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4.聖女の募集(4)

ブックマークありがとうございます!

 ――どうして、こうなったのかしら?


 先ほどから、五分に一度はこの疑問を反芻している。

 美しい庭園には春を彩るパステルカラーの花々が咲いている。テーブルにはお茶とアフタヌーンティが並べられ、向かいにはアーサーが座っている。


 ――どうして、こうなったのかしら?


「遠慮なく食べるといい。長い説明会で腹が減っていたのだろう?」


 どうやら飴をこっそり食べるところを見られていたらしい。

 今さら取り繕うには全てが遅い。それに折角用意してくれたので遠慮するのも失礼に当たるかもしれない。

 リリィは都合の良い方を採用した。つまり遠慮なく食べることにしたのだ。


「はい。お心遣いありがとうございます。殿下」


 決して完璧ではないが、それでも念のためと母であるエマから叩き込まれたマナーが役に立った。紅茶を口にしたあと、目の前のサンドウィッチを口にする。


「おいしゅうございます」


 普段なら絶対に使わない言い回しも、伯爵令嬢であった母が教えてくれた貴族の振る舞いのそれだった。

 当時は面倒くさくて嫌々聞いていたが、今となっては感謝しかない。


「そういえば、先ほど落としたモノの拾い忘れだ」


 そう言って、アーサーは飴をつまんで珍しそうに眺めていた。


「あ、祝福の飴ちゃん……です」

「祝福の……飴ちゃん?」


 奇妙な名前はアーサーの興味を惹いた。両手で包み紙を引っ張り中を開くと艶めく黄金色の球体が現れる。


「西の砦でそう呼ばれていたのです。私の手作りで、薬草と季節の果物を使って作っています」

「へぇ。体によさそうだな」


 そのままアーサーは飴を口に入れ、それを見てリリィの口から小さな悲鳴が上がった。確か王族の口にする食べ物は事前に毒見が必要なはずだ。


「あ、あの。薬草で少し苦みがあるので嗜好品(しこうひん)の飴に比べると味が劣りますから、気にせず吐き出してください」


「――甘い味がする」


「一応、飴として最低限その条件は満たすように作っています。ですが、やはりお口に合いませんよね」


 疲れた脳への糖分補給や小腹の足しに作って、いつも持ち歩いているものである。

 しかも自分しか食べないと思って新しい薬草を使った試作品なので、少しだけ薬草の苦みが強かったりする。


 自分用に適当に作ったものを、よりにもよって王太子が口に入れたのだ。

 その事実にリリィの体温はどんどん下がっていく。


 そんなリリィの心配を裏切りアーサーは飴を食べ終えると、予想外の言葉を口にする。


「いくつか貰えるだろうか」


 気に入ったらしい。

 

 リリィが渋々手持ちの飴を机に並べれば、端からアーサーが手元に引き寄せていく。


「また、新しく作ったら教えてくれ」


「はい。また出来上がりましたらご紹介しますね」


 面と向かって断れなくてこの場では同意したが、後でノアに相談し断ってもらおうと心に決めた。


 それからノアが戻ってくるまでのあいだ、なんとか間をもたせようとリリィは無難で当たり障りない話題を喋り続けた。

 といっても、リリィは生まれてこのかた西の砦を出たことがない。話題は西の砦の珍事件を歴代上位から話していった。


「へぇ。西の砦は問題が起きないから簡単な報告しかなかったが、面白い話がたくさんあるな」


「そうですね。みんな腕はいいのですが面白い人が多いので事件がたくさん起こります。毎日賑やかですね」


 西の砦の兵士は、みんな気のいいおっちゃん達だ。とにかくやんちゃで可笑しかった。

 採ってきたキノコを食べられるものに選別し調理していたら、残った方をこっそり盗んで食べて泡を吹いて倒れるとか、犬と間違えてタヌキを拾ってきて世話をするとか。いくら違うと指摘しても犬だと言い張り、ちゃんと毎日交代で散歩もしていたのだ。とにかく挙げたらキリがないほど、間抜けなエピソードが山ほどあるので話題には困らなかった。


 こんなしょうもない話で大丈夫だろうかと心配したが、目の前のアーサーは時折少しだけ口元を抑えて笑っていたので、かなり受けがよさそうだ。


(みんな、ぽんこつでありがとう!)


 リリィは仲間に感謝した。未だかつて彼らにこんなにも感謝をしたことは無かった。


 そうして時間をつぶしているとポピィを送っていったノアが、やっと迎えに来てくれた。


「リリィ。なんで殿下と一緒にお茶を楽しんでいるのさ。アーサー殿下も。ここに来る途中、宰相閣下からお茶会を理由に謁見を断られたと小言をいわれましたよ」


 聞き捨てならない話を耳にした。このお茶会を理由に仕事を放棄したのか、この王太子は。びっくりである。


「元の予定には無かった。それにノアの従妹を放置しておけないだろう。文句を言われる筋合いはない」


「~~。リリィの相手をして頂きありがとうございます。宰相閣下の件は代理で話を聞きましたので、のちほどお伝えします」


「わかった。さて、それではお開きとしよう。楽しい話をありがとう。リリィ」


 ふわりと向けられた笑顔に、リリィも満面の笑みを返す。やっと解放されたのでリリィの顔は一層輝きを増した。


「こちらこそ、楽しい時間をありがとうございました」


 その光景にノアは目を見張った。あの王太子が笑っている。

 アーサーに限らず貴族はむやみに感情を露わにしない。そしてアウルム王家は誰もが笑わないことで有名だ。

 思わず目をこすれば、いつもの無表情のアーサーに戻っていた。


(見間違いか? まぁ、そうだろうな)


 長く仕えているノアですら、まだ見たことがないのだ。それ以上は深追いせず頭を下げる。


「それでは御前を失礼いたします。聖アウルム王国に祝福を」


 ノアは挨拶を終えると、リリィを連れてその場を離れた。


 □□□


 それから数日、リリィは両親と一緒に王都観光を楽しんだ。

 王都の活気ある街は格別で、リリィは両親に手を引かれながら名物を食べ、城へ出仕するときに着る新しい服を買い揃えた。


 他にも薬草を煮るための鍋やすり鉢など、すでに持っているものの買い替えを強請ると、いつもは断られるのに今日は二つ返事で買ってもらえた。

 調子に乗ったリリィは、次に薬草を取り扱う店へも足を運んだ。どの店も取り扱う薬草の種類が多く見知ったものから珍しいものまで見つけたが、東の国から輸入するものに限っては、どこの店も『欠品中。入荷未定』の札が掲げてあった。


 少しずつ東の国との亀裂の影響は目に見える形で表れているらしい。

 リリィは軽く息を吐くと、気を取り直して欲しかった薬草をエマに強請った。


 いよいよ東の砦へ出立する当日を迎え、見送りのため王都の正門に向かえば、西の砦で仲良くしている兵士にも再会した。

 数日ぶりに顔を合わせた仲間はリリィに彼らの家族を紹介してくれた。


「西の砦の癒しの天使様さ。俺たちが怪我や病気も無く生きていられるのはリリィとエマさんのおかげだ!」

「まぁまぁ。息子がお世話になっております」

「うちの夫が、ご迷惑をおかけしています」


 大げさに紹介され壮大に感謝され、リリィは真っ赤になって恥ずかしがった。

 上手くしゃべれず「そんなことないです」としか言えないリリィの代わりに、エマが会話を繋いでくれる。


 気を取り直して、リリィは東の砦に向かう仲間達には遠慮なく話しかけ、ついでに約束を取り付けた。

「元気でね。無理しないでね。私が行くまで、ちゃんと生きていてね。約束よ」

「大丈夫だ」とか「わかっているよ」とか照れ臭そうに笑う顔と暫くお別れするのがとても寂しかった。

 最後にアダムとエマに別れを挨拶する頃には、リリィの目には、分厚い涙の膜が張り瞬きのたびに瞳から零れ落ちた。


「王都で、ちゃんと良い子にして待っていてくれ。東の砦には来るんじゃないぞ」

 アダムの言いつけにリリィは頷かなかった。絶対に行くのだと、そう決めている。


「リリィ。お父さんの言いつけは守ってね。お母さんとの約束よ」

 エマは、リリィの手を握り言い聞かせようとするが、その手は振り払われ後ろへ回された。


 その様子を見れば自分の娘が何を考えているのか分かり、アダムはどうしたものかと頭を掻いた。

 エマと視線を合わせれば、彼女は首を横に振り、どうしようもないというふうだ。


「リリィが東の砦に来る前に全員生きて王都に戻ってくるから安心して待っていろ。それなら約束できるだろ?」


 つまり戻るのが遅かった場合、リリィが東の砦に行っても良いということだ。それなら百歩譲って何とか頷けた。


「……わかった。遅くなったら迎えに行くわ」


 それを聞いてアダムはリリィの説得を諦めた。どうせ来るなら、とリリィに強めの口調で言い聞かせる。


「短慮は起こすな。来るときは万全の準備を整えて戦力として来い。もちろん、正式な手順を踏んで、だ。わかったな」


「はい」


 やっと返事をした頑固な娘に呆れながら、その小さな体を抱きしめる。


 あまり長く別れを惜しめば辛さが増すだけだ。わかっているが、リリィはアダムの服を握りしめ嗚咽を漏らしながら泣いた。


 本当は一緒についていきたい。離れたくない。置いていかないでと心が叫ぶのに、それを「仕方がない」と一生懸命抑え込んだ。自分の心を殴りつけ、叩いて抑えて蓋をする。そうしなければ暴れて訴えたくなるほどに辛いのだ。


(大丈夫。きっと私は東の砦に行ってみせるから―― ちょっとのお別れぐらい我慢しなきゃ)

 そうして、なんとか心を静めて、誤魔化すように笑ってみせた。


 エマとも抱き合い何とか別れの挨拶を済ませると、去っていく荷馬車が見えなくなるまで手を大きく振った。


「そろそろ、帰ろうか」


 そう話しかけてくるノアにも頑張って笑ってみたが、その目からは涙が止めどなく流れ落ちた。

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