしたりはしないだろう。たとえそれが親子だとしても。

(だから移送を護衛隊に任せたのか)

 旧時代の警察の立場にいるのは陸軍だ。なので通常、犯罪者の護送も彼等が行う。何故今回に限り王室護衛隊なのかと思ったら、このためだったとは。

「少しばかり職権濫用が過ぎるのじゃないか? 母さん」

「こうでもしなければ、お前は私に会いになど来ないでしょう。まったく、あの人に似て強情な性格に育ったものです」

「刑期を終えれば挨拶にくらい来たとも」

「これからまた同じ家で暮らすのに、五年も待てと? なんと薄情な子ですか」

「親なら子の自立を喜ぶべきでは」

「朱璃が同じことを言ったら、どう思います?」

「悲しい」

「そういうことです」

 なるほど合点がいった。それ以上言い返さず、緋意子は勧められるより先に木の椅子へ座る。母・(ほむら)も呆れ顔で腰を下ろした。

「どうしてこう、粗忽に育ったものか。きちんと教育は施したのに」

「これでも特異災害調査官だからな。母さんは陸軍出だから知らんだろうが、あの仕事をしていると、だんだん権威というものに興味を失っていく。敬意もな」


 地下都市という鳥籠(ろうごく)から解き放たれることで、それまで自分を縛りつけていたしがらみが無意味だったかのように思える。そういう瞬間が調査官には必ずある。

 もちろん錯覚だ。人間にとって地上の環境はまだ過酷すぎる。調査活動を終え地下都市に戻るたび、今度は鳥籠(わがや)のありがたみを痛感した。だから調査官達は、けっしてそのままいなくなったりはしない。命を落とさない限りは、だが。


「朱璃は帰って来るよ、私と約束したからな」

「ええ、あの子は戻るでしょうとも」

 娘の言葉に同意する焔。そのために、あれだけの戦力を同行させたのだ。特にアサヒが一緒に行くと言わなければ、孫の大阪行きなど絶対に認めていない。あの地には彼に匹敵する怪物が少なくとも二体存在している。考えただけで寒気のする話ではないか。

 だが向こうで何かが起きたとしても、アサヒとあの精鋭達がいれば、朱璃だけは確実に帰還できる。そう信じている。

「それより、お前には悪いことをしました」

「気にするな」

 母の言いたいことを察し苦笑する緋意子。人斬り燕、すなわちカトリーヌに朱璃の暗殺を依頼した件。あれは母も承知の上での計画だった。なにせ実行前に全貌を語っておいたのだから。

 しかし緋意子が罪を打ち明けたあの場で、母は何も知らなかったかのように振る舞った。謝りたいのはそこだろう。

 気に病む必要は無い。母の立場を考えれば、あれは最善の選択だった。剣照(けんしょう)が命を落とした今、王族は残り四人。そのうち一人は大阪へ行き、一人はこれから五年間罪人として刑に服すことが決まった。残る開明は外見上落ち着いて見えるものの、自らの手で実の父を殺し、三年前から始まった因縁に決着をつけたばかり。実際にはまだまだ精神が不安定な状態。だから会談の場でも月華に噛み付く暴挙に出た。

 本人も後から言っていた。思い返す度に肝が冷えると。

 こんな状況で女王までもが大罪を犯していたと明らかになれば、王国は時を待たず崩壊する。剣照が撒いてしまった火種は、まだあちこちで燻っているのだから。

 母は再び小さく頷き、それからまっすぐに緋意子を見つめた。

「であれば、もう一つ頼みたいことがあります」

「受刑者に?」

「表向き、そう見えるように振る舞っていれば問題ありません」


 なんだか面倒な話になりそうだ。緋意子が身構えると、焔はさっきの彼女のように苦笑を浮かべる。親子だけあって、やはり所作の端々が良く似ていた。


「警戒せずとも良い。しばらくの間、対策局の前局長として私に助言を行ってもらいたい。ただそれだけのこと」

「だとしても、私でなく青柳(あおやぎ)の役目なのでは?」

 青柳 アザミ。緋意子はこれまで調査部長だった彼女を自分の後任に推した。少し柔軟性に欠けるきらいはあるが、剣照一派が倒れ、反体制派も一掃された今、対策局としてもトップに立つべきはああいう生真面目な人物の方が好ましい。清廉潔白な彼女なら市民の敵意の対象になる心配をせずに済む。

「無論、彼女は優秀です」


 焔も青柳の能力は疑っていない。

 だが、それでもなお、今しばらくは娘を頼りたい。

 否、頼るべきだ。


「優秀であっても、彼女には我が子の暗殺を依頼するような切れ味が無い。本当の危機がまだ去ってない以上、お前のその能力を腐らせておくわけにはいかないのです」

「……なるほど」

 大罪を犯した自分をアドバイザーとして手元に置く。その事実が明るみに出たら、母も激しく批難されるだろう。

 それでも、そのリスクを冒してなお必要だと言われるなら仕方がない。

「わかった、引き受けよう。たしかに、今ここで局長の椅子を降りたことは無責任だとも思っていた」

 母の言う通り、本当の、そして最大の危機は未だ去っていないのだから。


 あの少年、アサヒがもたらした凶報。

 あの女、天王寺(てんのうじ) 月華(げっか)も認めた事実。


 この星──地球に生きる全生命が今、滅亡の危機に瀕している。

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