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人竜千季  作者: 秋谷イル
第二部

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四章・伏魔(2)

「似合うじゃない」

「ホンマや、かっこええで」

「なかなか決まってる」

 陸軍仕様の戦闘服に着替えたアサヒを女性陣はそう品評した。なるほど、相手が普段と違う格好をしていたらとりあえず褒めるのが基本なわけだ。忘れないようにしないと。

「プロテクターが付いてるのに動きやすいですね」

「そりゃ戦うための服だもの。動きにくくちゃ駄目でしょ」

「たしかに」

 ちなみに全員、例の岩に偽装した砦まで戻って来ていた。犠牲者が出たので本当の意味で全員とは言い難いが、とにかく生存者は全員だ。この着替えは砦に常駐している陸軍の兵士から貸してもらった。若干サイズが合わずダブついている。

 そんな彼に、あのお下げの研究員が話しかけて来た。

「あ、あの……吉澤(よしざわ)さんは……」

 多分、地面に飲み込まれた彼のことだろう。

 アサヒは彼女と目を合わせられず、俯きながら答える。

「すいません、その、力加減を間違えてあの辺りは全部滅茶苦茶に……」

 元ゴルフ場はシルバーホーンの放った攻撃のせいで吹き飛び、火の海と化してしまった。もしあの瞬間まで彼が生存していたとしても、あれで確実に命を奪われただろう。もしかしたら自分が殺したのかもしれない。そう思うとますます気分が重くなった。

 そこへ朱璃がフォローを入れる。

「地面に飲み込まれた時点で十中八九助からなかったでしょ、仕方ないわ」

「せや、あんまり気にせんとき」

「そう、ですね……」

 お下げの研究員も納得する。死者を悼んではいるが、それだけだ。取り立ててアサヒを責めようとはしない。

 人の死に対して現代人はドライだ。アサヒは三ヶ月前、福島へ辿り着く直前に朱璃達と交わした会話を思い出す。あの時も死者が一人出て、そのことに淡白なように見える皆に対し怒りを抱いた。

 でも今は知っている。この世界では死は昔より身近なものだと。いつ誰が死んでもおかしくない。だからすぐ受け入れられる。彼等は常に覚悟していて、その違いが態度に出ているだけなのだ。

 もちろん、朱璃が父親の仇を討つことに執念を燃やしているように、何事にも例外はあるけれど。

「吉澤のことは残念だった。でも収穫も大きかったわ。アンタの体内と体外でどういう風に魔素が流動しているかわかったし、草原の謎も解けた。彼の死に報いるためにもデータをきちんと活用しないとね」

「うん……」

 本当にそうなってくれたら嬉しい。まだこの時代の常識に馴染めていないアサヒは肩を落としつつ朱璃の言葉に頷く。

「さて、それじゃあ地下に戻りましょ」

「ほら、行くぞアサヒ。別にお前のせいじゃないんだ、あんまり落ち込むな」

 友之が乱暴に頭を撫でる。子供の頃から背が高かったアサヒは母以外にそういうことをされた記憶がほとんど無い。くすぐったそうに目を細め、はいと答えて歩き出す。

 一行は再び予備脱出坑を通り、旧エレベーターシャフトに入った。さっきと同じように、陸軍の兵士達が朱璃を見つけては立ち止まって敬礼する。彼女はその度に軽く手を上げて応えた。

 やがて最上層のホールに降り立ち、エレベーターの前で待っていると、兵士達が朱璃のいる場所とは別の方向へ向かって敬礼した。こころなしかいっそう表情が固くなったように見える。

「閣下!」

 気付いた大谷も振り返りながら左手を持ち上げ、揃えた指先を額に当てる。彼女の視線の先を見やり、アサヒもまた驚いた。今日は王族によく出くわす日だ。

「久しぶりだな朱璃、それと、南から来た少年」

「お、お久しぶりです」

 ゆっくりこちらに近付いて来る軍服姿の男が一人。その右頬には大きな傷があった。髪は半分以上白くなっているものの、年齢はマーカスより少し上なだけでまだ五〇に届いていないという。陸軍と海軍の両方を統括する軍事の最高責任者・元帥。名前はたしか──

剣照(けんしょう)おじさん? 奇遇ね、お久しぶり」

 朱璃は遥か年上の親戚に対し、いつもの小馬鹿にするような笑みを向けた。



「新種の変異生物に襲われたと聞いたが、無事だったか」

「耳が早いのね、その通りよ。一人死者は出てしまったけど、ご覧の通りアタシ自身はなんともない。優秀な護衛がついていたおかげ」

「ふむ、そうか」

 護衛と聞いてアサヒを見つめる剣照。よくやったと無言で労うように頷いた。つられてアサヒも頷き返す。

「ただ、例の草原は崩落しちゃった。今は大穴が空いて火の海」

「何が起きた?」

「あの化け物どもが地下に巣食ってたみたい。それで地盤が脆くなってたんでしょ。火災は跳弾か何かが原因で地中に溜まっていた天然ガスに引火したんだと思うわ」

 え? 声を上げそうになって寸前で堪えるアサヒ。どうして嘘をつくのかわからないが、朱璃のことだし何か考えがあるのだろう。他の皆も彼女が虚偽の証言をしたことに対し無反応。自分が合流する前に予め口裏を合わせておいたのかもしれない。

 ただ一人、嘘をつかれた剣照だけが探るような目付きで朱璃を見下ろす。

「ほう……なら、我々もその現場を調査してみるとしよう。どのみち森林火災への対処もせねばならんしな」

「いいんじゃない? もう化け物の死体しかないけど」

「全滅させたのか」

「粗方はね。残りがいるかもしれないから気を付けて。どんな生物か、詳細はもう陸軍に説明してある」

 朱璃がそう言って肩を竦めた時、エレベーターが到着した。とはいえ全員同時には乗れない。身分を考え、まずは朱璃とアサヒが乗るよう促される。

「殿下、どうぞ」

「アサヒ様も」

 ところが、

「先に諸君が降りなさい。朱璃には、あといくつか質問がある」

 剣照がそう言って朱璃を引き留めた。

「わかった。じゃあアタシは残る。アサヒ、アンタは先に行ってていいわよ」

「え? いや、でも……」

 護衛を頼まれた自分が離れていいのだろうか? もちろん誰かしらは彼女の傍に残るのだろうけれど──判断に困って剣照を見ると、彼はやはり小さく頷き返した。行けということのようだ。

(まあ、ここなら襲われる心配も無いか)

 旧エレベーターシャフト内は軍事基地。当然、兵士が大勢いるしマーカスとカトリーヌも残ると志願した。あの二人がついていてくれるなら安心できる。

「じゃあ、先に降りるよ?」

「さっさと行きなさい」

 こちらを見ずに手を振る少女。剣照がそんな彼女を見下ろし、微笑む。

「お前にしては珍しい恰好をしているな?」

「たまにはそういう日もあるわ」

 そんなやり取りを聞きながらエレベーターに乗り込むアサヒ。ワンピース風の服を着ている朱璃の後ろ姿を見て、そういえば今回はデートでもあったのだと思い出す。

 そのせいか、このまま別れてはいけないような気がした。

「すいません、やっぱりやめます」

「アサヒ様!?」

 慌てて追いかけてきた大谷に「朱璃と一緒に戻ります」と言うと、彼女はなら自分もと答えた。

 だが、その肩にカトリーヌが手を置く。

「なるほどなるほど、そういうことなら邪魔したらアカンわな」

「なっ、ちょっと、カトリーヌさん?」

「ほなな、頑固親父も一緒やけど仲良くやりい」

 そう言って大谷と共にエレベーターに乗り込む彼女。その余計な一言のせいで気まずい空気が漂う。

「ほう……」

 意外なものを見たと驚く剣照。朱璃も眉をひそめ、その向こう側ではマーカスが腕組みしながらこちらを睨んでくる。

「……えと、そんなわけで……よろしくお願いします」

「どう“よろしく”するつもりだ、テメエ?」

 彼の額には青筋が浮かんでいた。



 ──やっぱり先に降りた方が良かった。剣照による聴取が終わって朱璃が解放された直後、ゆっくり降下するエレベーターの中で俯くアサヒ。乗客は彼と朱璃の他にマーカスと三人の研究員。彼等はアサヒ同様に青い顔で沈黙していた。マーカスが彼を嫌っていることは周知の事実なのだ。

 エレベーターが動き出してから少し経ち、まずはそのマーカスが沈黙を破る。

「おい朱璃、このボウズに何かされなかっただろうな?」

 その質問に対し、朱璃ではなくアサヒの肩が小さく跳ね上がった。当然目敏い調査官はそれを見逃さない。

「オイ? オレぁ朱璃に訊いたんだぞ? なんかやましいことでもあんのか?」

「い、いえ、そんなことは……」

 そうだ、落ち着け自分。アサヒは己に言い聞かせる。実際、何もしていないじゃないか。ちょっと一緒に寄り道して、高い場所から地下都市を眺めただけだ。やましいことなんて一つも無かった。

 朱璃も笑顔で回答する。

「そうね、大したことはしてないわ。二回ほど抱かれた程度だもの」

「は!?」

 何を言ってるんだこの子は? そんなことした覚えは──

「あ」

 そうか、ピラーの中で昇り降りした時のことか。たしかに朱璃を右腕で抱えた。嘘ではない。嘘ではないけれど、もう少し言い方ってもんがあるだろう。

「なかなか熱い抱擁だったわ。ねえ?」

「いやいやいや」

 明らかに、わざとマーカスを煽っている。

「その話、もう少し詳しく聞かせてもらおうか」

 案の定、力強くアサヒの肩を掴む彼。

 研究員達が慌てて隅っこへ逃げた。

「ちょ、ちょっと、中で暴れないでくださいよ!?」

 不穏な空気を感じ取り、待ったをかける運転士。マーカスは「気にするな、降りてからぶっ殺す」と全く安心できない言葉を返す。

「あ、あああ、あの、待って下さい」

 アサヒはしどろもどろになりながら弁明を試みた。

「いやほんと、変なことはしていなくて、ちゃんと説明をですね」

「いいだろう、せいぜい言い訳してみな。喋ってる間は寿命が延びるからな」

 反対の手でナイフを引き抜くマーカス。研究員達の悲鳴が上がる。

 アサヒ達は助けを求めるように朱璃を見たが、彼女は止めようとしない。それどころかクスクス笑っていた。

(駄目だ、アテにならない。とにかくマーカスさんに落ち着いてもらわないと)

 焦りつつも言葉を選び、慎重に事情を説明しようとするアサヒ。

 その時、目の前の男は急に白けた表情になって嘆息した。

「冗談だよ、ったく」

 そう言ってナイフをホルダーに仕舞い、アサヒの肩からも手を離す。

「じょ、冗談?」

「やたらビビッてやがるから朱璃の悪ふざけに乗ってみただけだ。オメエよ、デタラメに強いんだから、もう少し度胸も付けろ」

 そう言うと、今度は嘲笑を浮かべる彼。表情の作り方が朱璃に似ている。いや、朱璃が育て親の彼に似たのか。

「な、なんだ……冗談か」

 たちの悪い冗談だ。

 息を吐き、胸を撫で下ろすアサヒ。マーカスは「そうだ、冗談だ」と笑いつつ彼と肩を組み、耳元に口を寄せた。

「とはいえ、本当に手ェ出しやがったら、もちろん殺す」

「……はい」

 ──冗談じゃなかった。声の調子から察するに実際は激怒している。冷たい殺意を突き付けられ、汗を垂らしながら頷くしかない。

 すると、その時だった──


 ガクンと、エレベーターが大きく揺れる。

 そして停まってしまった。


「えっ……何?」

「なんだ、どうした?」

「すいません、わからないです。急に停まった」

 運転士がレバーを動かして再始動させようとするものの、上から三層目まで降りて来ていたエレベーターはウンともスンとも言わない。

「故障?」

「普通に考えたらね。でも……アンタ達、ちょっとこっちに寄りなさい」

 朱璃は研究員達に奥へ移動するよう命じた。顔付きが研究者から調査官としてのそれに変化している。危険を察知したのかもしれない。

 アサヒも思い出す。かつて剣照から聞いた話を。


『──すでに知っての通り、朱璃は王太女だ。このままいけば次の女王になることが決定している身。それゆえ彼女の命を狙う輩が存在する』


 あれから二ヶ月半の間、それらしい事件は何も起こっていない。けれど、もしかしたらこれがそうなのでは? 警戒しつつ周囲を見回す。洞窟の時と同じようにシルバーホーンの眼を借りれば何かわかるかもしれないが、あんなことがあった直後なので手助けを頼む気にはなれなかった。向こうも同じなのか、アサヒを通じてこの異変を見ているはずなのに特に反応を示さない。

 代わりにマーカスが何かを感じ取った。

 いや、思い出した。

「気配が無え……無さすぎる。この感じ、まさか……」

 外にいるはずの兵士達の話し声や物音が聴こえて来ない。何かがそれらを遮断している。彼は似た空気を三年前に経験したことがあった。

「扉に近付くな……」

 そう注意してから自分は銃を構え、その扉に近付いて行く。そこだけ小さなガラス窓がついていて外が見えるのだ。

 窓を覗き込んだ彼に朱璃が訊ねる。

「異常は?」

「わからねえな……壁しか見えねえ。この箱が止まってる以外にゃ──野郎ッ!」

 突如、頭上に発砲するマーカス。その弾丸がカゴ室の天井を貫いたのと同時、上からも刃が突き込まれ咄嗟に身を捻った彼の右肩を浅く裂いた。

「チィッ!?」

「なっ……」

 槍のようなものが一瞬見えたと、そう思った瞬間にはそれは再び天井の向こう側へ引き戻されてしまう。マーカスは左手で肩の傷口を抑え、見えない敵を睨みつけた。

「何よ今の!?」

「ボウズ、扉を吹っ飛ばせ! 朱璃を連れて外へ逃げろ!!」

「!」

 迷っている暇は無い。そう判断したアサヒは指示通りドアを蹴り飛ばす。カゴ室全体が歪んで分厚い金属製の扉が千切れ飛び、壁に当たって落下した。なのに、やはり音が途中で消える。落下したそれの生じさせる音が一切聴こえなくなった。

 確信したマーカスはアサヒの背中を叩く。

「行け!」

「朱璃っ!!」

 今日三度目の抱擁。彼が朱璃を抱いて外へ飛び出した途端、マーカス達の頭上で不吉な音が響いた。金属を断ち切られた音だ。

「きゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「う、オオオオォォォォォォッ!!」

 研究員達の悲鳴とマーカスの叫びが瞬く間に遠ざかる。ワイヤーを切断され数百m下に向かって落下して行った。

「マーカスさん!?」

「緊急ブレーキがあるから大丈夫! それより来るわよ!」

 壁にしがみついた二人を追いかけ、エレベーターから離脱した敵影が迫る。その異様な姿を見たアサヒは驚愕に目を見開いた。

「なんだ!?」

「アイツ、まさか!!」

 それは無貌の黒い仮面で顔を隠した人間だった。やはり黒い袴を履き、烏帽子を被り、神職のような出で立ち。手には長刀を握っており、その刃には奇妙な紋様が描かれていた。柄も含めた全体が青白く輝く。魔素が放つ光輝とは違う色。アサヒには見覚えがある。

桜花(おうか)さん達と同じ!?)

 術士──そう呼ばれる南日本の精兵達は北日本の魔法とは異なる系統の術を使う。かつて彼を赤い巨竜の体内からサルベージしてくれた恩人達も、やはり霊術と呼ばれるそれを使う際に全身を青白く発光させていた。

 敵は鳥のように飛翔し瞬く間に二人との間合いを詰めると、空中で刃を振るった。咄嗟に朱璃を庇うよう体を入れ替えたアサヒは同時に左腕を突き出し魔素障壁を展開する。

 ところが──

「なっ!?」

 異色の輝きを放つ刃は障壁を切り裂き、彼の腕をも切断した。



「クソッタレ!!」

 マーカスは床を撃ち抜き、その穴に銃口を突き入れて連射する。弾丸ではなく風の魔法を連続発射しているのだ。少しでも落下速度を緩めるために。

「ブレーキかけろ! 急げ!」

 研究員達に対して叫ぶ。敵は朱璃達を追いかける直前、運転士の首を切りつけた。即死するほど深い傷ではないが失血と急激な高度低下の合わせ技で意識が飛んだらしい。だから他の誰かが緊急ブレーキを作動させないと全員が死ぬ。

 本来ならこれだけ速度が出ていれば自動停止システムが働くはず。なのに全く動作する気配が無い。敵が破壊してしまったのだろう。

「わ、私が!」

 手動ブレーキが生きているかは賭けだったが、研究員の一人が飛びつくように運転席に移動して緊急停止と書かれたレバーを引く。すると甲高い音と共に減速が始まり、どうにかエレベーターは墜落前に停止した。

「何事だ!?」

「何が起きたんですか!」

「誰かにワイヤーを切られて──」

 ちょうど、どこかのフロアの乗降口で止まったらしい。若干ズレはあったものの異変に気付いた兵士達が駆け付けて外扉を開け、研究員達を救助してくれた。マーカスも運転士を外へ運び出した後、斬られた右肩を押さえつつ近くの兵士に問いかける。

「ここは何層だ!?」

「え? な、七層です」

「クソッ、半端なところで!」

 最下層なら仲間達がいた。けれど呼びに行っている暇は無い。アイツが相手ではいくらアサヒがついていようと安心できるものか。あれはある意味“竜”より厄介な敵だ。

「オレぁ上へ戻る! 今すぐ警報を出せ! 野郎がまた現れたぞ!」

 忌々しい名前。久方ぶりに思い出したそれを叫ぶ。

人斬(ひとき)(つばめ)だ!」

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