16.真実の愛と、その代償(4)
「なんじゃ、こっちに勢ぞろいして、なんかあったんかぁ?」
「じっちゃん! じゃなくて、長老。どうしてここに」
「……」
銀の問いかけを無視して、長老はゆっくりと視線を動かしていく。銀に杏、アーサーにリリィ、それに妖精の二人を見つけて、眉間の皺が深くなる。
「また、面倒なことを……」
ぽつりと呟くと、両手で杖を握りしめ険しい顔で悩みだした。深い溜息をなんどか吐くと、長老はターニアとロビンに向かい手を差し出した。
「ターニア様と従者殿は、服を脱いで渡すんじゃ。妖精殺しの短剣もな」
「「?!!」」
その言葉にターニアとロビンは驚いて抗議しようとするが、長老は頑として譲らない。
「杏、手ぬぐいを貸してやれ。二人はさっさと服を寄こすんじゃ」
理不尽な提案も言い出した側が揺るがないと、意思の弱い方が徐々にやり込められる。
最後にはターニアとロビンは長老の剣幕に負けて服を渡し、手ぬぐいを裂いて身にまとうことになってしまった。
ロビンは隠してあった短剣と自分たちの服を長老に手渡した。
長老は受け取った服を地面に落とし、草鞋で二度、三度と踏みつける。
一同が呆気に囚われている中、汚れた服で短剣を包むと着物の袂にしまい込み、長老はアーサーとリリィの方を向いて、ニタリと笑った。
「兄さんに娘さん。すまんが妖精を引き取ってもらえんかの。わしは今から二人を死んだことにして話をつけてくるでな」
「「……」」
アーサーもリリィも何とも言えない表情で黙り込んだ。二人ともなんとなくそんな予感がしていたのだ。
「妖精が外で暮らすには、主人と契約し生命力を分けてもらって永らえるしかないじゃろ。獣人達は契約を結べない。バレたらオベロン様と揉めてしまうからな」
「俺たちが契約しなければ、どうなる?」
アーサーが問いかければ、長老がヘラリと笑う。
「わしの嘘が本当になるだけじゃ。大樹の里から出た妖精は長生きできんからな」
その言葉に驚いてリリィはアーサーの服をぎゅっと掴む。そしてロビンは弾かれたようにアーサーの目の前まで飛んでいった。
「せめて、ターニア様だけでもお願いします。どうか、どうか助けてください」
「! ロビン、また勝手なことを。わたくしが一人だけ助かるなんて絶対に許可しないわよ!」
ターニアの言葉を無視して頭を下げて頼み込むロビンが、アーサーの目と鼻の先まで迫ってくる。
帯剣した姿と妖精姫の従者という立場から、彼も騎士なのだろうと予測がついた。
国も種族も違うが、アーサーの見識では騎士道を選んだものが、やたらに頭を下げることはまずない。その必死さに断ることは難しいだろうな、といろいろ諦めた。
国を出ても、なんやかんやで厄介ごとの投げ込み先になる。自分はつくづくそういう星の元に生まれたのだと実感した。
「なら、俺が二人と契約しよう。それなら連れて出られる」
「人間が一度に二人の妖精と契約するのは魔力の負担が大きすぎます。できれば一人ずつにお願いしたい」
ロビンの視線は、アーサーの影に隠れているリリィに注がれる。その視線を遮るように、アーサーは手を回してリリィを背中に隠した。
「俺の魔力量であれば、多少の無理もきくだろう」
「たしかに、あなたの魔力が非常に濃いのは伝わってきます。ですが、高位の魔法士でも複数の妖精と契約を結ぶとき、期間を必ず空けることを徹底していました。本当に大丈夫でしょうか?」
折角契約しても主が倒れては意味がない。ロビンは難色を示して立ち往生した。
その様子がとても深刻そうにみえて、リリィはアーサーが死ぬ可能性があるのだと思い込んだ。
「わ、私も契約します! 一人につき妖精さん一人なら安全なんですよね?」
アーサーを死なせるくらいなら妖精と契約するほうがいい。全員で一緒に帰るためにリリィは必死になった。
それに目を覚ましたターニアは、布切れを纏っていても凛とした姿で思わず見惚れてしまう美しさだ。主人となれば、この見目麗しい妖精と一緒に過ごせる。そのことに少しだけ胸がときめいてしまった。
そんなリリィの視線を捉えたターニアは、ふわりと飛んでいくと、目の前で優しく微笑んだ。その美しい笑顔が、リリィの心を一瞬で虜にする。
「わたくしのことはターニアとお呼びください。我が主」
「こ、こちらこそよろしくお願いします。ターニア」
許可が出たことで、ターニアの体から光が溢れてリリィの体へと流れていく。ターニアは周囲を旋回し光をまんべんなくリリィに纏わせた
リリィとターニアの契約が成立すると、ロビンはアーサーへと礼をとる。
「俺はあなたにお仕えします。ロビンとお呼びください、我が主」
「アーサーだ。よろしく頼む」
ロビンがアーサーの周囲を旋回し、光を纏えば、妖精との契約が成立したのだった。