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20.王妃のお茶会(2)

 聖アウルム王国の王妃――モルガン・アウルムは、非常に人当たりが良く温厚な性格で、彼女を悪く言うものは誰もいないと評判の人格者である。波打つプラチナブロンドの髪に、青く透き通った瞳が印象的であり、彼女が笑えば春の花がいっせいに咲いたかのように華やぐのだ。


 その見た目の華やかさを差し置いて、彼女は人格を称賛される。


 モルガンは政治への影響力はない。夫であり国王のトマス・アウルムの圧倒的な影響力を利用することもなく、彼女はもっぱら茶会や舞踏会などの社交に精力的なだけ。どの階級の者とも当たり障りなく交流して周囲との調和を保っているのだ。


 表立って語られることはないが、彼女と交流のある一部の聡い貴族達が密かに考えていることがある。


『あの王妃様に嫌われたなら、苦手だと言われてしまったなら。その者は一体どうなってしまうのだろうか?』


 幸い、そのような王族貴族は未だに出ていないが、もしも言われたならば取りつく島もないだろうことは簡単に想像できる。


『あの慈愛深い王妃様に、お前は一体なにをした?』


 その言葉で、ありとあらゆる王妃を慕う者達から追及され詮索されることは間違いない。

 周囲は王妃が心を痛めてしまっても仕方ない悪事を聞き出すまで、当事者の追求をやめることは無いだろう。


 モルガンは、その優しさと人当たりの良さ、そして適度な聡明さを振る舞うことで、周囲を味方につけて確固たる地位を築き上げ、聖アウルム王国王妃として君臨しているのであった。



 さて、そんな優しく慈愛深い王妃様のお茶会を取り付けたのは、聖女候補生であるオリビアとポピィであった。

 彼女たちは、シーズン終わりの舞踏会で王妃に、こう願い出のだ。聖女候補生であり王太子の婚約者候補である自分達と交流を深めませんか、と。


 来るものは拒まず受け入れる王妃は、この提案を快諾した。

 ついでに最近態度の冷たい息子、アーサーも巻き込もうとしたのだが、これは失敗に終わる。


 あの優しくて無口で従順なアーサーが拒否したのなら仕方ないと、王妃は息子を巻き込むことは早々に諦めた。

 今は純粋に若い娘達とのお茶会を楽しみにしていて、流行の菓子を取り寄せて、普段は使わない可愛らしいティーセットを選び、テーブルセッティングも若い子向けにと気を遣う。


「ふふふ。息子と同い年のご令嬢とお茶会なんて、ワクワクするわね。それにひとりはは初めましてだから、どのような()が来るか楽しみね」



 そんなわけで、今日この良き日に聖女候補生を迎え入れて、王妃の茶会は幕を開けた。




 約束の時間より少し前に、ゴルド公爵家令嬢オリビアと、カルコス男爵令嬢ポピィ、そしてティナム伯爵家に滞在するリリィが、案内されて王妃の前へと並び、順に挨拶を述べていった。


「いらっしゃい。今日この日をずっと楽しみにしていたのよ。内輪のお茶会ですし、かしこまらなくて大丈夫ですからね」


 席に着き、王妃のおしゃべりがはじまれば、リリィは相槌を打つこと以外にすることが無くなった。


(確かにアーサー様が言った通り、王妃様がずっとしゃべっていて、オリビア様とポピィ様もしゃべっていて、私が何かを言う隙も無いわ。なーんだ。おばちゃんたちの井戸端会議でふんふん頷いているのと一緒だわ)


 西の砦で休憩時間に集まってきたおばちゃんたちが、ずっとしゃべり倒しているのを思い出した。その横でいつもリリィは適当に相槌を打ちながらお菓子を食べて過ごしていたが、それと同じなのかと理解すれば緊張は和らいでいく。


 そうなると目の前のお菓子が気になった。綺麗な模様の描かれたアイシングクッキーを一枚手に取ると、その模様をじっくりと眺めてから、上品に見えるように気を付けて食べ始めたのだった。


 一方、目的をもってこの茶会の約束を取り付けたオリビアとポピィは内心焦っていた。

 王妃様の取り留めのない、良く言えば万人受のする、悪くいえば中身の薄い会話を断ち切るのに二人は苦労していたのだ。


「王妃様、アーサー様のことを相談したいのです。わたくしやポピィさんは、最近聖女候補生の仕事がなく、お会いすることが減ってしまいましたの」


「そうなのね。でも、アーサーが問題を片付けたということなのよね。それは良い話ですから、仕方ないわね」


「そ、そうとも言えますが、ですが聖女候補生は婚約者候補でもありますので、やはりお会いできる場面が減ると、わたくし達としましても不安がありまして」


「そうね。婚約者と会う回数が減るのは気が滅入るものよね。アーサーは仕事ばかりにかまけるから。そういう殿方の元に嫁ぐとなると、苦労が絶えないかもしれないわね。申し訳ないわ、愚息のせいで」


 共感ではなく協力を仰ぎたいのだが、オリビアの言葉は王妃には響かないらしい。


「あの! アーサー殿下が婚約者を決めれば、国民も喜ぶと思うんです。王妃様なら婚約者選定を取り仕切ることもできますよね?」


 痺れを切らしたポピィが直球で王妃に話を振ったことで、オリビアは嫌な汗が体から噴き出した。


「ぽ、ポピィさん、婚約者の件はデリケートなお話ですから。国政の絡む話ですし。わたくしたちは、聖女候補生として役立ったうえで、アーサー様に選んでいただきたいという姿勢で――」


「んー。でも王妃様の話だと、アーサー殿下はお仕事に夢中でしょ。なら周囲の人が斡旋してあげないと進まないと思うのよね」


 平民として暮らしていたポピィの周囲では、誰かが気を利かせて世話することは日常的に行われていた。貴族になってからは親類縁者が斡旋している話も耳にしている。

 なら王太子の婚約も親が斡旋すればいい。周囲が気にしてお膳立てするべきだとポピィは信じて疑っていなかった。


(だって、平民も貴族もしていることなら、王族も一緒でしょ。それに本人にやる気がないなら、やってあげるほうが親切よ!)


「ポピィさんはハキハキ意見が言える方なのね。貴族社会だと苦労したりしていない? 大丈夫かしら」


「悪く言われることもありますけど、褒められることもありますから。あたしは気にしていません!」


 屈託なく笑うポピィに、王妃も笑顔を返してお茶のお代わりをすすめた。


「アーサーの婚約者の件は、あの子が決めるのが一番だと思っているわ。いろいろ考えることが多いし、あの子は教えてくれないから、勝手に何かをするのは気がひけるのよ」


 ごめんなさいね、と王妃が謝ったことで、オリビアはこの交渉が失敗に終わったのだと理解する。

 王家はアーサーの婚約者選定を焦って進める気はないのだ。なら、焦らずともチャンスを探す猶予は残っているといえた。


 そう割り切ったオリビアに対し、ポピィはそこを何とか押し切れないかと前に出る。


「本人の気持ちは大事ですよね。でも、周囲にお膳立てされたあとで、そうしてもらえて良かった、自分だけでは出会えなかったって感謝することだってあると思うんです。王妃様はアーサー殿下のお母様ですし、聞き出して手を貸してあげるのが優しさだと思います!」


 国一番の慈愛を謳われる王妃に優しさを説くポピィの愚行が信じられず、オリビアは動揺して声が裏返る。


「……ぽ、ポピィさん、その辺りで、ね」


 なんとかポピィを止める言葉を口にしたが、未だかつてオリビアがこの男爵令嬢を止められたことはないのだった。


「オリビア様も、しっかり説明してください。ちゃんと会話していても気持ちがすれ違うことは、ままあるんです。そんな風にやんわりとした物言いでは余計に相手に誤解を与えちゃいますよ」


「あ、あなたねぇ、貴族令嬢の振る舞いというものがあるのよ。ご存じないのかしら?」


 部屋の雰囲気がなんだか悪くなったので、王妃は話題を変えることにした。


「そういえば、リリィさん。アーサーが持っていったメモリアル・ドールのお城はどうだったかしら?」


「え?」


 急に話を振られたリリィは、頭が一瞬真っ白になった。パイを食べるかタルトを食べるか悩んでいたので余計に混乱する。


「このまえアーサーが前触れもなく急に訪ねてきてね、しまってあったメモリアル・ドールの城を貸してほしいと言ってきたのよ。理由を聞いたらリリィさんが最近興味を持ったから、良いものを見せて見聞を広めてあげたいと言って持っていったのよ。まだ見てなかったかしら?」


 アーサーの部屋の棚に、ある日突然現れたロビンの城の出所が判明した瞬間であった。


(わ、私を理由に、王妃様から、借りてきたって――どういうことですか、アーサー殿下!)


 心で絶叫したが、目の前の王妃にはちゃんと感想を伝えねばならない。


「――は、拝見しました! お城のドールハウスは初めてみたので、びっくりしました。とても素晴らしくて感動しました!」


「良かったわ。あれは国王陛下と私が婚約していたときに、陛下が特注で作って贈ってくださった世界に一つだけのお城なの。ずっとしまってあったけど、こうやって誰かに使ってもらうのも嬉しいものね」


 実際のところ、リリィはあの城のものを何ひとつ触っていなかった。

 ついでに言えば、近くで見ることもしていない。だって城の中ではロビンとターニアがデートしているのだ。近づいて覗くような無粋なことをしたら後が怖い。


 リリィが触ったことがあるのは、夏至祭前に購入したドールハウスと、母親のお下がりのドールハウスの二つだけだ。並べて部屋に置いてあり、ターニアと相談しながら模様替えをしたりカーテンを付けたりして、毎日少しずつディスプレイを整えている。どの家具も食器も精巧な作りであり、いくら眺めていても飽きないのだ。


(えーと、市販品であのクオリティなら、王妃様の特注品は絶対それ以上よね、よし!)


「家具も食器もとても素晴らしくて、眺めているとあっという間に時間が過ぎてしまいます。素敵なドールハウスを見せていただき、ありがとうございました!」


「二十年も前のドールハウスだけど、楽しんでもらえたなら嬉しいわ」


 ニコニコ笑う王妃に、リリィも笑顔で頷いた。




 幸運にも王妃のお茶会を切り抜けたリリィとは対照的に、オリビアとポピィの心象は良くないままに茶会は終わってしまう。

 そのことが我慢できなくて、帰りの廊下でオリビアとポピィの二人は言い争いを始めたのだった。

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