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聖女になりたい訳ではありませんが【書籍化・コミカライズ】  作者: 咲倉 未来
第2部:聖女候補生編(後編)

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幕間.樹海の村のその後

「どうして銀はいないんだ」


「仕方ないでしょ。そのうち帰ってくるわよ」


 夏至祭がはじまって数日たつが、未だに銀は樹海の村から戻ってこない。

 そのことでエリオットが苛立っていた。


 エリオットの心はまだ不安定なままで、体にまとったシーツから顔を見せるようにはなったが、未だに手放そうとはしないのだった。


「きっと僕を置いて行く気なんだ」


「……私たちが夏至祭に出かけたら、置いていかれるのは銀のほうよ」


 リリィの言葉はエリオットに衝撃を与えた。今の彼は被害妄想の塊なので、虐げられるのは常に自分になっているのだ。


「……そうかもしれない」


 ハラリとシーツが落ちて頭が出てくる。相変わらず人ならざる綺麗な顔立ちは、まだ少しだけ曇っている。


「……銀がいないと、つまらない」


 ぽつりとエリオットがつぶやいた言葉に、リリィも頷く。

 三人で一緒にいるとき、いつだって企画を立ち上げるのは銀なのだ。

 それに文句を言いながら加わるエリオットと、問答無用で巻き込まれるリリィというのがお決まりの流れである。


「早く帰ってくればいいのに」


「……そうね」


 二人が居るのはアーサーの執務室の隣の部屋で、いつ銀が戻ってきてもいいように、毎日首を長くして待っていた。


 銀の事だから、適当に切り上げて戻ってくると思っていたのに音沙汰がない。

 リリィが状況を確認してから帰ってきてほしいと願ったばかりに、銀がなにか事件に巻き込まれたのではないかと心配になる。


(ターニアにお願いしたら、なにか分る方法があるかしら)


 リリィはターニアの居るアーサーの執務室へと歩いていった。

 

 今、アーサーとダニエル、それにノアは外出中である。遠慮なく執務室に入っていくと、奥の棚の上には、それは立派な城の形をしたドールハウスが置かれている。


 このドールハウス、アーサーとリリィが戻ってきた翌日には王太子の執務室に設置されていた。


 聖アウルム王国の城に似せた外観に、家具は全てアンティーク調で統一されている。リリィが立ち寄ったメモリアル・ドールの店にも置いていないような立派な城の中では、ロビンとターニアがお茶を飲んで楽しんでいる。


(むぅ。邪魔しちゃ悪い気がする)


 良く考えればターニアを連れて樹海の森に行くのはまずいので、やはり大人しく待つのがいいだろう。

 なにか楽しいことはないかと悩みながら、リリィは再びエリオットの待つ部屋へと戻っていったのだった。



 □□□



 その日の午後、銀がひょっこりと戻ってきた。

 少し前にアーサーとダニエル、それにノアも戻ってきていて、全員でお茶を飲んでいるところに顔を出したのだ。


「ただいまー! なんだ、みんないるのか」


「おかえり、銀。無事でよかったわ」


 喜んで出迎えたリリィとは対照的に、エリオットはなぜか少し距離をとっていた。彼は未だに飛び出していったときの喧嘩の後味を引きずっており、気まずいのだ。


「一応全部解決したから報告するよ。あとアーサー殿にも相談したいことがある。村長から伝言を預かってるんだ」


 普段と違って真面目な顔を作った銀は、まずはリリィに頼まれていた顛末を報告した。


 長老はターニアとロビンが死んだことをオベロンに信じさせ、無事に村に戻ってきたそうだ。


「また、死にそこなったーって笑っていたから、心配ない」


 凄く心配していたリリィは、その軽い調子にがっかりとした。



「それから、妖精と獣人は今後の取り引きを全部見直す話になった。あいつら、ターニア様の魔法を自分たちの手柄だと思い込んで大丈夫だって言っていたけど、その前までが酷かっただろ。成功率が下がったことを指摘して、闇市の規模を減らすようにしたんだ。大樹の里への物資提供も最低限になる。減った分をどうするかはあちらが考えることだから、獣人は関与しない」


 ターニアはその結論を聞くと目を逸らした。オベロンは相変わらず適当で、里の生活は直ぐにギリギリとなるだろう。再び妖精王に助けを求めたとて、ターニアを死亡させているので手厚く施しを受けられるはずがない。

 そのうちオベロンでは駄目だと判断され、領主交代の話に繋がるか、何らかの策を打ったオベロンが巻き返すのか。

 どちらにしろ、今のターニアには関係のない話となってしまっていた。



「今回の闇市が終わったら取り引きのある顧客に納品がてら縮小の説明をする。このあと刷新して要望があれば取り引き再開するかもしれないけど、当面は獣人が暮らしていける程度に縮小することで決まった。それならオベロン様でも必死になれば、なんとかできるだろうって見通しだ。リリィへの報告は、以上!」


「ありがとう。帰ってきてくれて嬉しいわ」


 リリィにとっては銀が無事に戻ってきてくれたことが何よりも嬉しかった。


「それからアーサー殿に相談なんだけどさ、獣人との取り引きの規模を拡大してほしいんだ。闇市に流していた薬草が回せるようになるからな。ただ俺たちはお金はいらない。対価に値する品があるか村長が相談したいんだってさ」


 東の国からの輸入が激減した問題を抱える聖アウルム王国にとっては、願ってもない申し出であった。


「ぜひ受けよう」


「了解! あと、他に欲しいものがあれば教えてくれとも言っていた。薬草と交換した品を取り引きすることもできるからって」


「そちらも今後の話し合い次第だな」


「うん。これで俺の仕事は終わりだ!」


 銀はソファから飛び降りると、二パッと笑い、袋を取り出してチャリチャリとわざと音を立てる。


「で、夏至祭はいつ行く? 俺、早くお金でなんか交換したいんだよ!」


「もう、みんなでずっと銀が戻ってくるのをまってたのよ」


「そっか、間に合って良かったぜ。エリオット、見てくれよ。これが俺の初めて稼いだお金なんだ」


 袋から数枚のコインを取り出すと、銀はエリオットに見せびらかした。

 喧嘩を引きずり、謝罪をずっと心の中で復唱し、いつ話しかけようか様子を窺っていたエリオットは、驚いて後退る。


「いいだろ。一人で稼いだんだぜ!」


 自分はあんなに気を揉んでいたのに、銀はいつも通りの銀だった。

 パクパクと口を閉じたり開けたりしながら言葉を探したが、なにも出てこない。気に病んでいたのは自分だけなのだという事実を知り、エリオットは銀に向かって盛大に切れ散らかした。


「お前のせいで、夏至祭に行きそびれるところだったんだぞ!」


「明日も明後日もやってるから大丈夫だって。ちゃんと間に合っただろー。こっちの祭りは何が交換できるのか楽しみだな!」





 翌日全員連れ立って、念願の夏至祭へと繰り出したのだった。


明日から後半(残り11話)に入っていきます。

第二章完結は12/12です。

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