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人竜千季  作者: 秋谷イル
第一部

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九章・人竜(2)

「な、何が……」

「どうなっている……?」

 予想外の展開に呆然とする友之とカトリーヌ。マーカスとウォール、そして福島に駐留していた兵士達も言葉を失い固唾を飲む。視線の先には新たに出現した赤い巨竜。


 あの竜は、敵か味方か?


 判断が付かず戸惑っている彼等の中で、唯一、朱璃だけが憎悪に満ちた瞳を向ける。

「まさか……!!」

 その視線を受け、巨竜はフンと鼻を鳴らした。

 返すぞ、と“半身”に告げる彼。

 すると巨体が縮小し再びアサヒの姿を形作った。ただし完全に元通りではない。皮膚の半分以上を赤い鱗に覆われ、背中には翼を生やした人と竜の中間の姿。

 羽ばたき、ゆっくり地上に降りた彼の眼前には朱璃がいた。

「っと!?」

 翼のせいでいつもと重心の位置が違ったのだろう。ぬかるんだ地面に足を下ろした途端、バランスを崩してずっこけるアサヒ。

「いててて……」

「な、なんだか……」

「ああ……」

 姿はともかく、中身は普通の少年のようだ。泥だらけになった彼を見てほんの少しだけ場の緊張感が和らぐ。

 立ち上がった彼はバツの悪そうな顔で朱璃を見つめた。彼女も全身泥だらけ。そんな少女に何かを言おうとして、けれど切り出し方がわからず戸惑っていると、相手はウエストポーチから小瓶を取り出した。そして中身を一気に飲み干す。

「ぷはっ」

 苦々しい顔で空き瓶を投げ捨てた彼女は銃を構える。銃口をアサヒの胸に押し当て問いかけた。

「どういうこと?」

「えっと……」

 本当に、なんと説明したらいいものか。アサヒはようやく自分が何者であるかを完全に思い出していた。たった今、赤い巨竜に変身したことによって。

「簡単に言うと……俺は、伊東 旭の記憶と人格、それからアイツの……赤いドラゴンの記憶と人格も持ってるんだ」

「なっ!?」

 衝撃の告白を聞き、マーカス達も銃を構える。語られた話が事実なら目の前にいるのは人類の英雄であり、同時に天敵。間違いなくこの世で最も危険な記憶災害の一つ。

「まあ、そうなりますよね……」

 その場にいた全員に銃口を向けられ、アサヒは敵意が無いことを示すため両手を上げる。背中の翼が消え、上半身の鱗も剥がれ落ちた。ただ爆発のせいで服が弾け飛んでしまったため、やむなく下半身の鱗だけ残す。半分ドラゴンだと言っても全裸は嫌だ。

 彼の些細な葛藤などお構いなしに朱璃は話を続ける。

「南の術士達の仕業?」

「気付いてたんだ」

 彼女の言葉に、彼の方が逆に驚かされた。教える前にそれを言い当てられるとは思っていなかったから。

 でも、その言い方には語弊がある。南日本の術士、つまり桜花達にとっても、この結果は予想外だったろうから。

 これから語るのは桜花達から教えられた話と、自分なりの推測。


「あいつには七年に一度、休眠期があるんだ」


 南日本は“伊東 旭”がシルバーホーンに取り込まれた事実を知っていた。昔、彼の方から協力を頼んだのだそうだ。


『母を奴の体内から救い出したい。手を貸してくれ』──と。


 結局、作戦は失敗に終わり、旭自身もシルバーホーンに取り込まれてしまった。だが術士達はなんとか彼を救い出そうと挑戦を繰り返し、その過程で休眠期という安全に接触できるタイミングがあることを知った。

 彼等は休眠期が訪れる度にシルバーホーンに干渉し、旭をサルベージしようとしてきた。そして近年ようやく彼の意志と接触することに成功した。桜花という類稀な才能の持ち主が生まれたことにより。

 ところが、彼の肉体はすでに完全にシルバーホーンと融合してしまっていたため切り離すことは不可能だった。そこで別のものに彼の人格と記憶を移植し、体外へ排出する計画を立てた。

 正確には、そういう作戦を旭自身が立案した。依代として最適なものがあるからと。


「この体がそれ……俺は、あのドラゴンの“心臓”に“伊東 旭”の記憶と人格を移植して再現させたものなんだ」


 計画は成功した。休眠期から休眠期の間、本物の旭は自身の情報を“竜の心臓”に転写し続け“もう一人の自分”を作り出した。桜花達がそれをサルベージすることにより英雄は現代に蘇った。

 しかし、思わぬ誤算も生じていた。


「俺には何故か、オリジナルの記憶の大半が無かった」

 伊東 旭が七年かけて転写したはずの記憶のほとんどが失われ、力の使い方も戦い方も全く覚えていない。そんな役立たずが生まれてしまって彼女達を大いに落胆させた。

 さらに──

「あいつは“心臓”を奪われたことで弱体化したけれど、同時に、危険を感じて休眠期の最中だったのに目を覚ました。しかも俺の位置を把握できるみたいで、どこまで逃げても俺達を追って来た」

 そしてあの筑波山に到った。桜花達は全滅しながらもアサヒを守り抜き、山頂付近でシルバーホーンと戦うことにより近くにいた朱璃達へ彼の存在を報せ、託した。

 一度あの竜が撤退したのは、桜花達の死を目の当たりにしたアサヒが怒りに任せて力を放ち、大きなダメージを与えたからである。朱璃達が目撃した光柱はその時のもの。

 だが、おそらく桜花のおかげでもあったのだろう。あの爆発の中で助けてくれたように、彼女はわざとシルバーホーンの中に取り込まれることで内部から奴の精神に干渉していたに違いない。


 もう一つ、大きな誤算があった。

 これはきっと桜花達も知らない。


「さっきも言ったけど、この体の中にはあいつの記憶と人格もある。あいつの“心臓”を核にしたからだろうね。だから、撃ってもいい」

 朱璃を見つめながら語りかける。彼女にはその権利がある。父の仇を討ちたいなら、この中の“竜の心臓”に向かって引き金を引けばいい。彼女の“魔弾”なら十分に高密度魔素結晶体を破壊できるはずだ。

 当然、こちらの体に宿ったシルバーホーンの人格が体を返せと訴えてくる。けれど彼はそれを抑え込んだ。基本的に肉体の支配権は自分の方が上らしい。これまで何度かピンチに陥った時に暴れさせてしまったが、今後は意識を失いでもしない限り、こいつの自由にはさせない。

 火の手から逃げて来たであろう鳥が一羽、頭上を旋回して甲高く鳴いた。

 直後にアサヒは、もう一度語りかける。

「撃つ?」

「……ッ」

 彼女は一瞬、引き金を引きかけて──やめた。


 気に喰わない。気に入らない。

 上から目線に腹が立つ。


「偉そうな口を利くな。決めるのはアンタじゃない。アタシが何をどうするか、決めてもいいのはアタシだけよ」

 でも、と彼女は皮肉っぽく口の端を吊り上げる。

「今の話を聞く限り、アンタまだ生後数日の赤ちゃんなのね? なら仕方ないわ、ここはアタシが大人になってあげる。お子ちゃまに選択権を譲ってやるわよ。

 さあ、選びなさい。ここでアタシに撃たれて死ぬか! それとも王都で実験台になって、人様の役に立ってから死ぬか!」

「それ、どっちみち死ぬやん?」

「しかも二択なんスか」

 カトリーヌと友之が冷静にツッコんだが、朱璃は当然のように無視した。

 彼女は嗜虐的な笑みを浮かべながら銃口を押し付け、返答を促す。

「自分で決めなさい。アンタ次第よ。どうする?」

「……俺次第か」

 そうだった、さっき決めたじゃないか。自分の歩む道は自分で決めると。なのにこの子に選んでもらおうなんて、どうかしていた。


 ──頭上を見上げる。かつての東京の夜空とは比べ物にならないほど多くの星々がそこに瞬いていた。中央に亀裂が走り、眼球のような不気味な姿になってしまった満月も見える。あれに彗星がぶつかったことが全ての始まり。

 雨でぬかるんだ地面の冷たい感触が気持ち良い。シルバーホーンの放った炎のせいで森が燃えていて、風に乗って焦げ臭い匂いが運ばれて来る。

 獣の遠吠え。虫の羽音まで聴こえる。誰もが息を潜めて彼の返答を待つ静かな一時。視線が自分一人に注がれていた。皆が待ってくれている。

 小波の後ろに乗って馬上から見渡した、たくさんの景色を思い出す。短い間だったけれど、あの旅は楽しかった。真司郎から貰ったスープの味は、死ぬまで絶対忘れられない。

 桜花達と逃げていた時も、朱璃達と旅をしていた時も、そして今も、自分の目にはこの世界の全てが新鮮に映る。朱璃の言った通り、伊東 旭とシルバーホーンの記憶を有していても、アサヒという存在は、まだ生まれたばかりなのだから。


 オリジナルはどうして記憶の大半を自分に転写しなかったのだろう? あえてか、それとも何らかの事故が起きた結果か。


 いずれにせよ、今の自分はもうオリジナルとは異なる存在になっている。似てはいても別人だ。

 だったらいいんじゃないかな? ここからは全部自分で決めても。だって自分は前とは違う人生を歩み始めたのだから。

 しばし瞼を閉じて考えていた彼は、ようやく結論に到った。

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