幕間.妖精姫の心の内
「あ! いいこと思いついた」
ここは城内であり、場所はアーサーの執務室である。
目の前では、ダニエルとアーサーが感動的な雰囲気に包まれていて良い感じに和んでいたのだが、その場面に少々飽きてきたリリィが部屋の棚に置いてある荷物を見つけて妙案を思いついたのだ。
その荷物を手に取り床に置くと、中を漁りながらメモリアル・ドールの洋服を取り出し、ターニアに差し出した。
「ターニアとロビンのサイズに合うと思うんだけど、どうかな?」
長老に服を取り上げられた二人は、未だに布を巻き付けた姿のままだ。
ドレスと詰襟の服を袋から出すと、リリィは二人に差し出した。
それらは、まるで仕立てたようにサイズがぴったりで、ターニアは感極まって涙ぐむ。
「我が主は、わたくしが従者に加わることを予見していたのですか?」
「人形用に買ったものよ。ほら見て。羽根の穴がないでしょ」
指摘されて背中を見れば、確かに羽根を出すための穴は開いていなかった。
ただターニアにとって、そんなことは些細な問題であった。素敵なドレスを主人が贈ってくれたのだ。ありがたくてやはり涙が出てしまう。
「この程度であれば、わたくしは自分で処理できますわ。ロビンの分も穴を空けます。早く着替えてしまいましょう」
「そうですね。俺もこの服装がずっとでは恥ずかしい」
ターニアは受け取った服の背中に穴を空け始める。その様子にリリィは釘付けになった。
ターニアが何もない宙に切れ目を作り、中から小さなハサミを取り出したのだ。
背中に穴を空け、切った端に何かを塗ると、二人はそれぞれ服を持って立ち上がる。
「わたくしとロビンは、少しのあいだ別の空間で着替えてきますわ。御前を失礼いたします、我が主」
そう言って、さっと消えてしまった。
目の前で起きた出来事に、目をパチパチさせながらリリィは立ち尽くす。そして脳内でメモリアル・ドールのために購入した商品を思い浮かべると、一気に興奮しだした。
(もしかしてドールハウスにターニアが住んだりするのかな? ティーセットとか使うかな?)
メモリアル・ドールを使ってやりたかったことは、もしかしなくともターニアにモノを渡せば、全部目の前で繰り広げてくれるのではないか。
(人間サイズのクッキーとか食べたりするのかな? いいなぁ! 洋服の本も渡したら作ったりするのかな)
街の専門店では洋裁屋のドールハウスと小道具も売っていた。買うのを迷った品々も、祖父から貰ったお小遣いを注ぎ込めば買い足せるはずだ。
夢のような世界を思い描いてしまったリリィは、買ってもらった商品を片っ端から開け始めた。
「リリィ。何しているのかな?」
「ターニアに見せてあげるの。きっと喜ぶわ。ノア従兄様も手伝って!」
なにやら国を追われてつらい目にあった話もしていたし、洋服だって仕方ないとはいえ取り上げられてしまったのだ。
ロビンと一緒だが、二人だけで逃げ出したのならリリィが知らないだけで悲しい思いもしただろうと想像できた。
ドールハウスを取り出し、ティーセットなどの小物を出していく。服も山ほど買ったので、見えるように一枚ずつ並べてみた。
全部出し終わると、リリィはターニアが戻ってくるのを待った。
そして彼女が戻ってきたら、どんなものが好きかを聞いてみようと思ったのだった。
□□□
ターニアの心には、まだ存分にオベロンへの怒りが残っていた。
先々苦労することを想像し、ヘレナと一緒に里中から責められて、ついでに妖精王に怒られればいいと、ふとした瞬間、恨み言を心の中で呟いている。
もちろん妖精姫という肩書を持っていた彼女は、そんなみっともない内心など出しはしない。
オベロンの苦労話を、うっかり聞きたいと口にすることはあったが、すぐに反省したのだ。
(あんな男のせいで、新しい主に呆れられたくないわ。それに、ロビンとも一緒にいられるようになったのだし)
一番欲しいものが手に入った。新しい主だって優しく接してくれる。
(それで満足すべきなのに。わたくしは、どうしようもないわね)
気を抜けば怒りがふつふつと込み上げてくる。幸せに集中しようと思えば思うほど、なぜかオベロンの所業が赦せないと心が悲鳴をあげるのだ。
――優しく接してもらえて敬意を払われることで、以前の理不尽な扱いが不当なものだと再認識してしまい、我慢が効かなくなっていく
幸せを感じるほどに、過去の理不尽な出来事がターニアを苦しめるのだった。
着替えが終わり、ターニアは自分のドレスに目を向ける。
綺麗な刺繍やビーズが縫い付けられたそれらは、大樹の里で着ていたドレスと趣向が違って新鮮であった。もちろん可愛らしくて、すぐに気に入った。
(もう、忘れましょう。新しい主の元で新しい人生をはじめるのよ)
ターニアは自分に言い聞かせると、そのトゲトゲしい気持ちを一生懸命に心の奥底に押し込めた。
着替え終えて空間を出れば、リリィが待っていましたとばかりに満面の笑みで出迎えてくれる。
「ターニア、みてみて。お家でしょ、ティーセットでしょ。テーブルに、可愛いソファーもあるの。ワンピースもドレスもいっぱいあるけど、ターニアはどれが好き?」
目の前の机にぎっしりと並べられたのは、ターニアのサイズに丁度良い品々だ。
「足りないものは夏至祭で買い足そうと思うの。予算はまだたくさん余ってるんだって。ノア従兄様が言ってた!」
屈託のない笑顔に、まじりっけのない善意。全てを丸っと受け入れているリリィの態度に、ターニアは堪らなくなった。
怒りを押さえつけていた心は、激しく揺さぶられたせいでバランスを崩してしまう。再び顔を覗かせたオベロンへの怨嗟は、けれどリリィの全力の好意の前に霞んでいった。
ターニアの顔が歪み目から大粒の涙が零れ落ちる。
「! ターニア、どうしたの? どこか痛いとか?」
主を心配させるなど契約妖精にあるまじき振る舞いだと、涙を拭って笑顔をつくる。
「いいえ、あまりのサプライズに感動してしまったの。どれも素敵な品ですね――」
言い終えると、両手で顔を隠し今度こそターニアは泣き崩れた。
押し殺し続けた憎しみと溢れんばかりの好意に飲み込まれ、感情が溢れてとめられない。
「大変だったのよね。もう大丈夫だからね」
泣かせてしまったが、一応嬉しいという言葉を貰えたので、リリィは安心してターニアを手のひらに乗せる。その手の中で、ターニアは声を殺して泣き続けた。
――どれもこれも、涙で全てを流しきってしまいたい
きっと、これからは楽しいことが待っているはずだから、めいっぱい泣いたら、今度こそ終わりにしよう。
妖精姫の心の内は、今日この時を境に穏やかに健やかに落ち着いていくのであった。




