4.出発と再会(1)
綺麗に片付けられたダニエルの机を、次いで窓の外へと顔を向ける。
雲がゆっくりと流れていく青空を見て、アーサーは小さくため息をついた。
今朝、ダニエルはまだ日が昇る前に城を出発した。今頃はジルバ国へ向かっているだろう。
いつも賑やかな執務室は、今はアーサーとロビンしかいない。
この後はノアが出仕してきて終わりである。
しばらくは銀にエリオット、そしてリリィも来ないので、余計に静かに感じた。
「はぁ~。つらい。しんどい。落ち込む」
(静かではなく、しめっぽいの間違いだな)
懸命にも口に出さなかったのは、アーサーの優しさである。
今日からしばらくターニアに会えないロビンは、ずっと鬱々とし、独り言というにはやけに大きな声の文句を呟いていた。
「ロビン、みんなすぐに帰ってくるから、そう落ち込むな」
「みんなとかどうでも……。ターニア様に会いたい」
ずっとこの調子である。
アーサーは引き出しの中から小さなウィスキーボトルを取り出すと指で弄んだ。
ロビンの鬱陶しい独り言にイラついたダニエルが、無視できなくなるたびにロビンに酒を飲ませて眠らせていたのだ。
『面倒くさくなったらアーサーもやったらいいよ。多分だけど本人的にもそのほうが気楽だからさ』
そう言って、ボトルを置いていった。
(妖精に人間のアルコールを摂らせて、影響はどの程度なんだろうか)
人のグラス一杯が同じ影響であれば良いのだが、と関係ないことを考えて現実から目を背けていたときだった。
――コン、コン
時間的にはノアが出仕したのだろうと、返事をする。
扉があくと予想通りノアが現れる。
そしてその後ろからは、なんとリリィが入ってきたのだ。
「おはようございます。アーサー殿下」
少々照れ臭そうに笑うリリィに、アーサーは目を丸くした。
「どうしたんだ。出発したんじゃなかったのか?」
「えーっと。ちょっと体調が悪かったので、私は残ることにしました。他のみんなは無事に出発しましたよ」
途端にシュバっとロビンがリリィの前まで飛んでいく。
「なら、ターニア様はご一緒なのですよね!」
「うん、そうなんだけど。ターニア、ロビンが迎えにきてるよ」
――し……ん
と部屋に静寂が広がった。
リリィが呼びかければ、いつも勢いよく飛び出して用件を尋ねるターニアが反応しない。
違和感しかないこの状況を、リリィは乾いた笑いをこぼして誤魔化した。
「えっと、私の体調不良が移ったのかな。ほら従者と主人ってつながってる、みたいだし?」
ロビンは、リリィの少し困ったような顔を見て何かを察する。
「なるほど。確かにそういうことはありますね。俺も昨日から鬱々していたのはきっと主の寂しさが伝染したのやもしれません!」
「やっぱり! ごめんね、私のせいね。ターニアは帰りの時間までドールハウスでゆっくりしてね」
言いながら、リリィは棚の上にある立派なお城のドールハウスまで小走りで移動すると、ターニアをポケットから出してそっと置いた。
「ありがとうございます、我が主。――お言葉に甘えて、今日はここで休みますわ」
「うん! きっと元気になるわ」
「はい」
短く返事をし、ターニアは逃げるように奥の見えない部屋へと入っていく。
そのすぐ後をロビンが追いかけてくれたので、リリィは全てを任せて、その場を離れることにした。
◇◆◇◆
アーサーとノアとリリィは、三人でお茶をするために執務室を出た。
というのも、アーサーが親切心でロビンにウィスキーを渡した結果、どうもターニアにも飲ませたようで、泣き声と怒声が交互に漏れてくるのだ。
なにを言っているかまでは聞こえないが、間違いなくターニアは聞かれたくないだろう。
三人は、今日一日は執務室外で過ごすことにしたのだった。
「ターニア様があんなに取り乱すのは珍しいよね。何をしたのさ、リリィ」
「わ、私は別になにも……してないもん」
ノアに突っ込まれて、リリィは口を尖らせた。
「ただ、ターニアが夜うなされるから、ロビンってうわ言で呼んでいたから、あまり遠出はしないほうがいいかなって」
ターニアを置いていくことも考えたが、彼女は絶対に首を縦にふらないだろう。
なら、リリィが理由を作ってジルバ国行を辞退すればいいと思ったのだ。
リリィの優しさは、ターニアに『主人に気を遣わせて予定を変えさせてしまったダメ従者』の烙印を押した。
喜ばれるとは思っていなかったが、ここまで傷つけてしまうとは想像していなかったので、リリィも結構なショックを受けている。
「あとはロビンに任せればいいさ。そのくらいは役に立ってもらわないとな」
アーサーは、鬱々していたことを自分のせいにしたロビンに、ちょっとだけ怒っていた。
「どうすれば良かったんでしょうか」
周囲の反応が微妙であることを気にして、リリィは自分がどういう選択をするべきだったのか気にしはじめる。
「リリィ、今さら終わったことを言っても仕方ないだろう。ほら暗い顔をしない!」
「でも、ノア従兄様。どうしたらターニアを傷つけずにできたのかしら?」
「ええ~。今終わりって言ったじゃないか。今さらジルバ国に行けるわけがないだろう」
「そういうことじゃなくて――」
上手く伝えられないことにヤキモキしていたリリィは、前をよく見ていなかった。
前方より歩いてくる人物が、リリィを見つけてぱっと顔を輝かせて近寄ってくる。
「リリィちゃんだよね? 久しぶり」
名前を呼ばれて、聞き覚えのある声に体が反応する。
そのままゆっくり上へと視線をあげると、予想外の人物の顔が飛び込んできた。
「――ふ、ふ、フレディ様。どうして、こちらに――?」
「リリィちゃんとアダムさんに用事があってきたんだよ。今から時間貰えるかな?」
人懐っこい笑顔を向けられて、リリィは反射的に一歩後ろに下がった。
(どうしよう!)
フレディがもう一歩近づいたので、リリィはさらに後ろに下がる。
(どうしよう!!)
フレディが不思議そうな顔をして一歩進めば、リリィは後ろにまた下がった。
(どうしよう、お父さん!!!)
『フレディには気をつけろ。遭遇したら見張っておけ。困ったらすぐに言うように』
アダムにそう言い聞かされていた、西の砦の問題児に遭遇してしまった。
次話は2/8(月)更新になりますʕ•ﻌ•ʔฅ
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