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5.娘のトリセツ

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 アダムとエマが王都を出発する前日の深夜。

 既に屋敷の使用人も下がり、誰もが寝る支度を整えて部屋で寛いでいる時間。ノアはワインボトルとグラスを手に持ちゲストルームを訪れた。ノックをするとドアが少し開きアダムが顔を覗かせる。


「少し飲みませんか?」

「ああ。大丈夫だ」

「良かった。失礼します」


 部屋に入ると、伯母のエマが紅茶に焼き菓子をつまんでいるところだった。


「あら、いらっしゃい。ノア」

「お邪魔します。伯母様」


 リリィは別室で寝入っている。連日の王都観光で思いっきり羽目を外しているせいで夕食後は直ぐに部屋に戻ってしまうのだ。


「お二人が東の砦に出立するまでに、お聞きしたいことがあるんです」

「リリィのことよね。ノア君にはお世話になるから説明したいと思っていたの」


 そういうと、エマは分厚い手紙を差し出した。


「話をする時間を貰えると思わなかったから、手紙にまとめておいたわ。もちろん今からも伝えるわね」


 互いに考えていたことは同じらしい。


「リリィには一旦王都に残るよう言い聞かせたが、きっと本心は納得していない。どうにか俺たちの居る東の砦に来ようとするはずだ。けど、それはちょっと問題がある」


 アダムとエマの話を聞きながらノアはグラスにワインを注ぐ。

 エマは紅茶を頂くからと辞退し、昼間城下町で購入したピクルスやチーズをワインのつまみに並べてくれた。


「僕もリリィの光魔法について詳しく知りたいんです。失礼ですがお二人は魔法が使えない。リリィも元々は使えなかった。開花させる方法があるのは知っていますが、それは一般的には禁止されています。それに開花しても魔法を学ぶ環境が無い。リリィが聖女候補生の試験を高得点で突破したことで、周囲は彼女の経歴を知りたがっています」


「だろうな。いや、隠すつもりはない。全てを話すよ」


 そう言うと、アダムは時間の許す限りノアに説明をした。


 聖アウルム王国には、生まれつき魔力を持つ者と持たない者の二通りが存在する。


 類まれなる才能は、聖アウルム王国の初代聖王と聖女が起源とされ、歴史書によれば、聖王は四元素魔法を操り、聖女は光魔法を操ったとされている。その手腕は両者共に圧倒的であり、聖アウルム王国は彼らの在位中は健やかであったと記されていた。


 時は流れ、現在は国の礎を支える貴族の間に四元素の魔力を保持する子供が多く生まれるようになっていた。

 そしてまれに光魔力を保持する子供も生まれるため、魔力とは血の継承で決まるのだという説が有力とされている。


 もちろん貴族の子供でも魔力を保持せず生まれる場合がある。けれど本人に魔力が無くとも、次世代に魔力が宿ることがあるため、表立って差別や区別を受けることは無いとされていた。


 アダムは、元は貴族の三男、エマは伯爵家の長女として生を受けたが、二人とも魔力を持たずに生まれた。


 三男で家を継げないアダムは年齢が達すると同時に騎士団へ入団した。待っていたのは爵位と魔力の有無による差別であり、出世はまず望めないだろうと早々に理解する。


 階級差別が存在するのに、血の継承に関係する魔力が差別の対象にならないわけがなかった。

 建前上、やってはいけないと明言されているだけで、あらゆるところで魔力有無は区別されているのだ。

 ただ、アダム本人は生計が立てられれば問題ないと考えていたため、下っ端で気楽に楽しくやっていた。


 対するエマも、嫁ぎ先に恵まれず魔力有無の差別に直面する。

 持ち込まれる縁談は、既に跡取りがいて妻に先立たれた貴族の後妻か、訳アリの貴族からばかり。家同士の家格が釣り合ったとて魔力を持たないだけで選考洩れするのだ。


 幸いティナム伯爵家は弟が継ぐため婿養子の必要もない。エマは早々に貴族令嬢らしい生き方を諦めた。またエマの父も嫁いだ先で肩身の狭い思いをさせるくらいならと本人の希望を優先することにした。

 エマは父のコネで城の事務職に就き仕事で騎士団に出入することになる。そこでアダムと知り合うのだ。その後二人は結婚し、アダムの西の砦への転勤にエマが着いて行き、数年後にリリィが誕生する。


「リリィが、光魔法を使いだしたのは七歳の時だ。西の砦で事件があったんだ」

「――なるほど。何か危機的状況に陥っての開花があったのですね。リリィが無事でなによりです」


 後天的に魔法が開花する場合、それは本人が生命の危機にさらされ身を守ろうとしたときに発動する。

 古い記録にも症例はあり、方法としては確立されているが現代においてそれらの行為は禁止されている。


 命を落とす可能性が限りなく高いのだ。


 魔法至上主義であった時代に頻繁に用いられ、結果多くの命が失われ貴族の人口が著しく減ったため、後天的な魔法の開花を禁止する法令が定まった。


「どのような事件があったかお聞きしても?」


「ああ。恥ずかしい話だが当時西の砦の周辺に中規模の盗賊が住み着いて手を焼いていたんだ。ある日、奴らといつものように対峙したんだが、どうも動きがおかしくてな。こちらに手傷を負わせては山に逃げ込み、こちらが攻撃を下げると襲ってくる。そうして気づけば山深くに誘い込まれた。俺は何かがおかしいと思い撤退した。特に酷い怪我人も出なかったから気のせいかと思ったが、戻って暫くしたら仲間も俺も全員が倒れたんだ」


 武器に遅効性の毒を仕込まれていたのだと、そのとき理解した。


「私もあまりの事にショックで目の前が真っ白になったわ。解毒の薬草作りに倒れたものの看病。盗賊の奇襲に備えて控えていた兵士を配置したせいで人手も足らなくて。その間に毒が回って全員の容態が、どんどん悪くなっていったの」


 怒号が飛び交い、悲鳴が上がり、病人の呻き声で西の砦は混乱を極めた。

 当時七歳のリリィはエマと常に一緒にいたが、エマはリリィに気を配る余裕などなかった。


「とても怖かったと思うの。アダムが死にかけて仲の良い人がみんな苦しんで、私が取り乱して。まだ人が死ぬ場面を見たこともなかったはずなの」


 切り裂くような悲鳴が上がり、まるで至近距離に雷が落ちたかのような閃光で視界が真っ白になった。

 当時を振り返ってもあの場にいた全員の記憶が一致していた。


「恐怖でリリィが光魔法を開花させて、一瞬で全員を解毒して古傷を治したのだけど、気づいたらリリィが部屋の隅で丸くなって頭を抱えていたわ。呼びかけて肩をゆすったら、そのまま崩れ落ちて意識が戻らなかったの」


 奇跡など、ただで起きるはずがないのだ。

 リリィに何が起きたのか理解したアダムとエマは、心臓が止まる思いをした。


「それから十日ほど目覚めなかったときはダメかと思った。けど翌朝けろっと起きて来て、お腹が空いたと言ってご飯を食べ始めたんだ」


 十日ぶりの食事は胃が受け付けず全て吐き戻した。

 慌てて重湯を作り流動食から徐々に固形物へと変えていった。リリィはすぐに元気になり、あっという間に倒れる前の暮らしに戻っていった。


「回復して元気になったら、光魔法を使ってお手伝いをするようになったわね。滞在する旅人に魔法を習ったり、砦にある書籍を読んだりして、なんやかんやで実用性のある光魔法を使えるようになっていったわ。子供の吸収力は凄まじくて驚かされてばかりよ」


「なるほど。そういう経緯でリリィは光魔法を開花させたのですね。これなら周囲に話をしても咎められる理由ではありません。実際に事故や近しい人の死で開花したという記録はありますから。それにリリィの扱う魔法が変則的な理由も分かりました。できれば王都で体系的に学べる場を持たせれば、リリィの将来にとっては良いと思うのですが、いかがですか?」


「ノアの言っていることは正しいわ。私やアダムでは、リリィの将来を導くことは難しいもの」

 質の良い教育を受けるならティナム家に預けて頼むのが一番だと、二人はすでに結論を出していた。


「どうにか、あの子をこのまま王都に留めて教育を受けさせてほしいの。頼めるかしら?」


「リリィは殿下からもダニエル様からも目をかけて貰えそうですので、ティナム家で責任もって預からせていただきます」


「良かったわ。あ、本人には言わないでね。私たちと東の砦に行きたいだろうから」


「分かりました。二人が出て行かれて王都の生活に慣れた頃にリリィと話します」


 こうしてリリィの知らないところで彼女の進路は決められていった。


「あと、光魔法のせいか不思議なことに巻き込まれやすい体質もあるの。手紙に書いてあるから気にしてほしいわ」

「わかりました。まぁ、王都に住むあいだは守護壁プロテクト・ウォールがありますから心配ないと思いますよ」


 ノアは手に持っていた手紙を懐へしまうと、しゃべり続けて乾いたのどを潤すためワインをあおる。

 酒が回り気分が上がればアダムとノアの口は軽くなり、目先の政治的な話へと切り替わっていった。


「実は気になっていたのですが、西の砦はここ五年程、戦死に怪我人がゼロ、さらには病人もゼロですね。増員の依頼は毎年でていましたが交代ではないので許可が下りなかった。あちらに新人を送るときに大分てこずったんですよ」


 ノアは、西の砦に関わり出してから感じていた違和感をアダムにぶつけた。


「小さな国が集まる西の大陸からは、絶えず小規模の奇襲がありますよね。怪我人がいないのはリリィの功績ですか?」


「ああ。リリィが光魔法で全て治してしまうからな。おかげで俺の部隊は五年で屈強な戦士が揃ったよ」


 怪我をしても即日復帰可能。五年間、西の砦の兵士は誰も欠けることなく実戦で鍛え上げられた。怪我による長期離脱がないおかげで、彼らの体は常に現状維持か右肩上がりで成長し続ける。元がどうであれ、これなら優秀な兵士にならないわけがない。


「西の砦は出世できない落ちこぼれが回される。ただしそれは回される前の話だ。中々良い部下に育ったよ。今なら他といい勝負ができるだろう」


「いいえ。最近そちらに送った兵士から報告を聞く限り間違いなく圧勝ですよ。王都も東の砦も、実戦経験のないものばかりです。和平条約のある間は問題視されませんでしたが、今は違います」


「なんだ。新人君とベテラン君はノア君からの偵察兵士だったか」

「そうとられても仕方ありません。それで西の砦から兵士を移動することになりました。代わりに王都と東の砦に所属する兵士が西の砦にまわされます」


 その決定事項にアダムは酔いがさめる。


「おいおい。そこまでではないだろう。だって王都に東の砦と言ったら、花形の出世コースじゃないか」


「ええ。試合で戦うだけの見栄えの良い騎士ばかりです。戦場で何でもありになれば、真っ先に負けるでしょう」


「なんだかなぁ。勿体ない話だな」


 そう言いながらも、アダムはノアの言っている意味は理解した。

 元がどうあれ実践で経験を積んだものと、競技として学んだものでは出せる結果は全然違う。


「アダムさん。折り入って相談があるのですが」

「なんだ?」


 涼やかに笑うノアは酔いを感じさせない。肌を刺すような空気は、久しく遠のいていた貴族の駆け引きの緊張感を思い出させた。


「東の砦で、手柄を立てていただけませんか。今後のために」


 それは、ひたむきに努力したアダムに、やっと回ってきたチャンスのような話だった。

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