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人竜千季  作者: 秋谷イル
第一部

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七章・出現(2)

 魔素という名の微粒子が作り出した雲は数多の塵を内包しており、それらが地面や障害物に接触して擦れ合うことにより常に帯電していた。その電力に膨大な量の魔素が反応するため、雲の内部や周辺では記憶災害も頻発してしまう。

 そんな、人間にとっては地獄以外の何物でもない障壁の奥で、彼は怒りに燃えていた。

 あと少し、あとほんの少しで悲願を達成することが出来た。なのに、そのタイミングで余計な邪魔が入ったのだ。

 あれを取り戻さなくてはならない。あれが無ければ、また長い時を費やすことになってしまう。

 返せ、返せ、返せ。

 それは我が身の一部なのだ。




「お前らは福島へ行け!」

 朱璃達に追いついて状況を確かめるなり、誰よりも早く決断を下したのは、やはりマーカスだった。アサヒの腕を掴み、福島ではなく逆方向──雲の障壁に向かって走り出す。

 だが、その足下に弾丸が撃ち込まれた。魔法による加速は行われていなかったものの、当たればただでは済まない一二.七mmの大口径弾。地面が深く抉れ、弾けた土塊が二人の体を激しく打つ。

「なっ、この……!!」

「止まりなさい!」

 反射的に立ち止まったマーカスの頭へ、朱璃はピタリと照準を合わせる。

「それから手を離しなさい。班長命令よ」

「ざけんな。お前にゃアレが見えねえのか?」

 苛立たし気に問い返す彼。その視線は彼方の雲の障壁へ向けられた。

 ゆっくりと、だが確実に巨大な壁が迫って来る。

「コイツを追って来てんだぞ」

「でしょうね」

 確証は無いが、しかし、おそらくそれで間違い無い。あれはアサヒを追いかけて来たのだと思う。


 ──八年前、北日本王国は東京へ調査隊を送り込んだ。日本が南北に分断された、その最たる元凶“雲の障壁”の謎を解き明かすべく。

 そして彼等は一人も帰らなかった。隊長を務めていた朱璃の父も含め全員が東京の地で命を落とした。

 けれど彼女の父は伝書鳩という原始的な手段を用い、情報だけは送り届けた。障壁内部で知り得たことの全てを手紙に書き記し、福島で待っていた仲間へ伝えたのだ。

 おかげで“崩界の日”から二四〇年もの時を経て、ようやく真実が判明した。あの高く分厚い雲の壁を生み出しているのは、たった一体の“記憶災害”だとわかった。

 しかもそれは人類が初めて接触した“竜”にして一〇分の維持限界から逸脱した唯一の例外。旧時代からの生き残りの人々が“シルバーホーン”と名付けた最大最強の怪物だったのだ。

 父と彼の仲間達がその事実を突き止めた直後、奴は彼等の存在に気が付き襲って来た。過去に観測されたどの“竜”よりも遥かに強大な力の前に精鋭中の精鋭で固められていた調査隊も為す術なく壊滅。そして父は今際の際に手紙を書き遺した。

 その手紙の最後には、こう書かれていた。


『すまない、緋意子、朱璃。俺はもう帰れない。でも、ずっと愛してる』


 それが朱璃と父との別れだった。

「だからこそ、絶対“それ”は渡さない。アタシ達人類が“竜”に対抗するには、今のままじゃ無理だもの。ブレイクスルーが必要なの。そいつには──“英雄”の再現で奴と同じように維持限界を突破した“記憶災害(アサヒ)”には必ず何かある! 答えに至るための鍵が隠れている! それになにより、そいつが別の“竜”に喰われたら人類の天敵がもう一体増えることになる!」

「なんだと? どういうことだ、おい」

「アンタらは気絶したから見ていなかったんでしょうけど、アタシはさっき見た。理屈は不明だけれど、そいつを取り込むことで“竜”は維持限界を──」

 そこまで語って、朱璃はふと気が付く。


 伊東 旭には肉親がいた。

 祖父母と母親が。

 まさか、彼等のうちの誰かも?


(だと考えれば、奴が消えずに存在し続けていることの説明がつく)

 そしてオリジナルの伊東 旭も、その事実に気が付いたのではないか? だから自分の手で決着を付けるために姿を消した。


 筑波山に転がっていた複数の焼死体。

 彼等が南の術士であることを示す鈴。

 あの場で唯一無事だったアサヒ。


 繋がっている。二五〇年前の“崩界の日”から今のこの状況まで全てに確かな繋がりがある。

(それが何なのか解き明かすことが出来れば、アタシ達は勝てる)

 ただ、悠長に謎解きをしている時間は無かった。まるでこちらの匂いを嗅ぎつけたかのように雲の障壁が加速する。やはり正確にアサヒを目指している。

 それでもマーカスはアサヒから離れようとしない。彼をすぐに納得させることは不可能だろう。ならばと朱璃は指示を出す。

「友之! 小波を連れて先に福島へ行きなさい!」

 言うなり彼女は馬の背から真司郎の遺体を引きずり下ろした。

「班長!?」

「人命優先よ! ジロさんならこうしろって言うでしょ!!」

「うっ……」

 抗議しようとした友之達は、たしかにその通りだと思って二の句を継げなかった。まあ、朱璃の本音は“怪我人なんて足手まとい”だったりするのだが。

「でも、それなら班長が」

「アタシは、コイツらを見張ってないとね」

 相変わらず銃口をマーカスに向けたまま、そう答える彼女。

 対するマーカスは嘆息した。

「あくまでコイツを連れてく気か?」

「何度も何度も言わせないで。それがアタシの意志よ」

 彼女が決然と言い放つと、ようやくマーカスは両手を上げ降参の意を示す。納得できたわけではないが、彼も朱璃の竜退治にかける情熱とその動機は誰より深く理解している。


 父親代わりだから。


 それでも念の為、もう一度問うた。

「死ぬかもしれねえんだぞ?」

「それが嫌なら、アタシが調査官になる前に止めれば良かったのよ」

「止めようとしたじゃねえか」

「本気じゃなかったわ」

「……まあな」

 肩を竦めるマーカス。彼にとってこの娘は親友の忘れ形見。何よりも優先して守るべき存在だ。

 でも彼女が調査官になると言った時、不覚にも心が躍ってしまった。また親友(あいぼう)と組めるような気がして。

「本当にそっくりだな、お前は……あのバカとよ」

「何よりの誉め言葉ね」

 納得させられずとも共感は得られた。そう確信した朱璃は馬上の二人に対し指示を追加する。

「福島に着いたら、これを見せて駐留軍の司令官に会いなさい」

 渡したのは星型のバッジ。中央に太陽を象った家紋が彫られている。

「救援を要請するんスね?」

「違うわ」

 友之は勘違いしていた。朱璃は即座に否定する。

 間違っても人を呼んで来てはならない。

「避難させるのよ、一刻も早く。この辺りがまとめて消し飛ぶ前にね」




 それの内に歓喜が湧き上がった。

 あれは逃げるのをやめたらしい。動きが止まっている。

 ならば今、迎えに行ってやろう。この邪魔な壁を取り払って。


『ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』


 咆哮する。背中の翼を力強く羽ばたかせ飛翔。天高く舞い上がった巨体を銀色の粒子が追いかけ、二重螺旋を描きながら上昇する。

 それは巨大な竜だ(ドラゴン)った。鼻があるべき位置から伸びた一本の太く鋭い角だけは銀色で、体を覆う鱗は炎のような赤色。瞳は金に輝いている。

 頭頂部から爪先までを計れば一〇〇m以上あるだろう。その巨体に膨大な量の魔素が吸い込まれた。あまりに不自然な光景。こんな大質量が翼を羽ばたかせるだけで宙に浮かべるはずがない。物理法則を完全に無視している。


 しかし現にそれは夕暮れの空に浮かんでいた。しかも同じ位置で静止している。不可視の力場が彼を包み込み、空中で支えているのだ。


 魔力と呼ばれるこの力について眼下の連中はまだ知らないらしい。先日戦った別の人間達は扱えていたことを考えると、地域によって技術力に格差があるようだ。

 いや、方向性の違いか。こちらの連中は魔力を知らない分、魔素そのものの操作に特化している。記憶の再現を利用して疑似的な“魔法”を使うというのも面白い発想だ。

 とはいえ、どちらもまだまだ原始的。所詮は下等な種族。貴様等に“それ”は必要無い。分不相応だと教えてやる。

 ──ちょうどいい。何やら視界の中を小さなものが飛び回っていると思えば、他の竜が自分に怯えて逃げ惑っていた。いつもなら無視するところだが今は気分が良い。


 特別に見せてやろう。

 これが“力”だ。


 彼が天を仰ぐように首を持ち上げると、角の先端に銀色の光が集束した。学ぶが良い下等生物共。魔法とはこうやって使う。

 角を振り下ろすと、その先から巨大な雷光が迸った。それは空中にいた全ての飛竜達を巻き込み瞬間的に蒸発させる。人間や獣達の竦み上がる気配も距離を超えてここまで伝わってきた。

 ああ、やはり良い。小さく弱き者共を圧倒的な力で虐げるのは快感だ。ますます気分が昂る。

 さあ、そろそろ行こう。彼は視線を一点に定めた。

 あの時とは逆に地上から自分を見上げている、奴の現身。

 今度こそ取り戻すぞ、我が半身よ。

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