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人竜千季  作者: 秋谷イル
第二部

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八章・欺瞞(2)

「剣照閣下、これはどういうことです!?」

 式に参列していた議員の一人が声を上げる。そんな彼を無視して剣照はチャペルの全ての出入口を封鎖するよう兵士達に命じた。彼等は迷わずそれに従い、外にいる国民へ「中断された式の続きを行う」と説明して扉を閉じる。

 中に残された者達は剣照とその配下以外、全員チャペルの中央に集められ、武器を取り上げた上で両腕を縛り、拘束された。さらにまた無数の銃口が突き付けられる。

 そこでようやく彼は自身の計画について語り始めた。

「これはクーデターだよ、高橋議員。我が国始まって以来、最初のな」

「ク、クーデター!?」

「何故ですか閣下!!」

 問いかけたのは議員でなく陸軍の兵士だった。やはり、仲間であるはずの者達の手で床に押さえこまれ、腕を縛り上げられている。ここへ来た全ての兵が剣照の息のかかった人間ではないらしい。

「何故……か」

 その一言と共に剣照の表情は一変する。疲れ切った老人のそれへと。彼は女王から奪い取ったサーベルを抜くと、その刃を彼女の首に押し当てた。

「それは私が問いたい。何故、諸君は現状で満足していられる? この女の奴隷同然の今に。この狭苦しい鳥籠に。囚われている自分に嫌気が差さないのか?」

「なるほど、やはりそれが動機ですか」

「そういうことです、叔母上」

「まさか閣下、本気で地上へ移住されるおつもりか!?」

 叫んだのは、さっきとはまた別の議員だった。彼はどうやら剣照の野望について何かを知っているらしい。

「そうだとも、手万里崎(てまりざき)議員。君は信用に値しないと思ったようだが、見たまえ、我々は着々と準備を進めてきた」

 大仰な身振りで左腕を振り、周囲の兵士達の姿を示す剣照。手万里崎と呼ばれた白髪の議員は顔を青ざめさせる。

「手万里崎さん……?」

「以前、閣下から誘いを受けたことがあった。地上への移住計画に賛同してくれないかと。もはや地下都市は寿命が近い。だから陛下を説得するために協力してくれと言われた」

「そう、そして君は断った。地上への移住計画など荒唐無稽だと言ってな。残念だよ」

 そう語る剣照の目は酷く冷たい。もう、目の前にいる男に露ほどの興味も抱いていない。そんな眼差しだ。

「し、しかし、地上へ移り住むと言っても記憶災害への対処はどうするのです!?」

 兵士の一人がまた質問を投げかける。環境型の記憶災害は発生原因さえ突き止めてしまえば予防できるかもしれない。しかし“竜”が現れたら? 人類にはまだあれらに対抗できるだけの力が無い。

「そ、そうです、お考え直しを」

「今はまだ時期尚早です」

 そんな彼等の言葉を、剣照は歓喜に両腕を大きく広げ、一蹴する。

「いいや、もう我々は十分に“竜”と戦える。そうだろう、なあ? マーカス」

「……クソが」

 話を振られたマーカスは剣照を睨んだ。彼も当然、先程まで身に着けていた外骨格を外されている。

 その姿を見て、皆が剣照の言わんとしていることを理解した。

「そういえば、さっきのあれは……」

「妙な怪力を発揮していたぞ。動きも素早かった」

「あの装備、まさか……」

「そのまさかだ諸君。ついに朱璃は完成させたのだ、新たな武器を。奴等を貫く剣“MWシリーズ”以来の傑作。人を竜と化す鎧。魔素によって動作するパワーアシストスーツを!」


 パワーアシストスーツ──それは本来、電力によって動作する機械だ。モーター、油圧、空圧、人工筋肉等、駆動方式は様々だが、共通して人体の動作を補助する機能が与えられている。たとえば装着者は重い物を軽々と持ち上げ、長時間走っても疲れにくくなる。

 これは、本来なら地面に固定して使うような大型の火器を歩兵が携行して運用することも可能になったということだ。砲を持ち、装甲を取り付けて守りを固めてやればそれはもはや人型の戦車と言っても過言ではない。アシストスーツを動作させるための魔素を武器にも供給してやれば疑似魔法の威力だって大幅に向上する。いや、朱璃ならすでにその程度の発想はしているはず。おそらくそういった機能はすでに組み込まれてあるだろう。

 この技術を発展させていけば、ゆくゆくは電気やガソリンを使わずに動作する航空機や車が生まれるかもしれない。その恩恵を受けるのは兵士だけではない。軍事以外の様々な分野にも活かされ、人類をかつてのような繁栄へと導いていく。


「朱璃、よくやってくれた。よくぞここまで形にしてくれた。先程の戦闘、しかと見せてもらったぞ。スピードでこそ人斬り燕には及ばなかったが、あの長刀を砕いたパワーがあれば十分だ。お前は初代王に並ぶ人類の救世主として、永くその名を語り継がれるだろう」

 朱璃の偉業を褒め称える剣照。彼はこのために今まで彼女を生かしておいた。魔法の杖、MWシリーズの完成によって人類は大きく前に進んだ。しかし、まだ足りない。竜と対峙するにはそれでも足りていない。奴等を倒すには自らも“竜”に近い存在となる必要がある。それが長年、軍人として怪物共と戦い続けた結果、辿り着いた結論。

 だからこそ朱璃を生かし、そしてここで殺すことにした。必要なのは新技術の基礎となる根幹部分だけ。そこさえ出来上がっていれば、あとは凡庸な技術者達でもどうにかなる。だから消す。彼の目的にとって女王や王太女は邪魔でしかない。この娘の頭脳を失うことだけは惜しいが、気性を考えればいずれ必ず敵に回る。


 ──もっとも、本来なら“人斬り燕”に始末してもらうつもりだった。彼女に朱璃を暗殺させ、あわよくばその場で女王や議員も片付けさせる。そして自分達が奴を討伐したことにして国民からの信頼を勝ち取り、不在になった王位に就いて穏便に国を乗っ取る。それが理想的な展開だった。

 なのに、まさかあの稀代の術士に狙われても生き延びてしまうとは。つくづく優秀な娘だ。

 まあ、予想は裏切られたが予測の範囲からは逸脱していない。女王や議員達、さらには朱璃までもが生存してしまった場合に備え、すでに次善の策を動かしてある。ここに連れて来た兵士達など手駒の一部でしかない。数年かけて入念に計画を練って準備を進めて来たのだ。最大の懸念だったアサヒも無力化できた今、女王一派は完全に詰んでいる。


「お前は我が家の誇りだ……だが、すまんな朱璃。あれが完成した以上、お前はもう要らん。とはいえ、さらに兵器開発を行い、それに専念すると約束するなら生かしておいてやってもいいぞ?」

 頬を緩ませ顔の傷を指先でなぞる。気分が良い時のクセだ。これをやっている時の彼は本当に機嫌が良い。

 その良い気分に、朱璃は冷や水を浴びせた。

「冗談でしょ? なんでアタシがアンタごときの飼い犬にならなきゃいけないわけ?」

「フン、まあ、そう言うだろうと思った」

 その程度の挑発ではこちらも動じない。何故なら勝利を確信しているから。

 直後、外に出ていた部下達がある物を運んで来た。

「閣下、拘束具をお持ちしました」

「うむ、そこで寝ている小僧に着せてやれ」

「う……ぐ、ううっ……」

 悶え苦しむアサヒを見やる剣照。部下が持って来たそれは皮肉にも朱璃の開発したアシストスーツに良く似たデザインだった。しかし用途は全くの逆。装着者の身動きを完全に封じるため開発された拘束具である。動かす必要が無い分、容易に強度と耐久性を高められた。いかな怪物でも簡単には逃れられないだろう。

「人のダンナに、そんな悪趣味なもの着せる気?」

 この期に及んでまだ悪態をつく朱璃に対し、流石に若干の苛立ちを覚える。

「まだ勝てるつもりか? とっくの昔に勝敗など決しているのだぞ」

「へえ? どうしてかしら?」

「お前の連れ合いをどうすると思う……南日本に明け渡すのだよ」

「なっ!?」

 再び絶句する議員や兵士達。

「剣照閣下、あなたはまさか……」

「そうだ、南日本と密約を交わしている。このクーデターが成った暁には即刻北日本王国を解体。彼等の日本国再統一案を受け入れ、我々は南の傘下に降ることとなる」

「ば……売国奴め! 恥を知れ国賊!」

「黙れ!」

 ついに我慢しきれなくなった議員の一人が罵り、近くにいた兵士に殴り倒された。

 膝をつきながら、自分を殴った相手を睨みつける議員。

「き、貴様等……よくも……!!」

「うるっせえ! 売国奴だと!? 閣下こそ真の愛国者だ!」

「こんな穴倉に篭もっていたって未来なんか無い! 今こそ全国民が勇気を奮い立たせて地上へ帰還すべき時なんだよ!」

「あの臆病な女王に媚びへつらって来た自分達の方こそ恥じろ! 恥じて死ね!」

「我々の勝利だ!」

 口々に倒れた議員や女王を批判し、勝ち鬨の声を上げる彼等。

 剣照は女王に視線を移し、彼女達が知らない外の状況を明かす。

「この式が始まってすぐ、我々の同士は市内の重要拠点数ヵ所に襲撃をかけた。彼等から制圧の報告が届けば、その時点で我々の勝利は確定する。多少国民が騒ぐかもしれんが、生命に関わる重要なインフラを支配された状態では抵抗のしようもない。そもそも彼等には命がけで立ち向かうほどの気骨など無いだろうしな。そういうことです陛下、もっと早い段階で私の提案を受け入れておくべきでしたな」

 彼はずっと昔から叔母に言い続けてきた。人は地上へ回帰すべきだと。いつまでもこの鳥籠の中で不自由な安寧に浸っていてはいけないと。

 しかし女王は一度も首を縦に振らなかった。たった一回、ほんの少しでも理解を示してくれるだけでこんな状況にはならなかったかもしれないのに。

「悔いるがいい。ここにいる者達の命は、あなたの不明が奪うのだ」

 彼がそう言うと、すぐ近くで笑い声が上がる。

「プッ……ククッ……」

 朱璃だ。肩を震わせて堪えている。

「おい! 何がおかしい!?」

「待て」

 剣照は、激昂した兵士が掴みかかるのを制止した。

 険しい眼差しで目の前の少女を見据え、勘繰る。

(どういうことだ?)

 朱璃は狂人の類だが馬鹿ではない。何の根拠も無くこの圧倒的不利な状況で笑い出したりはしないはず。まだ何か手札を隠し持っているのか? それとも時間稼ぎのハッタリ? だとしても時間を稼いで何を待つ?

「あー、おかしい」

「虚勢を張るな朱璃。もうお前は死ぬ。素直に怯えながら待て」

「あれ、忘れたのおじさん? アタシの欠陥」

「……ああ、そうだったな」

 この娘は恐怖を感じない。だから平然としている。

 考えてみれば、それだけのことなのかもしれない。

 しかし、やはり何かが引っかかる。

 得体の知れない不安を覚えた彼の胸中を探るように、朱璃の青い瞳もまっすぐこちらを見つめていた。

「……癪に障る。お前は、叔母上の若い頃にそっくりだ」

「それはどうも」

「まったく、最期までその態度を貫くつもりか?」

 まるで興味を失ったかのように目を逸らした彼女の前髪を掴み、強引に視線を引き戻した。

「ッ!」

「テメエ!」

「おとなしくしてろ!」

 掴みかかろうとしたマーカスを部下が殴り倒す。

 それを確認してから改めて朱璃に提案する。

「良いことを思いついた。やはりお前は生かしておいてやろう。それに、あの小僧と死ぬまで一緒にいさせてやる」

「ハァ?」

 やはり朱璃の目は闘志を失っていない。構うものかと言葉を続ける。今は折れずとも、時間をかけてその鼻っ柱をへし折ってやろう。

「南日本に頼んで同じ家畜小屋に住まわせてやる。貴様が一緒にいるなら、あれも下手に暴れることはできまい。あれにはまだ利用価値がある。お前には生かさず殺さず捕らえておくための枷として機能してもらうぞ。なんなら奴の子を孕ませてもいい。お前とあれの子供なら優秀な兵士に育つだろうしな」

「開明とは違って?」

「──ッ!」

 次の瞬間、彼の右手は意識せず朱璃の頬を打っていた。

 その一言は剣照が我を忘れるほどのものだったのだ。

「クソがあああああああっ!!」

 兵士達に押さえつけられたマーカスがさらに吠えるも、頬を打った右手の痺れで自分のしたことに気付いた剣照は、逆に冷静さを取り戻す。


 今のは駄目だ。朱璃の方が正しい。


「すまん、その通りだな。あれは使えん。男児が生まれた時には期待したというのに、成長するにつれて失望の方が大きくなっていった。あの歳になってもあれは背が低い。細い。星海の子でありながら魔素吸収能力もごく普通の平凡な子供だ。あれではとても優秀な兵士になどなれん」

 その目は朱璃を羨ましそうに見つめる。

「お前は正しく親の才能を継いだ。いや、あの神木(かみき)調査官以上の頭脳と緋意子(ひいこ)譲りの魔素吸収能力。そして何者にも屈服しない精神力。何度、お前が私の子だったらと思ったことか……」

 本音だ。朱璃は、彼が息子に求めた才能を全て有している。あまりにも羨ましく、眩しかった。開明にもこんな風に育って欲しかった。

 直後、息子に対する諦念を露にした剣照に前髪を掴まれたまま、朱璃は目線だけを動かして周囲を探る。

「その息子さんだけど、さっきから姿が見えないわね?」

「は、班長! カトリーヌさんもいないんですが!?」

 友之が今さら気付いたもう一方の事実は、とりあえず無視しておく。

「……もういい」

 剣照は嘆息して朱璃の髪から手を離した。そして尻餅をついた彼女に背中を向け、先程見た光景を語る。

「あの愚息なら、人斬り燕が倒れた後、すぐに逃げ出してしまった。覇気の無い性格だとは思っていたが、まさかあそこまで臆病者だったとは……」

「あらら、ご愁傷様。ところで友之のおかげでもう一つ思い出したんだけど」

「ん?」

「人斬り燕の正体が、あんな“ブ男”だとは思わなかったわ」

「なんだと?」

 眉をひそめる剣照。

 だが、すぐさま言葉の真意を掴んで顔を青ざめさせる。

「ま、まさか……貴様ら……」

「どうした? 焦る必要は無いだろう──“まだ勝てると思っている”ならな」

 剣照に問い返したのは朱璃ではなく、その母の神木 緋意子だった。そしてやっと彼は気が付く。議員や彼の息がかかっていない兵士達はこの状況に戸惑っているのに、対策局の人間と女王は何故か平静を保っている。まるで全てを見透かしているかのように。


 全てを?


「そんな……そんな、馬鹿な……」

「はい、そんな馬鹿な息子が戻りましたよ」

「っ!?」

 突然正面の扉が開き、逆光の中に一人の少年が姿を現した。

 星海 開明。父に怯えて逃げ出したと言われたばかりの少年。このクーデターの首謀者たる剣照の息子が、得意満面の笑みを浮かべ、そこに立っていた。

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