23.諦めきれない人たち
ポケットにターニアを入れて、リリィは城内の廊下を歩いていた。
防御魔法を習い始めたことで周囲の過保護は少しだけ下火になり、いつも通りの日常が戻りつつあった。
今は北の倉庫に収納されたジルバ国産の魔石を取りに向かっているところである。
近くの畑には銀とエリオットが先に行っているので、帰りは三人で一緒に戻ってくるつもりだ。
その途中で、リリィはフレディと遭遇した。
「なんだか久しぶりだね、リリィちゃん」
「こんにちは、フレディ様」
西の砦の問題はアーサーが解決し、それ以降フレディからの勧誘はぴたりと止んでいた。
もうリリィに用事が無いのだとわかってはいたが、あまり深く関わるのは避けようと足を速めた。
「まって、まって。久しぶりに会えたんだし、西の砦のことでお礼も言いたいし。ね」
「西の砦はアーサー殿下がしてくれたことですし。それに、急いでいますから」
「そんなに嫌われちゃったのかな。悲しいな」
「うっ。そんなつもりではないです」
「そう? なら少しだけお礼を伝える時間をくれないかな?」
お礼を聞くだけなら良いかと、リリィは立ち止まった。
「やっぱり、リリィちゃんは良い子だね。それに、とっても優しい」
「そんなことないですよ」
外で焼き芋をほおばったり、防御魔法の訓練で汚れた服のまま歩き回ってノアに怒られたが、無視した。
両親から他種族と関わってはいけないと言われていたのに、昔から獣人の銀に会いに行っていたし、今は妖精のターニアも連れている。
(だから褒められても、違うっていえるもん)
リリィは、優しい言葉で操作されることにあらがうため、小さなルール違反をしてなんとか『良い子』を卒業しようとしていた。
嫌なのだ。
そうやってアレコレ勝手な印象を押し付けられて、こうしたら良いと型にはめられたら息苦しい。
良い子ならやってくれるでしょと、追いやられた恐怖だって忘れられない。
断るのもつらくて、そんな話自体聞きたくないし関わりたくないのである。
「私にとっては良い子だよ。王太子に話を繋げてくれたおかげで西の砦が安全な場所に変わるんだ。私はその歴史的改革の一歩に関われたからね。毎日が素晴らしい出来事で満たされている」
「全部アーサー殿下がしてくれたことですから。でも、西の砦が平和になるのは私も嬉しいです。良かったですね」
「そしてね、私は平和になった後も、西の砦にアダムさんやリリィちゃんが帰ってきてほしいと思っている。今まで一緒にいたんだし、またみんなで仲良く暮らしたいんだ」
嫌とも良いとも答えられない話だった。
「リリィちゃんは、西の砦が嫌いになってしまった?」
「嫌いでは、ありません」
生まれ育った場所なので、思い出もいっぱいある。
好きか嫌いかと問われたのなら、好きと答えるに決まっている。
「なら、アダムさんたちが帰ってこられるように、先に私と一緒に西の砦に行こう。リリィちゃんが居ればアダムさんたちの帰ってくる場所は、王都ではなくて西の砦になるはずだ」
「っ! それは、私一人では、決められませんから」
「そんなことないよ。リリィちゃんが希望したなら私は全力で協力する。それにどうしても行きたいと言えば、止められる人はいない」
一歩後ろに下がったリリィの腕を、フレディはしっかりと握って捕まえた。
「私のことが怖い? 嫌いになってしまったかな? 怯えさせてごめんね。でも、みんなに帰ってきてほしくて必死なんだよ」
「もう、お父さんや私の代わりの兵士がいると聞いています。その方たちが助けてくれます」
「そうかもしれないね。砦を守るのは彼らで十分だ。ただね――」
フレディが悲しそうな顔をしてリリィを見つめた。
「リリィちゃんやアダムさんは、私のことを理解してくれていた気がするんだ。邪険にせず受け入れてくれていた。そういう意味で代わりはいないんだよ」
「……」
困った顔をしたリリィを見て、フレディは力なく笑う。
「リリィちゃんがもっと大きかったらね。お嫁さんに来てくださいってお願いしたんだけどね」
本気なのか冗談なのか。
とりあえず、諦めている言い回しなので重く受け止めることはしないでおいた。
それに、リリィは平民なのでコープル辺境伯としての婚姻はどうするつもりなのか。
「私なんかより、ちゃんとした貴族の方と結婚したほうがいいと思います」
「私の婚約者はね、残念ながら病気で亡くなってしまったんだ。だからかな。リリィちゃんみたいに元気でしかも怪我を治せる能力のある子に、とても惹かれてしまうみたいだ。引き留めて悪かったね。西の砦に戻ってきてくれるのを待っているから、それは覚えていてね」
「……失礼します」
もう、多くを答えないでやり過ごすしか方法が見つからなかった。
今のリリィでは、ずるい言い回しをする人たちを上手くかわすことは難しいのだった。
◇◆◇◆
――聖アウルム王国の貴族子息令嬢が通う、アマディン学園
学園に到着したポピィは迷わず救護室に直行した。
ちょっとお腹が痛いのだと言って、簡易ベッドで横になる。
薬を飲むか、邸に連絡して迎えを呼ぶかと聞かれたが、少し休めば大丈夫だと伝えた。
「なら、お友達か婚約者の方に伝えておきますか?」
「いいえ、結構です」
ポピィの不調を聞いて駆けつけてくれる友達なんていない。婚約者もいない。
ひとり天井を見つめながら、ポピィはお腹をさすって痛みが引くのを待ち続けた。
(あたし、こんなにダメダメだったっけ?)
元気が一番の取り柄だと思っていたのに、思うように体が動かない日が続いていた。
折角綺麗に保っていた髪も爪も肌も、手入れを疎かにしたせいで輝きを失いつつあった。
(でも、綺麗にしたって、なんの意味もないんだもの)
一度そう思ってしまったら、以前のように情熱を注げなくなってしまった。
かさつく唇に腫れぼったい目で過ごしても、以前仲よくしていた子息たちは気づいてもくれなかった。
(そういう鈍感なところを婚約者の女の子たちが心配して注意していたのよ。ダメ出しされたって安易に落ち込んだりして、自業自得だっつーの)
あんなに相談に乗ってあげたのに、自分のことが解決したら他の人を助けようとも思いやろうとも考えないのだろうか。
気付いてほしかった。
心配してほしかった。
力になれなくても、励ますくらいしてほしい。
ポピィが周囲に配った思いやりを、同じように返してほしかった。
つーっと涙が一筋、頬を伝って落ちていく。
なにもかもが上手くいかない。
助かりたくて登城したあの日、リリィを階段から突き落としてしまったことも気にしていた。
(でも、消えてどこかに行ったみたいだし、連絡がないから無事なのよ。どうでもいいわ)
大体光魔法を扱う者なら、多少怪我を負っても自分でなんとかするだろう。
ポピィだって逆の立場だったら魔法をつかう。
それよりもリリィがアーサーにこのことを告げ口したのではないかと思うと、お腹が余計にキリキリと痛むのだった。
「イタいよう……」
もう頑張れないという気持ちと、なら、この先なにを選択したらいいのかという問いが、ポピィを追いつめる。
見放されてひとりぼっちになる選択肢だけは選びたくないのに、他になにも残っていない。
そのせいで聖女候補生を辞めることもできなくて、そのまま時間だけが過ぎていくのだった。
次回更新は3/8です! あと2話で第三章終わります。
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