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1.聖女の募集(1)

ブックマークありがとうございます!

 メタウの町を出立して二日ほど荷馬車を走らせれば、小さくではあるが王都の建物を視界に捉えた。

 王都全体の上空には半球を描く膜のようなものが覆いかぶさり、西に傾きかけた太陽光を浴びて虹色に光っている。


「リリィ。あれが王都名物の守護壁プロテクト・ウォールよ。中から見上げると透明だけど、外からは薄っすらと光って見えるの」


「ふーん」


 母のエマがリリィの気を引こうと一生懸命王都のことを説明するが、リリィは王都に嫌悪感を抱いているので返事が投げやりだった。


「外部からの攻撃は通さないの。けど、雨や風はちゃんと通すのよ。不思議でしょう?」


 確かに物理攻撃をはねのけるのに物質を通すのは不思議である。

 何もなければ食い入るように聞いたが、今のリリィは始終不貞腐れていて、王都に関する話を受け付けない姿勢をとっているので、興味が無いとそっぽを向いた。


「もう。そんなに落ち込まないの。東の砦は暫くは安全よ。砂漠を越えなければオーロ皇国から聖アウルム王国には辿り着けないもの。すぐに進軍はできっこないわ」


 もしもの時に備えるために召集されているのだ。――でも、ならリリィを連れて行っても大丈夫なはずだ。


「リリィ。戦争があってもなくても、あなたは別の問題があるのよ。忘れてはいけないわ」


「それは、そうかもしれないけど」


「あれは何歳の頃だったかしら。みんなで海に遊びに行ったとき、ちょっと岩場に歩いていったと思ったら、人魚に海に引き込まれて死ぬところだったわね」


 何かに呼ばれた気がして歩いて行ったら砂浜に人魚の子供が打ち上げられていたのだ。

 慌てて海に戻してあげたら、お礼をしたいといって海に引きずり込まれた。

 相手の人魚は人間が海の中では息ができないということを知らなかったらしく、溺れたリリィに驚いて手を離してくれたので助かった。ことがあった。


「それから三日間も行方不明になったこともあったわね。とても心配したわ」


 見知った原っぱで怪我をしていた妖精がいたので治癒魔法をかけてあげたら、お礼をするといわれて少しの間宴に参加した。

 お茶を頂いてすぐに帰ったのに、戻れば三日も行方不明だったと言われて驚いた。ことがあった。


「他にもたっっっくさん! リリィは不思議な出来事に巻き込まれやすい体質をしているから、知らない土地においそれと連れて行くのはお母さんもお父さんも怖くて仕方ないのよ。東の砦は知見ちけんがないから、安全な王都で待っていてちょうだい」


「……わかった」


 ここまで徹底的に拒絶されれば、リリィとて無理だと納得するしかなかった。今の時点では――


(いいもん。ノア従兄様にいさまのところで、光魔法の功績を作って東の砦の救護班に配属できるようにしてもらうわ)


 光魔法。

 防御、治癒、浄化に特化した魔力であり、戦場の救護活動で大活躍すること間違いなしだ。ならば役に立つから行って来いと、偉い人に言わせればいいではないか。


「私、ノア従兄様にいさまのところで、お仕事を頑張ることにする」


「聞き分けてくれてありがとう。リリィ」


 エマはリリィの言葉を聞いて安堵した。

 まさか、リリィが後追いで東の砦へ正々堂々と乗り込む計画に切り替えたことなど、まったく想像していなかった。

 ぎゅっと娘を抱きしめ、別れまでの残り僅かな時間を大切に過ごさなければと感傷に浸る。


(甘いわね、お母さん。頼んでダメなら、頼まないで済む方法をとるだけよ)


 上手くいくかはさておき、目標ができると人は前向きに過ごせるものである。

 

 西の砦を出発してから冴えない表情だったリリィが笑顔を振りまくようになったことで、アダムもエマも仲間たちも安心したのだった。


 残りの旅路を和気藹々と過ごし王都へと到着した。この後は三日ほど滞在し、城で正式な異動手続きをとったり、装備を整えたりするそうだ。そして残りの時間は、各々家族や友人と過ごすのだと、一緒に王都に着いた兵士達が嬉しそうに話していた。


 リリィと毎日顔を合わせる仲間の兵士達は、王都に家族を残して出向しているのだということを知った。


「みんなの家族は王都に住んでいるのね。寂しくないのかな」


 まるで自分のことのように、寂しい顔をするリリィの頭をアダムは優しく撫でた。


「一応王都への定期報告を交代制にして、休暇もくっつけて会いに行けるようにはしていたから大丈夫だ」


「そっか。東の砦に行ったら、そのルールはどうなるの?」

「さぁてな。誰が指揮するのかも行ってみないと分からないからな」


 これからアダムとエマに会えなくなるだけで、リリィの胸はギュッと痛いくらいに切ないのに、砦の兵士は家族にずっと会えない日々を送っていたのかと思うと余計につらくなった。


 一旦解散となった後、アダムとエマとリリィはティナム伯爵の屋敷へと向かった。屋敷の者に取り次を頼むと、待機していたノア本人が颯爽と出迎えてくれた。


「お久しぶりです皆さん。お元気そうでなによりです」


「ノアも元気そうね。いくつになるのだっけ?」


「十七歳になりました。そろそろ自分の身の振り方を決めないといけないのですけどね」


 次男であるノアは爵位を継がないため、他家へ婿養子に入るか騎士団に入り身を立てなければならない。


「あら、王太子の側仕えに選ばれたときいたけど?」


「はい。とても光栄なことです」


 ノアは王太子付きの側仕えという出世コースに乗っていた。伯爵家としては非常に名誉なことである。


「ここで立ち話もなんですから、ぜひ中へどうぞ。今日は泊っていきますよね?」


 そのためのゲストルームも準備済みだった。けれどエマはアダムと視線を交わすと、軽く首を横に振った。


「街の宿を利用するつもりよ。残りの日数は家族三人で過ごそうと思っているの」


「そう、ですよね。いえ。実は大変申し上げにくいのですが――」


 そう前置きし、ノアは姿勢を正すと話を切り出した。―― いわく、依頼主がずっとリリィの到着を心待ちにしており、できれば今日か明日の朝一で魔力測定をしたいと予定を空けて待機しているらしい。その状況で、もし当の本人(リリィ)が他事をしているのが耳に入ると非常にまずいのだという。


「ノア従兄様にいさまの立場が、まずくなるだけでしょ?」


「リリィがこれから関わる人でもあるから、君も気まずくなるよ?」


 そう言われると断れないではないか。この従兄は中々口が回るため味方にすると心強いが対峙すると非常に厄介だった。


「わかったわ。なら今すぐ行くことにする。お父さん、お母さん。またあとでね」


「そうね、気を付けていってらっしゃい」

「あまり無茶するなよ」


 二人に手を振り、リリィはノアに連れられて城へ向かう馬車に乗りこんだ。

 道中、ノアは今日この後の予定を説明し、リリィも王都に来るまでずっと不安に感じていたことを遠慮なく聞いた。



 悪い予感というものは当たるもので、リリィが不安に思っていた聖女兼王太子妃の募集がかかっている噂は本当だった。

 現在、城では聖女候補の募集及び試験が行われている。


 しかしリリィに仕事を依頼したのは別の人物であり、聖女試験とは一応関係ないと説明を受けた。


 ちなみに、なぜ一応がつくかというと――


「リリィが中々来てくれないから聖女候補の中から人材を探す話が出てね。けど、どうやら気に入った条件の人がいなかったみたいでね」


 そう。リリィが来なければ聖女試験を突破した聖女候補生に依頼するかもしれない、という話があった程度の関係があったのだ。

 その話を聞き、当初自分が聖女になって王太子妃になるのではないかと気を揉んでいたリリィは、自分の短慮な妄想を恥じた。

 そして、ノアの話で別の不安が頭をもたげたのだ。


「聖女候補の方がダメだったなら、私なんかが採用されると思えないけど……」


 王都は国で最初にできた街だ。それこそ古の魔法士の血を引く貴族が名を連ね、地方からも一旗あげようと優秀な人材がこぞって出向いてくる。つまり人材の宝庫なわけで――。

 そんなに手広く探したなら自分以上に優秀な人など沢山いただろう。その人たちが気に入らないとなるとリリィなど不採用に違いない。


「人ってさ、わかっていても自分で確認しないと気が済まないだろ? それにリリィのご両親が王都に滞在する間に結果がわかる方がいいよね」


 ノアの計らいにリリィは感動した。

 その言い方だと、リリィが不採用になる可能性は十分にあるように聞こえたのだ。

 王都での仕事が無くなれば、両親だってきっと考え直して東の砦に連れて行ってくれるかもしれない。


「そうね! それがいいわ」


 この話でリリィはノアを完全に味方だと認定した。

 一気に風向きが良くなるのを感じた。

 リリィはこの試験を終えたら両親に強請って王都観光に連れて行って貰おうとひらめき、道中は機嫌よく馬車の窓から街並みを眺め、気になる店を探したのだった。



 城に到着すると、建物から白衣を着た男性が馬車に向かってくるのが見えた。

 その姿をとらえ、ノアが片手で顔を覆って項垂れる。


「ダニエル様。なにも、このような場所で待たなくても……」


 ノアに手を引かれて馬車を降りると、ニコニコ笑顔の男性が早く紹介してくれと言わんばかりにノアに視線を送っていた。


「ダニエル様。せめて応接室に移動しましょう。ここで挨拶というのは、さすがに……」

 渋るノアに対し、男性はニコニコ笑顔のまま答えた。


「このまま研究室に連れて行きたくってね。ほら、邪魔が入るのは嫌なんだ」


 よく見ると笑っているのではなく、糸目でそう見えるだけのようだ。そんなことを考えながらダニエルの顔を見上げていたリリィは、次の瞬間相手と目が合って飛び上がった。


「は、初めまして。リリィと言います。歳は十三歳です」


 脊髄反射で聞かれてもいないのに自己紹介をした。相手を観察していたのがバレるよりはマシなはずだ。


「はい、初めまして。私はダニエル・アウルムと言います。歳は三十歳です」


 リリィの間抜けな自己紹介に合わせて歳まで教えてくれた。なんとなく面白い人柄が見て取れた。


「さぁ。早く! 早く!」


 子供のようにはやし立てながら、ダニエルが先頭に立って行き先を示す。

 リリィは彼らの後を置いて行かれないように小走りで追いかけた。


 まさかダニエルが現国王の王弟で、アウルム公爵当人などと知る由もなかった。

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