3.訪問メンバー
「どーして! ターニア様がジルバ国に行かれるのですか?」
「我が主であるリリィ様が行かれるのです。従者たるわたくしも同行するのが道理というものですわ」
腕を振りながら理解できない、あり得ないと叫ぶロビンに、腕組みし難しい顔をしたターニアが正論を突き返す。
「な、なら、我が主も行くことになれば、俺も同行できますよね!」
「いや、叔父上が行くなら俺は残る。さすがに執務が止まるしバレるだろう」
非公式な訪問のため双方の国で問題がおきると非常にまずい。アーサーはロビンの提案を断った。
「そんな! た、ターニア様は俺と離れて過ごしても平気なんですか?!」
「ちょ、そんな恥ずかしいことをよくも口に――。数日だけの話ですし、仕事ですのよ。仕方ありませんわ」
「くっ。そ、そうだ。リリィ様が残ればいいんですよ。お願いします。もし離れているあいだにターニア様に何かあったら、俺は死んでも死にきれない!」
本当は四六時中そばに張り付いてターニアの護衛をしたいロビンである。
夜、リリィと一緒に立ち去ってから翌朝ターニアが現れるまでのあいだとて、本当は嫌で仕方がない。
しかも休息日は、まるっと会えないこともある。そのことは王都のティナム伯爵邸で安全に過ごしていると言われて渋々納得しているのだが。
竜人族の治める国、ジルバ国への訪問となれば話は別だ。
ロビンはリリィの目の前で両手を合わせて拝みたおしはじめる。
「あ、う――。そこまで言うなら」
「リリィは一緒に行くんだ」
「僕も妹のお礼に招待したい」
「えと。――そうね」
リリィの両脇を、エリオットと銀ががっちりと固めてロビンと対峙し、残留する意見を押しのけた。
睨み合うばかりで双方引く気はない。
とくにエリオットがリリィを連れていきたがっていて、さっさと決着をつけたい銀はリリィを連れていくほうに加担する。
アーサーは銀の提案に乗っかっているので、リリィがジルバ国へ行くことを止めることはない。
むしろ、ダニエルに銀と協力してジルバ国から目ぼしい対価を見繕ってきてくれと依頼しているくらいだ。
そのせいで、残念ながらロビンの味方はゼロである。
「大丈夫ですわ。我が主は友人として招待されるのです。危険なことなどありません」
「……」
美しい笑顔を浮かべ、胸元に拳を握り締めたターニアがロビンに言い聞かせる。
「心配いりませんの。わかりましたか?」
ターニアが言い出したら聞かないことも、最後まで意地でもやり通す意思の強さをもっていることも知っている。
どんなに嫌でもつらくても、己を顧みずに走り切る性格だからこそ、ロビンは心配でたまらないのだというのに。
「……わかりました」
ただ、これ以上粘ると物理的に押しのけられることも知っているので、ロビンは渋々ながらに頷いた。
◇◆◇◆
ジルバ国への非公式訪問は、ダニエル、銀、リリィ、そしてターニアの四人で行くことに決まった。
エリオットは準備のため一時帰国し、訪問当日の早朝に王都の外にて待ち合わせる約束となっている。
出発を数日後に控えて、リリィは毎晩荷物の確認をしては心配しきりだった。
「ターニア、この服で大丈夫かな。ドレスも必要だと思う?」
リリィが気に入っている動きやすいワンピースは、はたしてジルバ国で失礼にあたらないだろうか。実はちょっとしたパーティーやお茶会に誘われてドレスが必要になったりしないだろうか。
心配しはじめるとキリが無い。あれもこれも持っていかないと失敗する気がして落ち着かなかった。
「わたくしの空間魔法で収納できますから、どんどん入れましょう!」
「本当?! じゃあ、クローゼットの中身を全部持っていったら安心かな」
「ええ、お任せください。ですが数枚は残しておかないと。明日着るものがありませんわ」
「そっか、えっとそしたら――」
一通りターニアに荷物を収納してもらうと、リリィは安心してベッドに入った。
「……うー……ううーん」
物音に気付いてリリィは目を覚ます。
注意を払いながらベッドから降りると、音のするほうへと気配を消して近づいていく。
棚の上のドールハウスで寝入っているターニアが、今日もまたうなされているのだ。
「うう……う~」
リリィの従者になってすぐも、こうして毎晩うなされていた。
そういうときは、すぐに起こして一緒にホットミルクを飲んで過ごしていた。
最近はそういったこともなかったのだが、再び悪夢にうなされる状態に戻ってしまったらしい。
「――ろび……たすけて――」
「ターニア、ターニア起きて!」
「……う、ん? どうかなさいましたか。我が主? 眠れませんか?」
「うん。だから一緒にホットミルクのもう?」
「ええ。ご一緒しますわ」
寝ぼけた目をこすりながら、ターニアはベッドから這い出すと、リリィの肩まで飛んでいき座る。
「また、嫌な夢でもみたのですか?」
「うんそう。起きたら忘れちゃったけどね。起こしてごめんね、ターニア」
二人で部屋を出てキッチンまで歩いていく。リリィは残っていた火種を使いミルクを温める。
出来上がりをポットに入れて部屋まで持ちかえると、自分用のカップとドールサイズのカップにミルクを注いだ。
「ほぅ……。おいしいね、ターニア」
「そうですわね」
カップに口をつけるターニアは、いつも通りの笑顔である。
(ターニアって絶対に弱みを見せたがらないのよね。うなされていたって言っても認めないし。心配事があるか聞いても無いって言うし)
うわ言でロビンの名前を呼んでいたから、ターニアの心を苛んでいるのはジルバ国へ行くことだろうと察しがついた。
昼間ロビンに平気だと言っていたが、内心は不安で仕方なかったのかもしれない。
(ロビンもターニアを甘やかすのは苦労しているし、私にも無理だもの。相談なんてしてくれないのよね)
このまま連れて行っても良いのだろうか。
もちろん準備を張り切っていたエリオットや、楽しみにしている銀の期待を裏切るのも心苦しい。
どうしたらいいのだろうか、とリリィは悩んでしまったのだった。