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人竜千季  作者: 秋谷イル
第二部

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二章・逢引(1)

 地下都市・秋田は北日本の王都だ。一八〇年前までは仙台がその役割を果たしていたのだが、大震災により半分が崩落。やむなく遷都することとなり、当時最も保全状態の良かった秋田市が選ばれた。

「おお……」

 久しぶりに対策局の敷地から出たアサヒは、広い歩道を歩きながらおのぼりさん丸出しで周囲の風景を見回す。地下都市内には無数の柱が等間隔で並んでいるのだが、旧時代、あれらのうち半分は限られた空間を最大限活用するための居住施設や商業施設になっていた。今も一部は住居として使われているのだろうか? 遥か上方に洗濯物が干されている柱も見えた。

 都市中央部には柱以外にも高層建築が林立しているのだが、このあたりは内縁部、つまり端の方なので背の低い建物が多く広々としている。

(気持ちいいけど、なんかうるさいな?)

 さっきからひっきりなしに槌の音が方々から聴こえてきていた。建物や地下都市の天井に反響しているため正確な位置は特定できないが、どこかで大掛かりな工事をしているらしい。

 落ち着きのない彼を朱璃(あかり)が叱りつける。

「キョロキョロしない。悪目立ちするでしょ」

「あ、ごめん。でもさ、この街に来た時も驚いたけど、本当にカラフルだね」

 彼の言葉通り、秋田の市街地は色彩豊かである。地下空間でのストレスを軽減する政策の一環として年に一回、全ての建物を鮮やかに塗り替えるからだ。住民の中には塗り替え直後から翌年の構想を練り始める者までいるという。

 ペンキの原料には主に虫や食品廃棄物が用いられる。潰して色素を抽出し、動物の骨や皮から作った膠とその他いくつかの材料を混ぜて完成だ。廃棄物の量を減らせる上、製造に時間と人手を要するものだから働き口は逆に増やせる。労働もこの閉鎖環境で生きていく上では重要なのだ。やることが無いと人の心は容易く倦む。なるべく全ての人間に仕事を与えるため、歴代の王や議員達は知恵を絞って来た。

 アサヒの両目より上に視線を向け、からかう朱璃。

「アンタの頭も負けないくらい派手よ」

「そう言う朱璃はいつもより地味だね」

「言うじゃない」

(げっ)

 単に見たままを言っただけなのだが、たしかに挑発的に聞こえたかもしれない。青い瞳がカッと見開かれたのを見て冷や汗をかくアサヒ。

 彼は金髪のカツラを被っており、朱璃は黒髪のカツラを着用していた。さらに二人とも伊達眼鏡。朱璃は王太女でアサヒは初代王の模倣体。当然、二人とも大勢に顔を知られている。そのため変装してきたわけだ。

「ユウヒ、彼女はルリだ」

「あ、すいません」

 大谷に、いつも通り呼んでしまっていたことを指摘され、ようやくミスに気付く。自分はユウヒ、朱璃はルリと偽名も決めておいたことを忘れていた。

 大谷自身は戦闘服のまま二人の後ろを歩いている。朱璃は彼女の親戚で、秋田市にしかない高校への入学が決まった。しかし、ここしばらく病気にかかって入院していたために入学が遅れた。アサヒは病み上がりの彼女を案じた両親に頼まれ、付き添いを引き受けた幼馴染。普段は山形で兵士をしている。そして大谷は二人のため許可を貰い、午前中だけ市街地を案内することになった。そんな設定。

 まるでスパイだ。こういうのは初めてなので、アサヒの気分が若干浮ついてしまうのもしかたのない話ではある。

「でもさ、全然人がいないね?」

 せっかく変装して偽名や設定まで考えて来たのに、通りはどこも閑散としていた。ゴーストタウンかと思うほど人の姿が見当たらない。

「そりゃ今は労働時間だもの、市民の大半はそれぞれの持ち場で働いてるわ」

「ああ、そっか」

 言われてみれば当たり前のことだ。皆が働いている時間に、こんなにのんびりと散歩していいのだろうか? 今さらながらに罪悪感が湧き上がる。

 一方、朱璃は全く気にする様子が無い。

「このあたりは対策局関係の施設が多いから、なおさら人はいないでしょうよ。研究員は屋内にこもりっぱなしだし、調査官の大半は地上に出ているからね」

「なるほど」

「ついでに言えばウチは規模の小さな組織なの。権限はそれなりにあるけど、職員の数は四〇〇人もいないわ」

「どうして?」

「調査官が次から次に死ぬもの」

「……」

 今度は気軽に「なるほど」などとは言えなかった。脳裏に、福島で自分達を助けて命を落とした恩人の姿と言葉が蘇る。



『過酷な世界ではあるが、悪いことばかりではない。是非、楽しんでくれ』



「楽しんで、か」

「なに?」

「いや、えっと……逆に、一番人口が多いのは農業関係なんだっけ?」

「そうよ。ちゃんと宿題はしてるみたいね」

「しないと怒るだろ」

 苦笑するアサヒ。秋田に入る許可を得るまで福島で待機していた時から、目の前の少女に知識を身に着けろと言われ、色々と勉強させられている。おかげでそれなりに今の世界に詳しくなれた。

 たとえば、現代の教育システムは“伊東 旭”が学生だった旧時代末期のそれを参考にしているそうだ。多分、彼が初代王だったからだろう。

 小学校では生きる上で最低限必要な基礎知識を学ぶ。国語、算数、魔素に関する情報を加えた理科。王国の政治形態や歴史、そして地下都市の外にどんな危険な世界が広がっているかも教えなければならない社会。音楽、図工、家庭科に道徳。多少違いこそあるものの、この時点では二一世紀前半と大きな違いは無い。

 だが、その先は異なる。現代の子供達は小学校の六年間で個々の素養を測られ早々と将来の職業を決められてしまう。伊東 旭の学生時代もそうだった。そこに本人の意志が介在する余地は無い。

 中学校に上がると適正に合わせたコースへ振り分けられる。優れた身体能力や命令に対する従順さが認められれば兵士養成科。運動神経に多少の問題があっても体力が人並みで我慢強い性格だったら農業科。身体が弱くても手先が器用であれば技術職を目指すことになる。

 例外として、なんらかの突出した才能が認められれば高校へ進むことが許される。現在、高校が秋田市にしか無いのは生徒が少ないからだ。一学年に十数人だけなので校舎一つで間に合ってしまう。

 ちなみに朱璃は飛び級で九歳の時に高校に入り、一年で逆に教師に教える立場になってしまったため自主的に退学。その後、最初は研究員として特異災害対策局に入り一二歳になる直前に調査官採用試験を突破。半年間の研修を経て班長となった彼女は即座に星海班を結成。以来、研究員と調査官の二足のワラジで活動している。

「農業エリアは街の北。ここの反対側ね。都市外周部の七割を使って生産を続けている。高級住宅地の一部を潰して昔より田畑を拡げたのよ。労働時間中は市民の四割がそこ。子供は中心部の学校で勉強。あるいは兵士になるための訓練。

 農業の次に人口が多いのは軍ね。陸軍と海軍の二つに分かれている。陸軍の主な仕事は都市防衛と山林での食料調達。地下都市内の治安維持も担当。海軍は、前にも言ったはずだけど漁業に勤しんでるわ。軍艦を使って魚を獲るなんて昔の人間に聞かせたら笑うかもね。でも、そうしなければならないほど危険なの。理由はもう知ってるでしょ?」

「海中は陸上より魔素の濃度が高く、生物が変異・大型化しやすい……だよね」

「その通り。天候が悪化して海面に落雷があれば、陸地より大規模な“記憶災害”が発生する可能性も高い。だから海兵の死亡率は調査官に次ぐと言われている」

「凄いな……」

 そんな危険な環境でも漁には出るのか。これから魚介類を食べる時には海兵の皆さんに深く感謝すべきだろう。

「まあ、何種類かの海洋生物は養殖に成功しているし、将来的には無理に漁へ出る必要は無くなるかもしれないわ」

 朱璃はそう言った直後、足を止めた。つられて立ち止まったアサヒは目の前にあるものを見上げる。

「さて、到着したわ」

「到着って……柱?(ピラー)

 さっきも眺めていた地下都市の天井を支える巨大構造物。どうやら朱璃が目指していたのはこの場所らしい。

「ここで何するの?」

「とりあえず中に入るわよ。外じゃ人目に付くわ」

 見られたらまずいようなことをするのか。いいのかなと大谷に視線を向けると、彼女はいつも通り落ち着いた表情で佇んでいた。高い能力があっても王族への忠誠心が認められなければ入隊できないという王室護衛隊。その一員である彼女は、朱璃の判断に口を挟むつもりが無いのかもしれない。

(いや、でも研究室を出る前に止めようとしてたな)

 単純に朱璃を相手に問答しても勝てないと諦めているだけかもしれない。大半の人間がそうであるように。

「ふんふんふ~ん」

 鼻歌混じりに閉鎖されていた入口を開錠する朱璃。何故か鍵を持っていたようだ。もちろん、最初からここに来るつもりだったなら用意しておくだろう。けれど正規の手段で手に入れたものなのかは気になる。

「よっ、と」

 彼女のかけ声と共に、重そうな分厚い扉が軋みながら横へスライドする。二〇〇年以上放置されたことで相応に錆びていたらしい。それをあの細腕でこじ開けるものだから一瞬ビックリした。

(そういえばこの子、けっこう力持ちなんだった)

 ここしばらく平和な地下暮らしだったため忘れかけていたが、現代人は魔素の影響により旧時代に比べて大幅に身体能力が向上している。だから朱璃も魔素が無かった当時の平均的な成人男性より力が強い。前に鉄筋を素手で曲げた時は若干引いた。

「ほら、早く入って」

「うわ、暗い」

「私が先に立ちます」

 これまでは後ろをついてきたが、ここから先は何があるかわからない。護衛として前に出る大谷。朱璃も素直にそれを受け入れ、魔法で照明を生み出しながら前方を指差す。

「向こうに明るい場所があるでしょ、そこまで行くわよ」

「はい」

 彼女の指示通り、周囲の状態を慎重に見極めながら進む大谷。その少し後ろをついて行くアサヒと朱璃。特におかしなところは見当たらない。いや、ほとんど昔のままなのがむしろ異常ではある。

「なんか、意外と綺麗だね……」

「彗星の衝突に備えて造られた都市だもの。建物一つとっても高い耐久性と気密性が保たれているわ。まあ、完璧じゃなかったようだけど」

 何かを見つけた朱璃はしゃがみ込み、それをつまんでアサヒに向かって放り投げる。

「はい」

「ん?」

 反射的にキャッチした彼は次の瞬間、慌ててそれを振り払った。

「ひいっ!?」

「どうしました!?」

「なんでもない、ただの蜘蛛よ」

 悲鳴を聴いて振り返った大谷に手を振る朱璃。アサヒは今しがた払った手の平サイズの蜘蛛がどこかへ逃げていくのを見送りつつ、ようやく抗議の声を上げる。

「虫を投げるなよ!?」

「アレには毒なんて無いけど?」

「そ、そういう問題じゃないっ」

「情けないわね、なに? 虫が怖いの?」

「ぐっ……」

 年下の少女が平然としているのに正直に「怖い」と答えるのは気が引けた。同時にあることを思い出す。

(朱璃には恐怖心が無いって、カトリーヌさんが言ってたな……)

 福島の戦いの後で知ったのだが、朱璃はどんな危機的な状況であっても全く恐れを感じないらしい。他の感情は有しているのに何故か恐怖心だけ欠落しているのだそうだ。

 それは危ういことだと思う。朱璃の友人だという彼女も言っていた。恐怖心があるから人は立ち止まれる。危機を回避できる。朱璃は賢いから恐怖を感じなくても危険を危険と認識して立ち回ることができているが、それでも誰かが見ていてやらないと、いつかどこかで見誤るだろう。踏み込んではいけない場所へと踏み込んでしまう。


『だからな、アサヒ君もあの子のこと、ちゃんと見といたってな』


 女王が自分を朱璃の護衛にした理由の一つもそれだった。アサヒは周囲の暗がりをおっかなびっくり見回し、どうかここがその踏み込んではいけない場所じゃありませんようにと祈る。子供の頃、母と一度だけ行った遊園地。そこでの思い出が蘇る。彼はあの時、強がって一人でお化け屋敷に入った挙句、結局は盛大に泣き喚いて母の元へ逃げ帰った。眼光鋭く体格にも恵まれていたくせに臆病な子供だったのだ。正反対の少女にブレーキをかける役としては適任かもしれない。

 やがて三人はピラーの中心に辿り着く。多分旧時代には多数のテナントが入る商業施設だったのだろう。オリジナルの自分が同じような場所で仕事していたことがあるため、構造に見覚えがあった。この記憶が確かなら中心部は最上階まで続く吹き抜けになっていたはず。実際にそこだけ少し明るい。朱璃が目指していたのもそこだ。

 けれど、今は上から射し込む光の大半が遮られてしまっていた。何故なら──

「蜘蛛の巣だらけだ……」

「空気の流れの通り道になってるからよ。獲物がかかりやすくて、蜘蛛はそういう場所に巣を張るの」

「殿下、ここで何を?」

 大谷の問いかけに顎をくいと上げ、頭上を示す朱璃。

「最上階まで行くわ。アサヒ、アタシ達を抱えて跳びなさい」

「え?」

「アンタの力なら、ついでにこの蜘蛛の巣も散らせるでしょ。階段を使うよりここの方が近道なの」

「いや、えっと……」

 自分は構わないが大谷はどうなんだろう? アサヒが彼女を見ると、大谷は問いかけるより先に「いいですよ」と答えた。

「まあ、そういうことなら」

 短い逡巡の後、アサヒは二人にそれぞれ右手と左手を差し出す。

 そして久しぶりに、彼だけが持つ特別な“力”を解放した。

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