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人竜千季  作者: 秋谷イル
第二部

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一章・血族(1)

 ──彼等との出会いは、八週間前のあの日だった。


「というわけで結婚するわよ、アサヒ!」


 小柄で気の強そうな赤毛の少女が、いきなりアサヒに口付けた後、そう言って袖で涎を拭った。澄ましていれば愛らしい顔立ちなのに、この時は腹を満たした獣の如き様相で笑っていた。

「よろしい、認めます」

 現女王である彼女の祖母も、あっさりとその宣言を認めてしまう。アサヒ自身が望んでおらず、事前に何の話も聞かされていなかったというのに。

 自分の意思を無視された形での突然の婚約。謁見の間に並ぶ王室護衛隊の隊士達がざわつく中、予想外の急展開に呆然としていた彼は、気が付けばいつの間にか別室へ案内されていた。それも朱璃(あかり)達から引き離され一人になってしまっている。

 我に返り、心細さに襲われた彼を見据え、案内の兵士は「どうぞ、中へ」と促す。すでにドアは開かれていた。上の空だったので、どうしてここへ連れて来られたのかを全く覚えていない。当然躊躇したのだが、目の前の兵士に「お早く」と厳しめの口調で急かされてしまったので反射的に踏み出した。

「──」

「へえ」

「来たか……」

 上品な壺や絵画で適度に飾られたその室内には、すでに四人の先客の姿があった。長方形の座卓を囲む形で三人掛けのソファが左右に一つずつ。そして手前と奥に一人掛けのソファが、やはり一対。計八人分の席が配置され、左右と奥に年齢のバラバラな男女が一人ずつ腰かけている。さらに左の壁際にはメイド服を着た黒髪の女性も立っていた。この時はまだ名前を知らなかったが、後に長い付き合いとなった小畑 小鳥である。

 奥の椅子に座っているのは白髪混じりで右頬に大きな古傷がある壮年の男だ。いかにも偉い人だとわかる雰囲気を醸し出しており、教科書で見た日本軍の将校風の軍服を着込んでいる。席の位置から考えてもこの場で最も身分の高い人間だろう。

 一方、右のソファに腰かけているのはどこかで見たような顔の三十代くらいの女性だった。どこかの誰かのようにベーシックな黒いスキンスーツだけを装着している。背が高く均整の取れたプロポーションの持ち主なのでアサヒは咄嗟に視線を逸らした。本当に女性が着ていると目のやり場に困る服だ。

 また、左の人物も良く見知った人間と似た顔立ちだった。おそらくは自分よりも年下の少女。別人だという確信が持てず、慎重に問いかける。

「朱璃……?」

 彼女の顔は星海(ほしみ) 朱璃と酷似していた。先程突然自分の婚約者になってしまった、あの少女だ。しかし、どこかが違う気もする。アサヒが眉をひそめつつ見つめると、少女だと思っていた相手は存外低い声で彼の誤解を否定する。

「いやいや違うよ。良く間違われるけどね」

「え? あれっ? 男の子?」

「そう、君と同じさ」

 ニヤつきながら頷く少年。その笑い方も良く似ている。朱璃の兄弟だろうか?

(あっ)

 次の瞬間、アサヒはもう一つ気が付いた。中央の男の白髪に混じる数本の束も、右の女の頭髪も、どちらも少年と同じ色。壁際の侍女と自分以外、全員が夕焼けのような赤い髪の持ち主だと。

(この人達、もしかして)

 こちらが素性を察したタイミングで、男が切り出す。

「良く来てくれた、まずは座りたまえ。互いに名乗るのはそれからにしよう」

「あ、はい」

 警戒しつつも促されるまま手前の椅子へ腰を下ろす。背後ではドアが静かに閉ざされた。同時に壁際で控えていた女性が音も無く動き出し、洗練された手つきでお茶を淹れ、彼の前に置く。

「どうぞ」

「あ、どうも、いただきます」

 緊張で喉がカラカラになっていたところだ。ありがたく一口啜る。ズッと音を立ててしまうアサヒ。正面の男の眉がいきなり持ち上がった。

(しまった……)

 冷や汗を垂らしつつそっとカップを置く。今のはやはり無作法だったろうか? そもそも、この一番偉そうな人の承諾を得てからでないと口をつけてはいけなかったのかもしれない。結果的に茶を飲んだことでかえって緊張の度合いが増してしまった。

 うろたえる彼を、けれど男は咎めない。ただ、少しばかり瞳に失望の色が浮かぶ。

 そして、そんな彼を左の少年がたしなめた。

「父さん、その態度は初代王に失礼じゃないかな」

 どうやらこの二人は親子のようだ。

「彼は伊東(いとう) (あさひ)ではない」

 男はそう言って右手を上げ、軽く動かす。すると小畑は小さく頷き、何も訊かず部屋の外へ出て行った。どうやら人払いの合図だったらしい。入口に立っていた兵士も彼女と共に退室する。

 部屋の中が着席している四人だけになったところで、男は再び口を開く。

「この部屋は防音が効いている。外には見張りが立っているが、大声さえ出さなければ中の会話が聞こえることは無い」

「はあ……」

 何か後ろめたいことでも話すのだろうか? 訝ったアサヒを見て男は再び眉根を寄せ、少年はプッと吹き出す。

「なんとも純朴な性格だね。伝承では高材疾足(こうざいしっそく)、知と勇を兼ね備え、なおかつ仁徳溢るる完璧な王だったと謳われているのに」


 王? さっきもそうだったが、自分をそう呼ぶということは──


 アサヒの疑念に対し、二人は同時に首肯した。

 直後、それまで黙っていた右の女がやっと発言する。

「君が何者かは承知している。だが一応確認させてもらおう。君は初代王の模倣体で魔素(まそ)によって全身が構築された生物型記憶災害。通称はアサヒ。間違い無いな?」


 ──やはりか。この三人は自分が伊東 旭を再現した記憶災害だと、すでに知っているらしい。なら隠す必要も無い。アサヒも頷き返す。


「その通りです……それで、あなた達は?」

 予想はついていたが、やはりこちらも確認のつもりで訊ねてみた。すると奥の男が最初に名乗りを上げる。

「星海 剣照(けんしょう)。現女王陛下の甥で元帥に任命されている」

「げんすい……?」

「ようするに軍事のトップだよ。陸軍・海軍それぞれに大将がいるけど、うちの父さんはその両方の上役だ。護衛隊だけは王の直属だけれどね」

 不慣れな軍事用語を聞いて戸惑っていると、少年が親切に解説してくれた。なるほどと納得しつつ彼の父・剣照を見る。するとこちらは何故か叱責するかのような厳しい眼差しを息子へ向けていた。

「お前も名乗れ」

「ああ、ごめんごめん。アサヒ君もすまないね、たしかに自己紹介が先だった。僕は開明(かいめい)。君は初代王の一七歳当時の姿を再現しているというから、こっちが一歳下だ。僕は軍人でも調査官でもない、ただの学生だよ。この場には王族の一人として同席しているだけ。さっきも間違えられたが朱璃とは“はとこ”同士で、君とも親戚ということになる。これからよろしく」

「あ、どうも」

 差し出された右手を素直に握り返すアサヒ。開明と名乗った彼は女の子のような外見をしているが、この手の平も柔らかくて華奢だ。思わずドキッとしてしまう。

(それに、やっぱり似てるな……)

 髪を伸ばせば、ぱっと見では朱璃と見分けられない。親戚とはいえ男女でここまで似るのは稀ではないだろうか?

 似ていると言えば、こちらも──右に顔を向け、残る一人へ注目した。彼女はアサヒの視線に気が付き、ようやく自らを語り出す。

神木(かみき) 緋意子(ひいこ)。特異災害対策局の局長だ。先日の福島の一件では、うちの者達が世話になった」

「あ、はい、こちらこそ、お世話に……」

 あれ? 頭を下げられ、下げ返しつつ、予想が外れたことに戸惑うアサヒ。話の流れから彼女も王族ではないかと思ったのだが、姓が異なる。

 直後、再び開明が含み笑いを漏らした。

「ふふ、緋意子おばさん、肝心な言葉が抜けていますよ。あなたは朱璃の母親でしょう」

「えっ、朱璃の!?」

 一度は他人だと思い込んだせいで驚いてしまったが、自己紹介される前に予想していた通りの人物ではあった。血縁が無ければここまで朱璃と似ているはずもない。

「……」

 目を見開いたアサヒに凝視され、それでも眉一つ動かさない神木。鉄面皮のまま平然と言い放つ。

「すでに親子の縁は切った。あれと私は上司と部下の関係でしかない」

「……は?」

 あまりの言い様にアサヒは鼻白む。しばらくの間、目の前の相手が何を言ったのか理解できなかった。


 縁を切っただって? まだ一五歳の子と?

 なら、二人の姓が違うのは──


「神木というのは亡くなられた旦那さんの姓だよ。娘とは縁を切れたのに夫との繋がりは断ち切れないらしい。未練がましいね」

 冷笑を浮かべ、嫌味ったらしく言葉をぶつける開明。しかし、それでもやはり緋意子の表情は変わらない。剣照も我関せずという態度で黙っている。いったいどうなっているんだ、この一族は?

(俺の子孫なのに性格の悪い人ばっかりだ……)

 自分の遺伝子が悪かったのだろうか? それとも記憶に無い配偶者の方? まだここに連れて来られた理由さえわからないのに、早くも気が滅入り始めた。

「そろそろ本題に入ろう」

 神木に助け舟を出す、というより、興味の無い話を打ち切ったかのような態度で話題を変える剣照。他の二人も一旦切り替えた様子で、それぞれの顔をアサヒに向けた。

 急に三者に注目され、再び緊張で固まってしまう彼。

 剣照は厳しい顔付きのまま、そんなアサヒをまっすぐ見据えた。

「まずは、突然の婚約発表に驚いたと思う。それについて説明しよう」

(あれ?)

 拍子抜けした。てっきり自分の抱える爆弾のことや初代王の記憶について問われるものだと思っていた。いや、たしかにそれも知りたかった話ではあるのだけれど、優先順位の付け方がおかしくないか?

 アサヒが訝り、首を傾げても、剣照は構わず説明を続けた。

「端的に言うなら、陛下は君に三つの役割を期待している。そのため朱璃の婚約者という立場を与え、自然に近くにいられるよう配慮なされた」

「役割?」

 つまり自分達の婚約はそれを支障無くこなすための建前? 本当に結婚させられるわけではないのかもしれない。アサヒは少しだけホッとする。


 ──朱璃のことは嫌いじゃない。嫌いなんじゃなくて怖い。なにせ初対面でいきなり拷問にかけられた相手だ。その後も散々な目に遭わされている。苦手意識を持たない方がおかしい。あの悪魔っ子と結婚したら夫婦であることを口実に今まで以上に無体な実験を強要されるかもしれない。


『ダーリン、アンタが毒にどれだけ耐えられるか試したいから、今日の夕飯は猛毒尽くしのフルコースよ。さあ、まずは青酸カリ入りのスープから召し上がれ♪』


(……うわあ)

 青ざめるアサヒ。自分で想像しておいてなんだが、本当にやりかねないから怖い。彼女はどうもこちらを実験動物(モルモット)か何かとしか認識していないようだし。

「まず、一つ目」

 アサヒが嫌な未来を想像している間にも、やはり剣照はそのまま話を続けていた。こういう他人の顔色を窺わないところは流石親族。朱璃と似ている。

「朱璃を護衛してもらいたい」

「護衛?」

「すでに知っての通り、朱璃は王太女(おうたいじょ)だ。このままいけば次の女王になることが決定している身。それゆえ、彼女の命を狙う輩が存在する」

「!」

 ピンと来たアサヒの脳裏にある男の顔が浮かんだ。容疑者としてではなく朱璃を守る側の人間として。

(マーカスさんがいつもピリピリしてるのって、ひょっとすると朱璃がそういう人達に狙われてるからなのか……?)

 ベテラン調査官のマーカスは朱璃の亡き父親の親友で彼女にとっては育ての親でもあるそうだ。いつも傍にいて守っているのは親心からだと思っていたのだが、どうやらそれだけではないらしい。

「あの、護衛ならマーカスさん達がいるんじゃ?」

 わざわざ半分怪物の自分に頼らなくても、朱璃の傍にはマーカスを始めとした星海班の仲間がいる。彼等なら相手が“竜”でもない限り彼女を守り抜けるだろう。

 アサヒの言葉に剣照は小さく頭を振る。

「もちろん彼等にも、その役割は期待されている。しかし、あの娘は自ら好んで人の手に余る危険へと近付いて行くだろう?」

「ああ……」

 それもそうか。特異災害調査官の任務は記憶災害の調査。そして再発に備えた対処法の研究。朱璃の場合、そこからさらに一歩進んで生物型記憶災害の打倒を目指している。父を“竜”に殺されたからだ。彼女は復讐のためなら躊躇無く自分の生命を賭ける。剣照達が心配しているのはそれか。

 たしかに自分なら“竜”が相手でも対抗できる。なにせ自らも“竜”なのだから。アサヒは頭を掻きながら訊ねた。

「じゃあ、朱璃達が地上へ行く時には、俺も?」

「そうなる。君には可能な限り彼女の身の安全を確保して欲しい。そのためならば彼女の指示に背いたとしても許されるだろう。これは女王陛下からの要請だからな」

「なるほど……」

 朱璃より立場が上の女王からの頼みとなれば、朱璃の命令に逆らったとしてもこちらの立場が悪くなることはない。後でフォローしてもらえる、という意味だと解釈した。

 とはいえ朱璃のことだ、場合によってはかなり怒るだろう。まだよく知らない女王よりどちらかといえば彼女の怒りの方が怖い。

(いや、守るよ? そりゃ俺だって、あの子が危なかったら守るけどさ……)

 なんでだろう? 自分の方が絶対に強いはずなのに、自分に守られている朱璃の姿を上手く想像できない。むしろ、ことあるごとにこちらが助けられそうな気がする。

 まあ、それはともかくとしても、彼等の提案には一つ大きな問題点があった。肝心な報告が届いていないのだろうか?

「あの、聞いてませんか? 俺は変異種や竜を引き寄せる体質なんですけど……」

「無論、知っている」

 答えたのは朱璃の母親だという神木。

 冷徹な眼差しをアサヒに向け、だからどうしたとでも言わんばかりの表情で回答する。

「それはそれで都合が良いと判断した。あの子の目的を考えれば変異種や生物型記憶災害と戦う機会が増えることは、むしろプラスに働く。たとえその結果、命を落としたとしても本望だろう。本人が望んだことの末路だからな」

「……」

 絶句するとはこのことか。今度こそ完全に言葉を失うアサヒ。本当にこの人は子を持つ親なのか? 自分の母とのあまりの違いに怒りすら湧いてこない。まるで別の世界から来た生物だ。朱璃に対して抱いているのとは別種の恐怖と嫌悪感を感じ、早々にこの場から離れたくなる。

 しかし剣照の言葉に引き留められた。

「……誤解無きように言っておこう。我が国における王とは権威の象徴にあらず。民を守り、導ける強者でなければならない。緋意子の言い方は悪かったが、朱璃が次代の王を目指す以上、常に実績を求められる。そしてこれは君の責任によるところも大きい」

「俺の?」

「初代王が絶対的な強者だったからこそ、民は次の王にも同様の資質を求めた。そのため我々王族は代々“武”に重きを置いてきたのだよ」

 そう言いつつ、彼が見つめた先には息子の開明がいた。明らかに“武”という言葉からかけ離れた容貌の線の細い少年。もしかしたら彼は王族として失格だと見なされているのかもしれない。

「朱璃の場合まだ幼く、武人としては未熟。だが、あの頭脳と執念が生み出すものは現状を打破する鍵となるやもしれん。だからこそ女王陛下に王太女として選ばれた。ならば朱璃にも、その期待に応える義務がある」


 なるほど、話はわかった。

 けれど理解はできても納得はできない。いくら理由があるからといって一五歳の少女を過度の危険に晒していいのか?


(まあ、本人は喜ぶだろうけどさ)

 ああ、つまりはそういうことか。あの年齢で特異災害調査官という危険な仕事に就いているのも、彼女自身が望んでいて、周囲に止めるつもりが無いからなのだ。

 国のトップに立つ者達が揃ってその調子では誰も口を挟めまい。

(本人からして、周りが心配したとしても、余計なお世話だって返すんだろうしな……)

 モヤモヤしたアサヒは気を取り直すため、もう一度お茶に手を伸ばす。

 彼がそれを口に含んだタイミングで、今度は開明が告げた。

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