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1.ここにないなら、どうするか?(1)

「この国って、意外に貧乏なのな」


 銀の率直な感想に、アーサーは傷つき視線を泳がせた。


「――そんなことは、ない筈なんだが……」



 アーサーがいま使っている机は、(ツル)幾何学模様(きかがくもよう)の細工に金銀の装飾が施されている。

 毛足の長い絨毯の上にはベロア地を張ったソファーが置かれ、肘枠の正面にも揃えの細工が施されていた。


 全体を紺色とこげ茶で統一し不要な装飾を好まない彼の部屋は、洗練されていて上品にみえる。




 この(ぜい)()らした調度品に囲まれる王太子の執務室で、ノグレー樹海出身の銀は聖アウルム王国を貧乏だと称したのだ。




 銀はふわふわのソファーに体重を預けると、手に持った硬貨を(もてあそ)びながら首を傾ける。


(あーあ。まさか目ぼしい品物が無いなんて思わなかったぜ)


 銀の出身である村は、土壁に土間や板の間といった簡素な家の造りをしているものばかりだ。

 獣人と取り引きのある他種族の家は、岩山をくり抜いて造られたものや大樹に上に造りつけられたものもあった。


 それらを見てきた銀にとって、聖アウルム王国の街並みも建物もこの部屋も、とても贅沢(ぜいたく)に映っていた。




 けれど、いざ取り引きを始めようとしたところ、かの国は対価が用意できなかった。


 がっかりである。



「大体さ、このお金ってやつ、どうして黄金に質の悪い鉱物を混ぜるんだよ? 混ぜ物の多い金属は価値が下がるんだ。価値を下げる加工なんて、する必要ある?」


「黄金は安定供給が難しいから、貨幣を大量生産するために他の鉱物と合わせて作っている。金属の価値として使っている訳ではないんだ」


「……黄金を扱っているのに、黄金として扱わないって、馬鹿なのか?」


 銀とアーサーの会話は噛み合わない。お金は物々交換(ぶつぶつこうかん)しない場合に利用する代替物であり、目利きによる物々交換で商売する獣人には必要がない。

 お金の考え方を理解しようにも、銀はその価値が掴めなくて未だに苦戦していた。


「しかもこれ、絵が一緒なのに使ってる鉱物違うし。これで一緒になる理由が分からん」


「造られる年によって、多少変えていると聞いている。細工を凝らしてあるから偽装は難しいので問題ないんだ」


「へー。偽装とかあるなら、ますます使いたくないな」


 銀は自分が稼いだ貨幣を雑に袋へと戻した。


 聖アウルム王国の夏至祭で買い物したときに貨幣を使ってみたものの、どうにも尻のすわりが悪い。

 夏至祭で同じ絵柄の貨幣二枚を別の店で出して、薬草とお菓子をそれぞれ買ったのだが、銀の目利きではそれらの品が同じ価値があるとは言い難かった。


『絶対に、このお菓子は薬草より価値がある!』


 そう言って菓子屋の売り子にもう一枚コインを出したら、笑われて受け取ってもらえなかった。

 あげくに『可愛いから、これはおまけね!』と言って別のお菓子まで手渡された。


 渡した貨幣とお菓子が一緒に戻ってきたことで、銀のお金の認識は見事に歪んだ。

 くれるならばとお礼をいって受け取ったが、頭は余計に混乱したのだった。


「食べ物も薬草も装飾も、ここにしかないって希少価値がないと客がつかないんだ。この国なんにもないじゃんか!」


「……」


 アーサーは手を組んで俯いた。『大陸一の成金大国』とは聖アウルム王国の通り名である。

 金ならあるはずなのに、対価が支払えない。

 それは聖アウルム王国が単に物流が盛んで潤っているだけで、国の特産物があるわけではないことに起因する。


『何でも手に入る夢の国』の前には『わざわざ現地に出向かなくても』という言葉が暗黙でついているのだ。



(考えれば分かることとはいえ……。思い至らなかった)


 獣人に取り引きを持ち掛けられたことで物資不足が解決だと思っていただけに、アーサーはひどく打ちのめされた。

 なにかないかと探したが、本当になんにもなかった。特徴のない自給自足品と他国の特産物で潤っているだけであった。


 悩むアーサーを前に、銀は早々にターゲットを他へと移す。


 実はどうしても、どうしても参入したい市場があるのだ。




 目線の先には、机に向かって必死に本とにらめっこしているエリオットの後姿が見える。


(エリオット……竜人族……竜の鱗……)


 頭の中には、花祭で手に入れた竜の鱗が浮かび上がる。あれは鱗一枚に値段がついて飛ぶように売れた。追加で入ったら教えてほしいとも言われている。

 もう入荷の予定はないと伝えても、入ったらぜひにと食い下がれるほどだった。


 銀はどうにかしてもう一度竜の鱗を手に入れたかった。

 ただ、獣人は取り引きする相手を選ぶときに、絶対に守る基準がある。



 ――獣人よりも強い種族とは直接商いを持ちかけない

 これが絶対の掟だ。



 売買の交渉は時に争いの引き金にもなる。そのとき自分たちより強い者を相手にしていると問答無用で殺されるからだ。

 自分と対等、もしくは格下の相手と誠意をもって対峙すること。脅威のある相手とは直接折衝しないこと。

 銀は小さいころから、そう言い聞かされて育っていた。


(竜人族は、まだ誰も商売したことのない相手だし、もしうまくいったら、俺が一番はじめに成功したことになるのか!)


 途端、銀の目が輝きを帯びて頬が紅潮する。初めてのことは、なんだってワクワクするのだ。



 ――聖アウルム王国を介して、竜人族と交易しよう



 銀はソファを降りて悩み尽くしているアーサーの横までいくと、耳元で(ささや)いた。


「アーサー殿、ないなら他から引っ張るしかない」


 声につられてアーサーが顔を上げれば、銀の寸分の狂いもない清々しい笑顔が飛び込んできた。

 不安に駆られたが、とりあえず話を聞くことにする。



 というのも、この手の話で頼れる人がアーサーの周囲にいないのだ。

 頼みの綱のダニエルは、聖アウルム王国の目ぼしい流通物のリストアップは嬉々としてやってくれたが、それだけだった。


『どうしたらよいか』と相談すれば『どうしたいのか?』と返ってきた。

『取り引きできる品が欲しい』と返せば『特産物を開発するなら数年かかる。確実にできるかは分からない』と返ってきた。


『わからないことは決められないだろう。候補はいくらでも出せるけどさ』


 それがダニエルの答えだった。

 他の者もアーサーと同じく成金大国の事情しか知らないので、相談しても答えは持ち合わせていない。


(もう、怪しかろうが銀を頼るのが一番だろう。勉強だと思ってここは乗っておく、か)


 アーサーは覚悟を決め、銀に向かって耳を差し出した。



 そして、耳打ちれさたアーサーの視線は、ゆっくりとエリオットの背中へと向けられていったのだった。




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