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聖女になりたい訳ではありませんが【書籍化・コミカライズ】  作者: 咲倉 未来
第3部:成金大国の金策騒動 編

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2.ここにないなら、どうするか?(2)

 聖アウルム王国の城内、北に位置する場所は倉庫群が建ち、横には空地が広がっている。

 土地の一部は畑として使われていて、いくつかの区画に分けられ畝が均等に並び、緑色の葉が生い茂っていた。


 その少し離れた場所で、ダニエルとターニアは二人で落ち込んでいた。


「ダメですわ。全然魔力が留まりませんの」

「うーん。何度確認しても本に書いてある通りなんだけどね」


 転移魔法陣の描かれた大地に、先ほどからターニアが魔力を注いでいるのだが、浮かび上がった陣はすぐに魔力が消失してしまう。

 何度も陣の模様を確かめているが、すべて手本通りに描かれている。


「これはもう認めるしかありません。その本が間違っているのですわ」

「うーん。そうなると手詰まりなんだよな」


 倉庫の中から偶然見つけた古書に記された転移魔法陣。見つけてすぐに実用化しようと乗り出したのがはじまりだった。

 手順と魔力元があるということは、材料は全てそろっているといえた。なら、すぐに結果がでると期待したのだが、このありさまである。

 一度(つまづ)けば、他に調べる方法もないためお手上げだ。


「そもそも意味を理解せず模写したものを使うということ自体、よろしくありませんわ。ちゃんと意味を理解してこその陣ですのよ!」


 ターニアの言うことは至極正しい。ダニエルも薄々気づいてはいたが理解せずに試すのは危険である。


「陣の古書は現存するものが少ないんだ。西の国々は歴史が浅くて古代の代物は手に入りにくい。調べようがないんだよ」


「それは理解せずに試して良いという理由に値しませんわ」


 くるくると旋回しながら、ターニアは怒りを発散した。


「私だって良くないとは思っているよ」


 子供たちと違い大人のターニアは指摘も考え方も容赦がない。厳しく言われてダニエルは少しだけ()ねた。

 ただ、このままい言われっぱなしは(しゃく)(さわ)るので、何かないかと頭を捻る。


(古い歴史の書物を私有している場所、国、土地……)


 目を(つむ)り頭の中を模索してみたが、何もでてはこなかった。





 ◇◆◇◆


 転移魔法陣の実験を一時中断して数日後、どうしても諦めきれないダニエルは試しに銀に話を持ち掛けた。


「銀君、陣の魔法に詳しい種族って知らないかな?」


「それ人間が使う魔法だろ。俺たちはそんな使い方しないし、別の種族の奴らも魔力は体に使うから知らない!」


「そうかあ。別種族が魔法を活用する方法は非常に気になる話題だけど、一旦諦めよう。ありがとう」


 ダニエルの興味を(くすぐ)るネタが零れ落ちてくるが、それを追いかけるなら陣は諦めるしかない。

 騒ぐ好奇心を抑え込み、今度は隣にいるエリオットに問いかける。


「エリオット君はどう? なにか知ってたりするかな」


 ダメ元で聞いてみると、エリオットは黙って頁を食い入るように見つめる。


「……間違っていますね。こことここは存在しない文字です」


 二つの文字を指して、エリオットは間違いを指摘した。


「読めるの? これを?!」

「ええ、古代語ですよね。一通りは習得していますから」


 ダニエルは天の助けとばかりにエリオットの肩を掴んで揺さぶった。


「わ、わ! ちょっと、ダニエル、なに?」

「これで陣が完成できるぞ! ありがとう、エリオット君」


 大喜びするダニエルに驚きはしたが、エリオットは頼られたことに気を良くした。

 銀に怪我を負わせたり、赤ん坊の粗相で大騒ぎしたりと、ここのところ彼にとっては忘れられない失態が続いていたからだ。


 もちろん、周囲の誰もがそのことを忘れているし気にしていない。


 ただ、エリオットの心の中では、まるで真っ白なシーツに落ちた黒い染みのごとく、恥ずべき汚点として刻まれているのだ。


「なんでも聞いてください!」


 心を苛む記憶を払拭するような話題は大歓迎とばかりに、笑顔でダニエルの申し出を引き受けたのだった。







 話を進めていくうちに、エリオットの顔は曇り、心はしぼんで、徐々に頭が項垂れていく。


「間違いは分かりますが、何を入れるべきかは判断がつきません。あと読むことはできますが、それが正しいかも分かりません」


 そう伝えることは、エリオットの心に非常に負担がかかった。目の前のダニエルの顔からも笑顔が消えたのがつらい。


 今日もまた、白いシーツに黒い染みがひとつ刻まれる。



「いや、いいんだ。エリオット君が悪いわけじゃないからね。ただこの本はミスがある。そう分かっただけで前進だよ」


 ダニエルはエリオットを励ましはしたが、これで転移魔法陣は完全に手詰まりだと諦めた。



 ◇◆◇◆


 数日後、完全に転移魔法陣を諦めたダニエルのもとに、エリオットが駆け寄ってきた。


「あ、あの! これを。良かったら、ですけど」


 よほど慌ててきたのだろう。息切れするエリオットを珍しく思いながら、ダニエルは手渡された封筒を見る。

 それは、なにかの招待状のようだった。



「公式は無理でしたが、お忍びで友人を招待するのなら大丈夫だと母上が許可をくださいました。ジルバ国は膨大な古書を保管していますから調べ物ができると思います!」


 せっかく頼ってもらえたのに期待に応えられないことを悔いたエリオットは、考え抜いた末、ジルバ国に保管されている書物を提供することを思いついた。

 ただ、持ち出すのは難しく、ならダニエルを少しのあいだ招待できないかと考えたのだ。




 その話を聞き、ダニエルは面食らう。

 瞬時に心を占領したのは、竜人という大陸一狂暴といわれる種族への畏怖(いふ)だった。

 そんな国へ身ひとつで乗り込んで戻ってこられるだろうか。

 だがしかし、古の国にはダニエルの知らない古い書物が山ほどあることも想像できる。



(最強なら、古くから保管されているものだって綺麗に守られているだろうか――。い、行きたい!!!)



 ダニエルにとっては、生命の危険より知識欲を満たせるチャンスのほうが上だった。

 愚かなまま安穏と生き続けるくらいなら、多少の危険を伴っても己が知識を増やしたい。


(欲しいものを手に入れるなら、多少のリスクと犠牲が付きものなのは定説だしね。死んだらそのときだ!)


 脳内が魅力的な提案に占拠され、勢いで無責任な理論を採用したダニエルの外側は、見事に停止中だ。


 無反応なダニエルを前に、エリオットは間違えたかもしれない、もしかしたら迷惑だったのかもしれない、と心に不安が広がっていった。再びシーツに黒い染みが浮ぶ。


「あ、あの。無理にではないので、もし迷惑だったのなら――」


 言いながら、エリオットがダニエルの手から招待状を引き抜こうとした時だった。



「迷惑だなんてとんでもない。とても光栄だよ、ありがとう! こんなに嬉しい招待状は生まれてはじめてだ!」


 そう叫んで、ダニエルはエリオットを抱き上げてクルクルと回りだした。

 驚いて混乱したエリオットは、何が起きているか分からず呆然とし、されるがままに身を任せる。

 降ろされ手を握られて連れていかれるあいだも、頭の中は真っ白だった。








「というわけで、私は少しのあいだ、ジルバ国へお忍びで出かけてきまーす!」


 見たこともない上機嫌なダニエルが、アーサーの執務室の扉を乱暴にあけ放つなり、開口一番宣言する。



 室内にいた全員――アーサー、ノア、リリィ、銀、ロビン、ターニアは、ぽかんと口を開けて注目した。


「叔父上、というわけでの前がない。前を聞かせてもらっても?」


「ああ、ごめんね。エリオット君が招待してくれたから、ジルバ国に出かけてくるよって話しさ」


 今度は、手をつながれたままのエリオットに全員の視線が注目する。


「こ、古代語を調べるなら、国の蔵書室がいいかと、おもい……まして」


 慣れない状況でしどろもどろなエリオットは、なんとか事情を説明し終えると、恥ずかしくなったのかダニエルの手を振りほどいた。

 顔も手も熱く、なんだかうなじがくすぐったい。足元がふわふわして夢見心地のまま、誰とも目線を合わせられずに俯いた。




 自分の気持ちに飲み込まれて隙だらけのエリオットに、今度は銀が飛びついた。


「ずるいぞ、ダニエルばっかり! 俺は? 俺はどうして招待されない!」


「ふぁ?!」


「俺も行きたい! ジルバ国行きたい! 行きたい!」


 エリオットの襟元を掴みガクガク揺らしながら、銀は『ずるい』を連呼して喚き続けた。


「だ、ダニエルは古代語を調べたいから招待したんだ。銀は興味ないだろ?」


「やだ、俺もジルバ国行きたい!」


「だって、そんな話してなかったじゃないか!」


「前から行きたいと思ってた! 俺も連れてってくれ。いいだろ?」


「わ、分かったから。手を放せよ!」


「やった! 絶対だからな。約束だからな!」


 銀は大喜びで飛び跳ねた。

 実はエリオットの国について知りたい、あわよくば交易したいという話をどう切り出すか、ずっと悩んでいたのだ。

 一度失敗すると二度目は無いと言い出しそうなエリオットをどう攻めるか。あの手この手をアーサーと練っていた。


(ゴリ押ししたら行けるなんて、ついてるぜ!)





 こうして、聖アウルム王国からジルバ国への非公式訪問が決まった。――が、問題はほかに誰が訪問するかである。


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