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聖女になりたい訳ではありませんが【書籍化・コミカライズ】  作者: 咲倉 未来
第3部:成金大国の金策騒動 編

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8.西の砦へは戻りたくありません(2)

 

(どうしよう、どうしよう。今度会ったらちゃんと断らなきゃ、でも、どうやって? お父さんどうしよう)



「――、リリィ」


 肩を揺すられ、名前を呼ばれてリリィは驚いて顔をあげた。


 あれからノアは外回りに出てしまい、ロビンはターニアを引っ張って窓から外へと出ていった。

 いま執務室に残っているのは、アーサーとリリィの二人だけである。


「困っているんだろう?」


「えと」


「ノアもターニアも怒ってしまっていたから、話やすい状況とは言い難かった。まだ困っていることが残っているように見えたんだが」


「あの――」


 違うと言ったら、嘘になる。リリィはコクリと頷いた。

 困っていたことに気付いてもらえ安堵したリリィの目には、うっすらと涙が滲む。



「でも、あの。なんだか、よくわからなくて」


「ロビンが話をしてくれた。西の砦から勧誘されて、しかも結構強引に話を進めてきたそうだな」


「あの、きつい言い方じゃなかったんです。怖い感じもなくて。でも、なんでか西の砦に行く話に、なっちゃって」


 そのせいで、すごく不安になったのだ。


「わたし、西の砦の大変な状況を見捨てようなんて思ってなくて。でも、そっちに行ったら東に、お父さんたちのところに行けない」


 悲しくて、どんどん頭が下がっていく。涙がポロリと絨毯に落ちてシミができた。


 アーサーはリリィの頭に手を置いてゆっくりと撫で、彼女が落ち着くまで待った。


 エプロンで涙を拭いながら、リリィはどうしたら良かったのかを必死で考え続けたのだが、答えは見つからない。

 涙が治まっても、リリィの顔は萎れたままだ。


「そのふたつを両方叶えるのは難しい。断りたいリリィの気持ちを察した彼らが、上手い言い回しをしたんだろうな」


 上手い言い回し――リリィには馴染みのない事だった。


 リリィが育った環境は、生と死が身近にある緊迫した場所で、なに事も迅速に直球で進んでいくばかりだ。

 駆け引きや陰謀(いんぼう)蔓延(はびこ)る余裕などなく、互いに協力しないとやっていけない環境だったのだ。


 多少揉めても最後には答えがひとつになるし、その理由はリリィでも納得できるものばかりであった。


「ちゃんと話し合えば答えがひとつになって、一番良い判断ができるはずですよね?」


「人は立場でモノを言う。意見など合わないことが多いし、そうなると互いに通そうと策を労するだろうな。フレディは西の砦にリリィを連れていきたい。リリィは東の砦へ行きたい。これだと、どちらかが折れない限り答えはひとつにはならないな」


 アーサーの話を理解して、世の終わりのような絶望感がリリィの心に広がった。

 リリィが頷かなかったら空気が変わったのは、気のせいではなかったのだ。なら、次は、なにを言ってリリィを頷かせようとしてくるのだろうか。


(ひとりで断るなんて無理。こわくて無理!)


 リリィが震えだし口をパクパクして動揺し始めたので、それを見て、今度はアーサーが慌てた。


「大丈夫だ。ここにいる全員、リリィが西の砦に行っては困る者ばかりだ。そんなに心配しなくてもいいんだ」


「でも、今度会ったら何を言われるか不安です。どう返せば大丈夫なのでしょうか?」


 なにかこう、一言で全てが解決する魔法の言葉が欲しかった。リリィでも口に出来て、伝えたら相手が納得してくれるような言葉だ。


 不安を取り除いてくれる、絶対的な基準をリリィは求めた。

 それさえあれば自分ひとりでも、あらゆるものに対処できる。周囲の機嫌を損ねることもなくなるだろう。


 そういうものが欲しくて、リリィはアーサーに答えを(すが)った。


「困ったら『王太子が話を聞いてくれるそうなので執務室へどうぞ』と言って、ここへ連れてくればいい」


「え……」


「別におかしくはないだろう。リリィは俺の側近だし、部下が対応できないことは上司が対処するものだ。俺で対処できなければ、次は国王(ちち)を連れてくるだけだ」


 間違ってはいないが、話が一気に飛躍したせいでリリィは頷けない。

 王太子に国王が出てくる問題ってなんだ。


 フレディとポピィが、そこまで壮大な何かを話していたようにも思えないというのに。


「そんな、大事にしてしまったら、みんな困るのでは?」


 みんなって誰だろう。少なくともリリィは困るし、ノアも困る気がする。


「そうだな。大半は諦めて帰ってくれるだろう。だから自由に言って大丈夫だ」


「あ、そういう……」


「それを言われて俺のところにくるのなら、相当の問題だろう。リリィがひとりで対処しようとすること自体が間違いだろうな。まあ、そんな話をリリィにした時点で、そいつが悪い。まったく気に病む必要はないんだ」


 明確な基準、しかも納得できて言いやすく、かつ投げる先も王太子なので安心安全。


 リリィの心がパッと晴れやかになり、気分が一気に浮かび上がっていった。



 笑顔が戻り頷いたリリィに、アーサーは気分を良くした。


 そもそも遠慮してほしい輩に囲まれることが多いアーサーから見て、控えめな彼女の態度は好感がもてた。

 そういう人柄の者に頼られるなら、気持ちが良いというものだ。


「ありがとうございます。アーサー殿下。次に困ったらそう言って逃げてきます!」


「それでいい。答えを出さずに上手く逃げてきてくれ」

「はい!」


 その日、リリィの中で困ったら相談する相手が父親から王太子へと切り替わった。











 ――翌日



「失礼します。お話を聞いてもらえると聞きましたので、こちらに来ました」

「あたしも、久しぶりにアーサー殿下の顔を見たくてきちゃいました!」


 リリィの後にくっついて、フレディとポピィが執務室へとやってきてしまった。

 こうなる予感のしていたアーサーは、黙って二人を部屋に通したのだった。

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