混沌とした部屋
「ピアナさーん、交代の時間です」
「はーい! お疲れ様でした。おやすみなさい」
「おやすみなさーい」
交代のギルド職員に手を挙げると、ピアナは一目散に扉を開けて出て行く。そのまま大通りを真っ直ぐ進むと、指定した場所に待ち人がいた。
竜人のカルナだ。
彼女は腕を組み静かに目を閉じて壁に寄りかかっている。
(うわぁー……絵になるなぁ)
ピアナは素直にかっこいいと思った。
何時までも見ていたいという気持ちを抑えてカルナに近づくと、それに気づいた彼女がゆっくりと目を開ける。
「お疲れ様……えーと」
「ピアナです」
「お疲れ様ピアナ」
カルナが優しく微笑む。ピアナを労わる心のこもった美しい声だ。
名前を呼ばれ、恥ずかしくなったピアナは小さな声でお礼を言った。
「それじゃ、行きましょうか」
「あぁ、すまない……この恩は必ず返す」
「ふふ、大袈裟ですよ。気にしないで下さい」
「いや、そういう訳にいかない。私は……うぉっ!?」
「さぁさぁー、帰りますよ! 我が家に!」
何だか長くなりそうだったので、カルナの手を引いてピアナは歩き出す。
半ば強引に話を遮られたカルナは呆気にとられていたが、小さく笑ってピアナの後に続く。
静まり返った城塞都市に、二人の影が楽しそうに揺れていた。
☆
城塞都市の大通りから少し離れた居住区。そこに、ピアナがお世話になっている宿屋がある。
部屋も広く風呂場付き。更に一階には食堂もあるにも関わらず、一泊の値段が二十五銅貨とかなりの格安であった。
「クルスさんただいまー」
ピアナは両開きの扉を迷いなく開けた。時間も時間なので、流石に客は一人もいない。
ひっそりとした薄暗い店内には、カウンターに座った赤毛の女性が店番をしていた。
「おぅ! おかえりピアナ……と誰だ?」
赤毛の女性―――クルスが首をかしげる。
ピアナの後ろから静静と入ってきた女性は、この辺りではお目にかかれない美女だ。種族という意味でも、容姿という意味でも。
白銀の鎧を着ているので一般人ではないだろう、説明を求めるようにピアナに視線を向けた。
「こちらは、カルナ・リーヴェさん。クルスさんも名前は知ってますよね?」
「あー、ロッシュが自分の事のように自慢する騎士の子か! そんなもん誰だって知ってるよ!」
「そうですそうです」
「なるほどねぇ……で、その有名人がどうしてここに?」
「実は……」
「ピアナ、私が説明する」
ピアナの言葉をカルナが遮ると、一歩前に出て頭を下げる。
「騎士をやめて一文無しの私を、ピアナが一晩だけ泊めてくれる話になっていた……が、大丈夫だろうか……」
「うちは全然構わないけど、騎士をやめたってあんたどうして……いや、今のは聞かなかったことにしてくれ」
「感謝する」
気が強く、豪快な性格で知られているクルスだが、流石に辞めた理由を聞けるほど図太くはない。
「片翼の英雄」と呼ばれているが、カルナも一人の亜人。色々苦労してきたのだろう。
まぁ、彼女の翼と尻尾がみるみる萎んでいくのを見れば、誰だって聞けなくはなるが。
「それでクルスさん。追加分の料金なんですが」
「あぁ、タダでいいよ」
「わかりました。タダで……」
「「えぇっ!?」」
カルナとピアナの声がハモる。目を丸くして驚く二人に、クルスは豪快に笑った。
「ははっ、何時も守ってもらってるんだから、これくらいはさせてくれ」
「しかし……」
「いいからいいから、ゆっくりしていきなよ……あと、あの子の部屋はヤバいからね。頑張んなよ」
カルナが「何を」と聞く前に、クルスは二人の背中を押して二階へと追いやった。
そして、最後の宿泊客であるピアナが来たので店の鍵を閉めたクルスは、欠伸をするとそのままカウンターの奥へと姿を消していった。
☆
「ごめんなさい。ちょっと散らかってます……」
部屋の前に着くと、中を覗いたピアナが部屋の前で通せんぼする。
「気にしない」
「すぐに片付けますから!」
「気にしな………い」
ピアナを押しのけてカルナが部屋に入ると、そこは混沌だった。
言葉では言い表せない。どうすればこうなるのか。あまりの惨状に目を疑う。
クルスが最後に言っていたのはこのことかとすぐに分かった。
足元には、何故か全身鎧の兜が落ちている。恐る恐る拾ってみるが、中身は空だった。
「あははー……」
誤魔化すように笑ったピアナが兜をひったくる。
そして、目にも止まらぬ速さで兜がベッドの下へと消えていった。
「ちょっとだけ、何もしないで待ってて下さい。片付けますから」
「いや、しかし」
「わかりましたね?」
「はい」
念を押されたカルナは黙って見守る。目の前ではピアナがせっせと片づけを始めた。
だが、ピアナのやり方がとても気になる。
泊めてもらえるのだから文句は言えないのだが、下着をそのままベッドの下に蹴り飛ばすのはどうなのだろう。
きっと埃だらけになっているに違いない。
(あとで回収して洗っておこう)
そう心に誓ったカルナの横で、次々と私物をベッドの下に押し込んでいくピアナ。
チラリとベッドの下を覗けば、そこは第二の混沌だ。
慌てて見なかったことにする。
下着救出は不可能だと早急に判断したカルナは、唯々見守る事しかできなかった。
「片付け終わりました!」
「お疲れ様……」
全ての私物をベッドの下へと押し込んだピアナが、声高らかに宣言する。
それが果たして片付けかどうかは疑問に残るが、本人がそうだと言うのならそうなのだろう。深くは考えないし追求しない。
片付け終わった部屋はそれなりに広く、端に備え付けられたベッドと机が一つに椅子は二脚あった。
ベッドの反対には武具や荷物、衣服を置けるクローゼットもあるが、カルナに開ける勇気はない。
そして、扉が一つ。
「あ、そっちはお風呂場です」
「なるほどな」
カルナはどんなものかと見ようとしてドアノブに手をかけ――止まる。
思い出すのは先程の混沌とした空間。
ありえないと思うが、断言できない。
ゆっくりとドアノブを回す。
ガチャリと音がして、抵抗なく扉が開いていく。そのまま顔だけ入れて中を確認すると、そこは風呂桶がある普通の風呂場だった。
「よかった」
カルナから安堵の声が漏れる。本当に普通の風呂場だ。
給水設備は付いてないが、魔法で水を溜めて沸かせば風呂に入れる。
長年使いこまれているためか少々黒ずんでいるが、混沌ではない。それだけで十分だ。
「鎧はクローゼッ……ごめんなさい。床に置いてくれませんか」
「あぁ、わかった」
クローゼットを開けたピアナが、慌てて閉めて言い直す。
きっとあの中は、想像を絶する光景が広がっているのだろう。ピアナの目が泳ぎまくっている。
開けなくて良かったとカルナは思い、鎧を脱ぐ。
「わわっ……大きい」
「うん?」
普段着も何もないので、下着姿になったカルナ。
鎧を着ているため普段はわからないが、カルナの胸はそれなりに大きい。だが、暴力的に大きい訳ではない。程よい大きさの美乳だった。
鍛えているのでスタイルも良く、男性は欲望の、女性は羨望の眼差しを向ける体型をしていた。
カルナの豊満な胸を見て、自分の胸を見るピアナ。絶壁ではないが、大きくもない。カルナと比べれば天と地ほどの差はあるが。
(これが……格差かっ)
ベッドによろけるように倒れこむピアナ。ぼふっと音がして、埃が宙に舞った。
(貧乳でも大丈夫!需要はある――うん、そうだよピアナ。大丈夫さ、君は美しい――きゃっカルナ様)
心の中で一人妄想して慰めたピアナ。
何故か、妄想の中に男装したカルナが出てきた。
ごろごろとベッドの上で悶えるピアナ――と、そんな彼女を不思議そうに見つめるカルナの目が合う。
「あっ! すみません!!」
妄想から帰ってきたピアナが勢いよく起き上がり、恥ずかしそうに頬をかく。
自分のお尻の下にあった寝巻に着替えると、急いでベッドについた皺を手で伸ばす。
そして、下着姿のまま立っているカルナを手招きした。
「カルナさん、一緒に寝ましょ」
「いや、しかし……そうだな。感謝する」
ベッドはピアナと竜人のカルナが寝ても十分な広さがあった。それでも断ろうと思ったが、彼女の意思は絶対に折れないと分かったカルナは、早々に諦める。
ピアナに礼を言ってからベッドに横になると、満足げに頷いた彼女が、カルナの左側――翼のない方に寝た。
「ぐぅ……」
「早いな」
疲れていたのか、部屋の明かりを消して数十秒で眠りにつくピアナ。
(今日は色々なことがあったな……)
憧れだった騎士を辞め、逃げるように王都から去った。
魔王軍との戦いも中途半端なままだが、後悔はしていない。辞めて良かったと心の底から思っている。
(ピアナ、ありがとう)
ピアナの幸せそうな寝顔を見ながら、カルナは微笑む。
感謝の言葉を貰い。一文無しの自分がこうして温かいベッドで眠れている。全て彼女のおかげだ。今までの人生の中で、今日ほど幸せな日はない。
「ありがとう」
ピアナの頬を優しく撫でたカルナは、目を閉じて眠りについた。
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