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3.聖女の募集(3)

 ノアに案内された部屋に入ると、既に二人の女性が席についていた。少し年上である彼女たちは、最後に入ってきたリリィに注目する。


「こんにちは。あなたも聖女候補生? あたしはポピィよ。よろしくね」


 金髪から桃色に変わる珍しい髪のポピィが、親しげに話しかけてくる。


(ポピィさんは、確かカルコス男爵令嬢。元平民出身で養女として迎え入れられたのよね。なら、もう一人がゴルド公爵令嬢――)


「……あなた、お名前は?」

 美しい青い髪の令嬢は、切れ長の目を細めてリリィを品定めするように視線を上から下へと動かしていく。

 ゴルド公爵令嬢であるオリビアは、この三人の中では一番高貴な身分になる。


「初めまして。リリィと申します。オリビア様、ポピィ様。よろしくお願いします」


 事前にノアから二人の爵位と名前を聞いていたリリィは、挨拶を済ませると空いている席に着いた。


(とりあえず低姿勢で、聞かれたことに答えるだけ。こちらからは話しかけない。困ったことがあったら返事を濁してノア従兄様にいさまに報告する――)


 昨日の今日で時間がなかったため、説明会を乗り切るためにノアと二人で取り決めた内容がこれだった。

 乗り切りさえすれば、(しばら)くは家族団欒(かぞくだんらん)を理由に城に行かなくて済むのだ。


 そんなリリィの気持ちを裏切るように、ポピィはずいずいと距離を詰めてくる。


「リリィちゃんの出身はどこ? 学園では見かけないから地方から来たの?」


 王都には貴族が学ぶ学校があり、十五歳から入学する三年制の学校だ。つまりリリィはまだ入学年齢に達していない。


「十三歳になります。ここへはティナム伯爵の後見で参りました」


「まぁ! ティナム伯爵。ならノア様はご存じ? あたし同じクラスなの。あ、アーサー殿下にオリビア様も一緒よ」


「そうなのですね」


「それにね、光魔法の試験結果はあたしが一番でオリビア様が二番目なの。あたしたち以外の人は、ぐんと低かったのですって。そういえばあなたは試験の時に会っていないわね」


 対人距離が近いのは平民出のせいだろうか。リリィも西の砦では辺境伯から平民出の私兵まであらゆる階級の人と関わってきたが、初対面でここまで近くはない。


「えっと。そう―― なのですね」


「うふふ。別で受けたのかな? リリィちゃんの試験結果興味あるなぁ」


「そう―― ですね?」

 リリィは、一方的に話を振られているのか質問されているのか分らない会話に、当たり障りない返事をする。


「ポピィさん。リリィさんが困惑していますよ。それにわたくしとポピィさんの能力差は微々たるもの。順位などあって無いようなものです。いちいち誰彼構わず話をしないでいただけますか。不愉快です」


「あら、ごめんなさい。あたしがオリビア様より優れていることって、めったにないから嬉しくてつい」


 にっこり笑うポピィの笑顔に悪意は感じられない。そんなポピィを睨みつけるオリビアは敵意を隠そうとしなかった。


(あ、仲が悪いんだわ)


 リリィは、この年上の女性二人の間柄を正しく正確に理解した。

 きっとポピィもオリビアのことが好きじゃない―― むしろ嫌いな部類であると確信する。


 その時、ドアがガチャリと開き担当者が入ってきた。同時に場のピリピリとした空気は一瞬で消え失せる。見ればオリビアもポピィも何事も無かったかのように座って前を向いていた。


「皆さんお揃いですね。では、これより聖女候補生の方々に説明を始めます。――」


 担当者の開始の言葉と共に非常に長々しい説明会は幕を開けたのだった。



 分厚い資料を抱えてリリィはトボトボと部屋を出る。

 左右を見れば壁際にノアが立っているのが見えた。ただしノアの前にはポピィがいて何かを一生懸命話しかけている。リリィはノアに目線を送ったが、視線が合うものの会話が終わらないため、まだ帰れないらしい。


(仕方ない。終わるまで待つしかないわ……)


 壁際に移動し持っていた資料を抱えなおす。普段から動き回ることの多かったリリィは長時間座って説明を聞くのに慣れていない。

 そのため疲れて頭がぼんやりとし熱を持っていた。

 いつもの癖でポケットに手を突っ込み、常備している飴玉を取り出し口に入れる。はしたない行為ではあるが、疲れたので脳に糖分を補給したかった。それに周囲に誰もいないから大丈夫だ――


「何をしている?」


 ノア達がいるのとは反対方向、しかも至近距離から声を掛けられリリィは飛び上がった。

 慌ててポケットから手を引き抜くと、中から飴玉が足元に転がり落ちた。


「驚かせてしまったか?」


 声の主は、いつの間にかリリィの横に立っていた。城で見かける騎士の制服でもなく先ほどの説明会でみた文官の制服でもない。

 金髪に制服でないとなれば――多分、王族か高貴な生まれの人物だ。


「いえ。とんでもありません」


「何か落としたようだが」


 指摘され慌てて拾い集めていると、突如後方から聞こえたポピィの声に戦慄した。


「あ! アーサー殿下。ごきげんよう」


(アーサー殿下! おおお王太子様だ!)


 高貴な方だとは思ったが王太子だとはびっくりだ。だって彼は一人で供も連れずに立っていたのだ。

 リリィが驚いているあいだに、ポピィはアーサーの目の前まで瞬時に移動し勢いよくしゃべり始めた。


「リリィ、待たせてごめんね。って、何を拾っているの?」


「あ、飴を落としてしまったので拾っていました」


 リリィが言い終わる前に、ノアの目がすぅっと細められる。

 多分飴を口に入れているのもバレている。淑女にあるまじき行為のため、説教コース確定である。


「殿下、私は一度リリィを送ってき――」

「ノア。君はカルコス男爵のご令嬢を送ってさしあげろ」


 おや、とリリィはノアを、次いでアーサーとポピィを見上げた。ポピィは不満そうに頬を膨らめている。


「アーサー殿下、あたしの仕事のご報告がまだ途中です」

「今日は説明と仕事の割り振りだけだったはずだ。報告は明日以降書面で受け取る」


 ポピィとの会話を切り上げたいアーサーがノアに視線を送る。ノアは素早くアーサーとポピィの間に滑り込んだ。


「かしこまりました。一度御前を失礼いたします。ではポピィさん。こちらへ」


 ポピィを連れて立ち去るノアの背中を見送りながら、やっと脳に糖分が回り始めたリリィは目を瞬いた。


(どうして、私が置いていかれるの?)


 不思議に思って、アーサーを見上げるが視線をそらされたので表情は読み取れない。

 しばし不思議な沈黙のあと、アーサーは咳払いをした。


「確か、まだ互いに名を名乗っていなかったな」


「! 私はティナム伯爵の姪で、ノア様の従妹のリリィと申します」

 アーサーの指摘を受けてリリィは身分を名乗りその場でカーテシーをしたが、両手がふさがっているので見事に失敗した。

 今さらではあるが令嬢としては失態だらけだった。


「俺はアーサー・アウルム。この国の王太子だ」


 互いに自己紹介をしたあと、再び奇妙な沈黙が落ちる。


「リリィ。もしこの後予定が空いていたら、少し付き合ってはくれないか?」


「はい。よろこんで」


 それ以外の答えなど言えるはずもなかった。リリィはアーサーの後について長い廊下を歩きだしたのだった。

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